魔族四天王と使役聖女の冒険譚 ~四天王の中で最弱だったし、勇者の愛は重いけど、強く生きていく~
アイアン先輩
プロローグ
最終決戦
「ククク……私は魔族四天王の中でも最弱……」
レイヴンは、そのセリフを何度発しただろうか。
負けても、勝っても、そのセリフをレイヴンは発した。
勝てば挑発として、負ければ警告として。
最初のうちは四天王最弱と名乗るのには抵抗があった。
「最弱」であるレイヴンにも誇りはあった。
だが、言うにつれて「四天王の中でも最弱」が自分でも馴染み始め、愛着を持ち始めていた。
それでも、このセリフを使うのも最後だろうな、とレイヴンは思う。
朦朧とする意識の中、勇者を見る。
レイヴンは、改めて女勇者のことを美しいと思った。
黒い長髪を風になびかせ、眼はサファイヤのように煌めいており、肌はまるでシルクのようなきめ細かさ。
その容姿は、勇者を伏せれば、何処かの姫や令嬢と勘違いさせることができる。
片手には鋭く、そして神々しく光る剣を持ち、もう片手にはどの攻撃でも貫けぬと思わせるような盾を持っている。
その姿はまさに女勇者であり、人類の希望と崇めるのにふさわしい。
その女勇者の聖剣から、血が滴り落ちている。
聖剣から滴る血を見ると、レイヴンは疼く胸の痛みを感じ始めた。
レイヴンは自分の身体を触る。
液体のようなぬめっとした感触が手に広がる。
レイヴンが手を見ると、インクを垂らしたような鮮明な紅が広がっている。
血だ。
その模様は、薔薇のようで綺麗だな、とも思う。
レイヴンに走る激痛。
痛みに悶えながら、女勇者の剣で貫かれたことをやっとのことで理解した。
……ならば、もう長くはない。
レイヴンは満足だった。
没落貴族であり最弱として謗られながらも、レイヴンは魔族四天王の一角として戦い抜いたのだ。
何を後悔することがあろうか?
女勇者が割れた大理石の上を歩き、そしてレイヴンに近づいていく。
レイヴンは静かに目を閉じる。
最弱ながらにして多忙の日々。
魔物達の食事改善、魔力の流通整備、魔王軍の管理と運営、他の四天王との交流、一人で思索を重ねる日々、創作の詩を吟じたり……等々。
様々な仕事と日常が、まるで昨日のように思い出される。
これが噂に聞く走馬灯というものなのか。
レイヴンは、女勇者が近づく気配を感じる。
レイヴンは、静かに目を閉じ、最期の時を待つ。
しかし、その時はやってこない。
代わりに、唇に何か触れる感触がする。
レイヴンは驚いて目を開ける。
女勇者の顔が視界を占有する。
レイヴンは、様々な可能性を考慮に入れたが、この状況に対する解答はただ一つだ。
女勇者はレイヴンにキスをしているのだ。
最期の力を振り絞り、レイヴンは勇者から離れる。
女勇者は、小動物のようなレイヴンの動きを見て、ますます「かわいい」とか「愛らしい」とか、あるいは「私のものにしたい」とか「ケージに入れて飼いたい」とか、そういう感情が湧き上がってくるのを感じる。
レイヴンは怯えた。
今までにない恐怖を感じた。
怯えるレイヴンをよそに、勇者は言葉を紡ぎ始める。
「レイヴン。私は貴方が大好きです。だから、貴方を私のものにします。貴方の全ては私のものです。心も身体も魂も、全て私のものです。私は貴方を一生離しません。まずは魔王を倒します。そのあと、貴方と二人きりで暮らします。貴方も魔王に仕えて疲れたでしょう?何もしなくていいんです。貴方の身の回りは全て私がします。他の女が近寄れないように、貴方の部屋には誰も入れません。食事も私が食べさせますし、お風呂も私が洗ってあげます。あ、私が剣で刺したのは、貴方が憎いからでも倒したいからでもありません。貴方が四天王とかいう低俗な存在と仲良くしているからです。いわば罰です」
女勇者はうっとりとしながら言葉を紡ぐ。
恋する乙女のようであるが、目は全く笑っていない。
女勇者は、レイヴンを優しく抱きしめる。
レイヴンは、胸に温かい魔力の流入を感じる。
女勇者はレイヴンに治癒魔法をかけているのだ。
だが、同時にレイヴンの手足が魔法の鎖で縛られ、身動きが取れなくなる。
「いまから魔王を倒します。そして、貴方を四天王という役割から解放し、私に一生尽くすしかないようにします。あなたはもう……うふふ。うふふ。うふふふふふふ……」
レイヴンは命の危機を脱したことに安堵するより先に、勇者の言葉に戦慄する。
女勇者は聖剣を携えながら先へ歩いていく。その足取りは軽い。女勇者が向かっている先は、魔王が待つ玉座の間。
まるで、これから玩具を買い与えられるのを待ちきれない子供のようだ。
あの強さなら、魔王は勇者に倒されてしまうだろう。
レイヴンは、忠義を尽くした魔王が女勇者に無残に倒される姿を黙って見ていることが、どうしても耐えられなかった。
爆発音が響き渡る。
魔王城全体が揺れ、レイヴンの身体に天井の埃が落ちてくる。
――最終決戦だ。
女勇者と魔王が、とうとう戦い始めたのだ。
レイヴンはなんとか束縛から解放されようと、身をもがく。
しかし、鎖はびくともしない。その魔法は光の束で出来ており、恐らく魔族には効果的なのだろう。
レイヴンは舌打ちをする。
そして、レイヴンは魔族としては柄にも無く、天に祈る。
「誰か助けてくれ……」
その祈りが届いたのか、向こうからヴァンパイアのナイトシェイドがやってくる。
四天王の一人であり、同時に魔族の中でも最強格のうちの一人である。
彼はレイヴンが地面で蛆虫のようになっているのを見ると、直ぐに駆け寄り、束縛魔法を解いてやる。
静かに光の鎖が壊れ、そしてレイヴンは自由になる。
「ナイトシェイド、遅かったな」
そう軽口を叩く。
ナイトシェイドは、そのヴァンパイア特有の青白い顔に、牙を見せて笑う。
その笑顔は、レイヴンが女だったら惚れざるを得ないほど、耽美で甘いものだ。
ナイトシェイドは、勇者と魔王の最終決戦が行われている玉座の間を見る。
「さあ、早く。ナイトシェイド、二人で魔王を援護しよう!一対一なら勝機は無いかもしれないが、我々が加勢すればもしかすれば……」
しかし、ナイトシェイドは首を振る。
「レイヴン君、君は四天王の中でも最弱だ……しかも、先ほど勇者に敗れ、もはや魔力も体力も尽きている……そんな魔族が加勢したところで、足手惑いになるのは火を見るよりも明らか……」
笑みを崩さないまま、ナイトシェイドは冷酷な言葉を発する。
ナイトシェイドの言うことももっともだ。
しかし、このまま魔王を見捨てて逃げ出し、生き延びたとしたならば、他の魔族達に臆病者やら、卑怯者やらと後ろ指を指されるだろう。
それはレイヴンの魔族としての誇りが許さなかった。
そうなれば、そもそも自分の配下として戦い、死んでいった魔族達に顔向けが出来ない。
再び爆発音。
再び地響きが鳴り、そして天井が崩れ、瓦礫が落ちてくる。
その様子は、魔王城自体が、女勇者と魔王の力に耐えられない証拠である。
「早くしないと、魔王がやられてしまう!こんなところで時間を潰している場合ではない!」
レイヴンは叫ぶ。
しかし、ナイトシェイドは冷酷に告げる。
「しかし、お前は四天王のうちでも最弱」
「今はそんなこと関係ないだろ!」
レイヴンは痺れを切らして怒鳴る。
そして、魔王の元へ駆けつけようとする。
――だが、ナイトシェイドは、その行く手を阻む。
「ナイトシェイド!そこをどけ!」
レイヴンは叫ぶが、ナイトシェイドは動かない。
ナイトシェイドは、魔法を詠唱し、そしてレイヴンに放つ。
「それは、転移魔法……!」
レイヴンが気が付いたときには既に遅かった。レイヴンの足元に魔法陣が浮かび上がる。
ナイトシェイドが、レイヴンに告げる。
「生きよ……」
そう言うと、レイヴンの身体が消え、転送が完了する。
ナイトシェイドは魔王城で、ただ魔王のいる部屋をじっと見つめていた。
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