経験値を稼がないと死ぬ体質になったので、効率よく闇の組織を狙っていたら、無償で悪と戦い続ける聖人と思い込まれて配下が増えていく

二時間十秒

第1話 大食らいの心臓

 俺は普通に生きているだけだ。

 特別な幼少期を送ったわけでもないし、社会人になった今も特別なことをしているわけでもない。


 人生で特別なことをしたいという野望を持っているわけでもなく、現状維持で死なずに食っていければまあ悪くはない日々だと思っているくらい。

 そんなささやかな願望を満たせれば十分だと思っている。


 そして俺は今、座席に深く身を預け、電車の揺れに身を任せていた。

 通勤通学時間帯から外れた地方の路線では、他の乗客と間隔を空けて座れるくらいに車内はすいている。


 今日は年度末の強制有休消化で仕事が休みなので、いつもと違う時間帯の電車に乗れて快適だ。


 プレイしたい某ファンタジーRPGのゲームソフトが近日発売されるのだが、これが俺の持っていないゲーム機専用。

 結構値が張るんで今まで見送ってたんだけど、そろそろ年貢の納め時。他にもそのゲーム機でしかプレイできないゲームがいくつもあるし、買い頃かなというわけで、地元より安く買える家電量販店に行くため俺は電車に乗っている。


 毎日労働してるんだから、ゲームくらい好きにやって英気を養わないと生きていけない。

 特にファンタジーは好物だし、ちょっと、いや結構値は張るが、これは生存のための必要経費だからセーフ。


 めくるめく冒険を楽しみにしつつ、俺はスマホの画面に視線を落とす。


 その時、なんの前触れもなくそれは起きた。


「なんだ、これ」


 電車の床に突如として光の線が出現していたのだ。

 見えない蛍光ペンが走り書きしているみたいに、光の線は俺の足元で図形を描き、光は明るさを増す。


 俺は左右を見渡すが、他のところには何もない。どうやら俺の足元だけに光は――これは――。


「魔法陣? ゲームの召喚演出で出てくるみたいな――うわっ!」


 そう思った瞬間、光は線に沿って床から天井まで伸び俺を飲み込み。




 風巻かざまき史輝しきはこの世界から消え去った。




 光に包まれた俺は、どこかに向けて浮遊しているようだった。

 あれが召喚するための魔法陣だとしたら、どこかの異世界に俺は行くのかな、と思いながら無重力を体験していた俺の耳に、奇妙な音が聞こえてきた。


『ミ……ツ……』


 なんだ? 今の音は――いや、音だけじゃない!


 音が聞こえたと同時に、視界にノイズが走る。七色に明滅する破片が辺りに散らばっている、プリズムが砕けたみたいだ。


 何かが異常だ。もちろん召喚自体も異常だが、さらに重ねて異常なことが起きている気がする。

 

『見つけた。お前が――』


 突然胸の奥が燃えるように熱くなった。


(心臓が、握りつぶされ……!? ぐっ、があああああああああ!)


 心臓が破裂し、視界が赤く染まる。


 わからない、本当にそうなっているのかどうかなんて。

 だが間違いなく、自分は死ぬのだと確信できるだけの苦痛が俺に襲いかかっていた。それだけは事実だ。


(異世界どころかその前に死ぬとかふざける……な……。っ! ぐ、うぁっ……!)


 真っ赤に灼けた鉄の杭をゆっくり差し込まれているような、熱いのか痛いのかわからなくなるほどの激痛に圧し潰され、俺の意識は遠のいていった。




「ん……うぅ……」


 頬が冷たい。


 気がついて最初に思ったことはそれで、次に思ったのは、


「穴?」


 開いた目に映し出された景色の感想。


 目が覚めると俺は草木の生えない荒野にいた。

 頬が冷たいのは、そこに突っ伏していて、触れる地面が冷えているからだった。


「やっぱり異世界に召喚されたのかな」


 明らかに俺が本来いるべき電車の中ではないし、日本のどこか別の場所にも見えない。

 あの魔法陣みたいな光からしても、きっと異世界だろう。


「でもそうなると不思議なことが一つあるんだよな。……が、まずはそれよりも歩こうか。ここはいくらなんでも何もない」


 俺が目を覚ました場所は、冷たい土の上だった。

 半径一キロメートルくらいの緩やかな円形のすり鉢状になっている荒野。クレーターのようにも見える。

 気温が寒いわけでもないのに、地面だけは冷たく靴の下からも冷たさが伝わってくるほどの、不思議な土地だ。


 ここには草一本すら生えていないが、遠くの方には草木が見えるので、とりあえずはそこまで歩いてみることにした。

 喉も渇いてきたのにこの荒れた窪地じゃ水の一滴も飲めないしな。


 しばらく歩いた俺は、胸を抑えた。

 もうあの時感じた痛みは欠片もない。なんだったんだろうか?異世界に転移する時には痛みを伴うのが普通なのか?


「うーん、わからん。……それにしても、まさか俺が異世界に来ることになるとはな」


 そもそも異世界が本当にあるとは思わなかった。

 だがあるものは仕方ない。事実は事実として受け入れよう。そうしなければ何も始まらないものだ。それにひょっとしたら異世界が天国みたいにいいところかもしれないし……いずれにせよ、荒野を出なけりゃ始まらないな。


「お、そろそろ荒野が終わった」


 草木のない荒れた窪地の端まで行くと、そこからは草原になっていた。想像だけど、固い地面+地面の冷たさのコンボで草が生えられないんだろうな。


 しかしここから先は緑溢れる世界が広がってる。

 ということは、喉の渇きを潤すものにも期待できる。


 膝くらいの草をかきわけつつ、俺は草原を進んで行く。


「お? あれは動物……いや変な動物だ。まさかモンスター?」


 草の中を茶色いちょろちょろしたものが動いていた。

 体高が膝くらいまである大きなネズミのような姿をしている。

 その大きさもさることながら、目を引くのは、発達した前足と前足の爪。

 その爪は異様に長く鋭く刃物のように銀色に輝いている。


 絶対普通の動物じゃない。目もなんか赤く光ってるし。

 あれはファンタジーな世界につきもののモンスターっぽい。

 だとしたらここは……。


「うん、やりすごそう」


 何も好き好んで戦う必要はない。

 平和主義でいこうじゃないか。


 剣も盾もなければ魔法が使えるわけでもない。

 ゲームですらモンスターと戦うのは最低限の装備くらいは整えてからなのに、現実で何もなしで戦うなんてありえんて。


 ということで、俺は回れ右して忍び足でそこから離れる。


 ――カチ、カチ、カチ、カチ――


「え? ……なんだ? この音」

 

 ――ボォン――


「ぐ!? ぐ……ぅう……!!」


 耳の奥で時を刻む音が聞こえると、体に激痛が走り、俺はうずくまった。


 なんだ……胸が……心臓が、灼ける……!


 胸が、心臓が、凄まじく痛い。

 こんな苦痛は初めてのこと――いや、違う。

 一度だけある。

 そうだ、この世界に転移した時のあの苦痛と似ている!


「くっ……う? 痛みが……はぁ、はぁ……消えた? 」


 唐突に嘘のように、胸の痛みは消えた。

 一秒前までは烈火の如く痛んでいたのに、完全に何事もなくなっている。 


 突然の苦痛と突然の苦痛の消失に困惑する俺を、さらに困惑させる事が起きた。

 不意に目の前に、SF映画の登場人物が操作してそうな、空中に浮かぶ半透明ディスプレイが出てきたのだ。


=================

風巻史輝


◆現在レベル 0

◆目標レベル 1

◆残生存時間 0:58:26

◆経験値   □□□□□□□□□□

◆スキル【貪食心臓】

=================


 ディスプレイにはこのような表示がされている。

 ◆残生存時間の数字はいかにもな赤色で表示されていて、0:58:26から25,24,23,と刻々と減っている。

 また経験値は数字ではなく、空のゲージが表示されている。


 これは……いや……まさか……。


 残生存時間。

 減っていく。

 さっきの心臓の痛み。

 俺の名前。


「これが0になったら俺、死ぬな」


 確信する。

 そうとしか考えられない。

 

 それとともに、ディスプレイに表示されている【貪食心臓】という文字は、他とは違い青色で表示されアンダーラインが引かれていることに気付いた。


 俺をタップしろ!と言っているようなので、指でちょんとそこを突っついてみると、新たなディスプレイが開き、新たな文章が表示された。


【あなたはいまや魔道具【貪食心臓】の所持者です。心臓は所持者が得た経験値を喰らい、蓄えます。心臓が満腹になるだけの量を時間内に得ることができない場合、心臓は爆発し、あなたは必然の結果として死を迎えます】


 やっぱりそういうことか。

 予想は当たった、嬉しくはないけど。


【残り時間がわずかになると、心臓は爆発の前兆を示します。また、所持者に速やかな経験値取得を促すため、時間表示が赤くなります。この心臓の能力に関する情報はいつでも閲覧可能であり、それもまた心臓の持つ能力の一つです】


 異世界だけあって、魔法の力を持った道具があるらしい。

 心臓に取り憑く奇妙な魔道具がなんの因果か俺の心臓に宿ってしまったようだ。おそらくは異世界に転移した時の、激しい苦痛と死の感触を感じたあの瞬間だ。


「誰がそんな魔道具を作った? なぜ俺に取り憑いた? どういう理由が? …………いや、なぜなんて考えてる場合じゃない」


 だって。


「あと57分以内にレベルを上げないと死ぬんだから!」


『現状維持で死なずに食っていければまあ悪くはない日々だ』、その希望を叶えるのは簡単ではないらしい。


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