第14話 びっくりメノさん




 葵たちと共に木造建築に着手する。

 家を作るにあたって、唯一問題になりそうだったのがガラスの有無。


 しかしこれについても葵は事前に天界で勉強してきたようで、サプラと呼ばれるアロエのような植物――こちらの葉肉部分がとろっとした透明な液体になっていて、これに一定以上の魔力を流すと硬化する性質をもつとのことだった。


 これは、ヒスイが担当してくれるらしい。


 木材をカットしつつ、同時進行でアカネとソラが木々を組み立てていく。床を張る時に釘は使用していたけど、大部分は木に切りこみを入れて嵌め合わせていく――いわゆる木組みの手法を取っていた。


 俺は魔鉱石で必要な金具類を作りつつ、葵たち全員のところで適宜お手伝いの役割をするように動いていた。


 で、昼の十二時になったところで、休憩タイム。

 空いている時間に作った木製のテーブルを囲むと、そのタイミングで上から世界樹の果実が落ちてきた。


「ありがとう母さん」


 上を見上げてお礼を言うと、俺に続いて葵たちもそれぞれ木の葉を見上げて『ありがとう』と感謝の言葉を口にする。一人二個ずつ落ちてきた。


 なんとなく雰囲気で上を向いたけれど、母さんの本体部分ってどこなんだろうな……木の幹だったら申し訳ない。


「この分なら、本当に今日中に二棟ぐらい作れちゃいそうだな……」


 作業開始から一時間。すでに一階部分の床は貼られているし、木枠で全体像も見えてきている。


 ……想像以上にでかくなってしまった。

 なにしろ、個人の部屋が六つに来客用の部屋が二つあるのだ。普通の一軒家の三倍ぐらいの大きさになってしまうのは仕方のないことではなかろうか。


「葵たち、本当にすごいよ。疲れたら休憩時間なんて気にせず、すぐに休んでいいんだからな? 水分補給もしっかりするんだぞ?」


 もともと彼女は心臓が悪かったから、入院する以前から走ったりすることは医者から禁止されていた。いまでは走り回ったり跳びまわったりと自由に動き回っているけれど、たぶん前世の反動もあるんだろう。


「いっぱい体動かせて楽しいよ!」


「むしろ動き足りないでござる」


 ヒカリとシオンがそう言うと、それに続いて他の三人も『楽しい』という感じのニュアンスの言葉を口にした。楽しんでいるならそれを止めようとは思わないけど……やっぱり病弱だったころの葵の印象が強いから、どうしても心配になるんだよな。


「体は完璧に治ってるんだよな? 調子が悪いところとかは?」


「大丈夫だよ、本当に元気いっぱいだから」


 ソラが代表して答えてくれて、その言葉に四人が同意する。

 その後、四人に『心配しすぎ』とからかわれたり、バク宙を披露してくれたシオンにパンツ丸見え問題を注意したりしていると、メノさんがやってきた。


「……何がどうしてこうなってるの……?」


 目がまん丸に見開かれている。

 視線は世界樹――そして椅子にお行儀よく座っている葵たちに向けられている。まぁ彼女が昨日の夜来た時と状況がかなり変わっているから、驚くのも無理はないか。


 ちょっと離れたところには、完成間近の家まであるし。

 説明が長くなりそうだから、メノさんにも切り株を用意してそこに座ってもらうことにしよう。




「頭おかしい」


 一通り説明を終えると、メノさんは俺にジト目を向けながらそう口にした。

 俺のステータスを説明したときと同じような反応だなぁ。でも少し俺で慣れてしまったのか、事態を飲み込むのはわりと早かった。


「……こんなもの、食べられるわけない。伝説上の食べ物」


 メノさんの前には、木の皿の上に並べられた世界樹の果実。八等分にカットしており、ウサギさんカットにもチャレンジしてみた。器用のステータスやスキルのおかげなのか、めちゃくちゃ上手にできた。


「いやでも……母さんは結構ぽいぽいくれますよ?」


 そう言って上を見上げると、ほれほれといった様子で世界樹の果実が追加で二個落下してきている。今朝から結構な量の果実を食べているのだけど、実っている果実は減るどころか増えている気がするんだよなぁ。


 俺が両手に持った世界樹の果実に視線を向けたメノさんは、諦めたようにため息を吐いた。そして椅子から立ち上がり、世界樹に向かって綺麗な礼をしたあと、俺や葵たちにも「ありがとう」と口にする。


 果実に突き刺さったつまようじを恐る恐る手に取り、メノさんは半分ほど口に入れる。咀嚼中は目を閉じて、分子レベルで味わっているかのようにゆっくりと口を動かす。


 ヒカリやシオンのバクバク食べている姿を見たら彼女はどう思うのだろうか。どうせ見ることになるだろうから、今から楽しみだなぁ。


「……世界樹の果実は、あらゆる病を治療すると言われている。健康体の私には、もったいなさすぎるもの」


「……そりゃすごいですね。もしかして、これって外に売れたりします? それでメノさんに負担してもらったものをお支払いとかできればいいんですけど……」


 この世界的には、ヒカリが使用できる光魔法や、ポーション――薬みたいなもので怪我や病気を治癒しているらしい。なんでも治療できる薬になるのなら、結構な値段で取引できるだろう。

 俺がそう言うと、彼女は「無理に決まってる」と再びジト目を向けてきた。


「……こんなものがこの世界にあると知られたら、それこそ戦争が起きてもおかしくない。そもそも値段が付けられるような代物じゃない。これを食べたことで、むしろ私がアキトに借りを作ってるようなもの」


「いやいや! 本当に気にしなくていいですって!」


 俺の言葉に同意するように、新たに世界樹の果実が五個落ちてきた。それを見て、メノさんはげんなりとした表情を浮かべる。


「……深く考えないようにすることにした。これはプルアこれはプルアこれはプルアこれは――」


 メノさんは、呪詛のように『これはプルア』という言葉を吐き続ける。


 あとで聞いたのだけど、プルアとはこの世界でメジャーな果物で、だいたい一つ二百円ぐらいものらしい。見た目が似ているから、それだと思い込むことにしたようだった。


 そして呪詛を吐き終わったメノさんは、空を見上げて再度ため息を吐く。


「……この結界も頭おかしい」


「――あぁ、そう言えばこれも聞こうと思ってたんですよ。これも世界樹の力って感じなんですか?」


 家づくりに没頭していたことと、果実に衝撃を受けるメノさんを見ていたらすっかり忘れてしまっていた。


 俺にはこれが『結界っぽい何か』ということしかわかっていない。

 葵もこれについてはよくわかっていないらしく、仲良く五人で首を傾げている。なんか五人同時に同じ行動を取っていると可愛いな。


「……たぶんそう。私が用意した結界の魔道具より強力――それに、『この言葉も聞こえるはず』」


「……? 普通に喋ってるだけですよね?」


 ちょっとだけイントネーションに変化があったかな――とは思うけど、そこまで大きな変化ではない。


「……いま私は、この世界の言葉で喋ってる。アキトの発音が急に変わったからもしかしてと思ったけど、この結界内では勝手に言語が翻訳されてる」


 な、なるほど。

 生贄の子と意思疎通を図るにはメノさんの通訳が必要かもしれないと思っていたけど……神様はこういう手段で解決するつもりだったのか。


 俺に翻訳スキルを渡さなかったのは、やはり俺にここに居座って欲しいからなんだろうなぁ。


「……あともう一つ、この結界の中は魔素をほとんど感じない」


「それって良いこと……なんですよね? ほら、魔素酔いとかありますし」


 半年ぐらいは辛い思いをするかもしれないと言っていたから、魔素が薄いに越したことはない。でも、メノさんの表情は手放しに喜んでいるという様子でもない。


「……メリットとデメリットがある。レベルは上がりにくくなるし、作物の成長も普通――だけど、アキトの言う通り、魔素酔いの心配はなくなる」


 なるほど。文脈から察するに、魔素が濃い場所だと本来は作物の成長スピードが速かったのか。でも、そのメリットが結界によって無くなってしまったと。


「レベルや食べ物はなんとかなるでしょう。それよりも、リケットさんが辛い思いをしなくて済むのなら、それに越したことはないです」


 俺がそう言うと、メノさんは「アキトならそう言う気がした」と口にして微笑むのだった。





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