レベル9999転生者によるやりすぎWelcome~生贄少女が流れつく無人島を脳筋開拓~

心音ゆるり

第1話 魂の間





「そちらにおかけになってください」


 目覚めとともに、そんな風に声を掛けられた。いま意識が覚醒したばかりなのに、なぜか俺は立っていた。


 そこは見慣れたアパートではなく、十畳ほどの部屋で、奥には無数のファイルが納められた大きな棚が壁を埋めている。


 白く大きな丸テーブル挟んだ向かいには、金髪の美人な女性がちょうど椅子に腰掛けようとしているところだった。背中には、大きな白い羽が見える。表情は真面目そのものだ。


「……これは、なんですか?」


 状況が読み込めず、よくわからない質問をしてしまった。

 最後の記憶はたしか……自室のベッドで、なんだかいつも以上に胸が苦しくて頭がいたかったのをぼんやりと覚えている。


「最終面接です。あなたは二十五の年、過労による心疾患にて死亡しましたが、我々が管理する世界――アルカディアへ転生することが可能である魂です」


 どうやら死んだらしい――なんてすぐに納得はできないけれど、この意味のわからない状況を説明することもできない。説明できるとすれば――、


「夢か」


「残念ながら、現実です」


 彼女はそう言ったのち、ぱらぱらと書類のようなものをめくり、俺が死んだときの詳細を教えてくれた。それに加え、俺は魂の審査――要は書類選考みたいなものを突破して、ここに来ているということを淡々と語る。


 五分ぐらいの説明だったが、その間に俺はようやく『あぁ、俺は本当に死んだんだ』と理解し始めた。


 妙に冷静になれてしまうのは、この場所の影響なのだろうか。


「面接に至るまでの条件は三つ。善良な魂であること、魂の器の強度が一定の水準を超えているもの、無念を抱えたまま死に至っていること、です」


「魂の器――というのは?」


 他の二つの意味は理解できたが、それだけがわからない。


「地球でゲームをしたことのある方には説明が楽でいいですね――いわゆるレベルやスキルのことです。あなたの場合、状態異常耐性レベル5、自動治癒レベル3、剣術レベル4、魔力操作レベル2、鑑定レベル2などが潜在的に埋め込まれていますが、我々はこれを改変します。魔物などに殺されないためですね」


「魔物……」


 魔力とかレベルとかそういうワードが出てきた時点で、なんだかファンタジーな世界なんだなぁと思っていたけど、予想通りらしい。


 どうしよう……喧嘩すらしたことないのに、戦える自信なんてないぞ?


「レベルに関してはこちらで器に手を加えて、3000程度まで上げておきますので、無謀なことなどをしなければ死ぬことはないでしょう」


 3000!? それって、たぶんすごい数字なんだよな……? 平均値がわからないからなんとも言えないが――いやいやそんなことより、なんだか話がどんどん進んでしまっているが、根本的なことを教えてもらっていない。


「……なぜ、俺は転生させられるんだ?」


 思っていた言葉がそのまま口に出てしまっていた。意図しない発言に、思わず口を覆う。


「お気になさらず。この部屋は魂の本音を引き出すための空間です。隠し事はできないと思ってください」


「な、なるほど……では改めて伺います、なぜこちらの世界――アルカディアは、転生者を求めているんですか?」


 そう問いかけると、彼女は「ご説明します」と前置きをして、語り始めた。とんでもない内容を。


 彼女が言うには、こちらの世界――アルカディアには現在四つの大陸が存在しており、そのうち一つの大陸――その中の一つの国で、生贄の風習があるとのこと。その生贄は神への供物として海へ流される。


 しかしそれは人間たちが勝手に作った風習で、神は一切関与していないらしい。

 俺を転生させる理由は、その無駄な命の消費を無くすこと。

 俺を不老不死の身体にして無人島に隔離し、そこで生贄の少女の命を有効活用しろと。


「我々としては、無駄な消費さえ抑えられれば『世界』からのお小言もありませんので、少女たちを生かしてさえいただければ、何も言いません。ストレス発散、性欲処理、お好きなようにどうぞ」


 淡々とした口調で、なんでもないことのように羽の生えた女性は言う。


「…………は?」


 この女性は――こいつはいま、何と言った?


「さすがに冗談――ですよね?」


「冗談ではありません」


 女性は俺の問いに、冷めた声で答えた。

 生贄になってしまった子を――好きなように使えだって? ただでさえ不幸な役回りをした少女たちに、さらなる不幸を与えろと言うのか?


 他でもない、人の上に立つお前たちがそれを言うのか!?


「……ふざけるなよ」


 気が付けば俺はテーブルにこぶしを落として立ち上がり、目の前の女性を睨みつけていた。いつもなら状況を踏まえて制御できるはずの心が、暴走する。


「お前らならどうせ俺の無念もわかっているんだろう!? あんなに苦しんだ葵も母さんも、救えなかった! 不幸な人が不幸のままに死んでいくことが――それを救えなかったことが、俺の無念なんだぞ! それを知った上でお前は……っ!」


 相手が神なのかも天使なのかも知らないが、立場なんてどうでもよかった。

 心の奥底からの本音が、濁流のように吐き出されて行く。


「そんなクソみたいな提案をしてくる奴らが管理する世界なんか、こっちから願い下げだ。時間を取らせて悪かったな、とっとと地獄にでも送ってくれ。転生は断らせていただく」


 そう言って、どかっと椅子に腰を下ろす。もう姿勢は正したりしない。腕を組んで、ただただ目の前の女性を睨んだ。


「……大変失礼いたしました」


 呆然と俺に目を向けていた女性は、俺に謝罪の言葉を述べながら深々と頭を下げた。


 しかし謝罪をされようが気持ちは変わらない。こんな提案をしてくる時点でもうこの世界とは関わりたくないと思う。


「あなたの魂は、合格です。面接までたどり着くことも稀なのですが、この空間に置いて、我々の甘言に惑わされぬ者が、合格の基準です」


「……」


 合格と言われても、素直に喜べるはずもない。

 なんだか騙されたばかりで信用ならないが、「じゃあ本当の理由はなんだ?」とふてぶてしい態度のまま聞いてみることに。


 どうせもう死んでるし、どうなってもいいやの精神で。


「前半部分の内容は変わりません。我々はその少女たちを、救ってほしいのです。不幸にも生贄となってしまった人々を、幸せにしてあげてほしいのです。見返りも、ご用意いたします」


「…………」


 いまの俺は不機嫌を隠しきれていないだろうなぁと思いつつ、無言で続きを促す。


「あなたの妹や母を一緒に転生――というわけにはいきませんが、我々から地球を管理する神に掛け合い、来世は幸せな未来にするよう依頼いたします」


「……それが本当なら、確かに見返りとしては十分だ」


 そのためなら、自分の命なんて安いものだ。本当に、何度悔やんだことか。

 疑う視線を向けながら言うと、彼女は自分の左胸に手を置いて「世界に誓います」と口にした。


「――これも信用ならない話かもしれませんが、我々は世界に誓ったことに反すると、魂ごと消滅します」


「ちょ、それは重過ぎません? ――そりゃ本当であったほうがいいとは思いますけど」


 なんだか重過ぎる枷を付けさせてしまったみたいで、罪悪感を覚えてしまった。

 俺ってやっぱりお人よしなのかなぁ……。


「我々の依頼が確実に受け入れられるとも限りませんので――その点だけご了承ください。最善は尽くすと約束します」


 彼女はそう言ってから「少し席を外します。転生の件、もう一度ごゆっくりと考えてみてください。あとはあなた次第です」と口にして、ぱっと消えていなくなった。



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