第24話 番外編

「ツリアーヌ・フェイジョアでございます」


 そうカーテシーをしたあいつは、昔は可愛かった。私が何をしても笑って、そんなあいつを気に入って婚約者にしたんだ。




「ユベールッツォ。ツリアーヌ嬢の母上が亡くなったそうだ」


 五歳の時、突然父からそう聞かされた。

 心配した私があいつに会った時、あいつは変わっていた。


「“お母様がいないから”って。“だからできない。男親だけじゃだめだ”って。そう言われるのです。わたくし、お父様を守りたいのです」


 そう言ったあいつは、それから異常なほどの努力を続けた。


「ツリアーヌ嬢は天才だ!」


 手のひらを返したかのように、あいつを褒め称えた。そして、言った。


「ツリアーヌ様は優秀なのに。優秀なお父上である国王陛下をお持ちのユベールッツォ殿下は、どうしてこんなにも……」




 お父上は天才だ。お父上のいうことに間違いはない。私はその通りに努力している。それなのに、あいつは軽々と超えていく。あいつの努力が異常なだけなのに。人をできない人間扱いする。


 そう思った私は、あいつに仕事を押し付けてみた。私のやっている仕事はこんなにすごいのだ、と。あいつはそれすらも軽々とこなす。そのうち、父上もあいつに仕事を押し付け始めた。後継者であるはずの私でなくて、あいつに。無能の烙印を押された気がした。父上の言う通りに学んだのに。私はなぜこんなにもうまくいかないのだろうか。








「私と一曲踊ってくれないか?」


「まぁ! 殿下!」


「ユベール、と」



 私はいろんな女に手を出した。あいつが少しでも悔しがればいい、と。




「まぁ! 王子様!?」


 そう言って私を見上げた彼女は愛らしかった。異国情緒あふれる顔立ちも母上と同様に素敵な女性に見えた。






「ふふふ、ユベールってとても賢いのね」


 そう褒め称えてくれるのは、彼女だけだった。



 あいつを追い出して、彼女を王妃としよう。そう決めたら彼女も賛成してくれた。



「ユベールがいれば、素敵な国になるわ! 私、とてもとても楽しみ」




 彼女が言った。あいつがひどいことをする、と。嘘だとわかっていた。でも、そんなことを言ってまで私の気を引きたい彼女が愛らしかった。




「……断罪はできない。でも、婚約破棄を突きつけよう。それだけで、あいつには汚点がつく」


「そんな! 私、いつかユベールを取り返しに来るんじゃないかって心配だわ!」


「あいつは領地に引きこもるに違いない。そうして、二度と私たちの前に出てこないだろう。それで問題ない」




 父上は、私にあいつを断罪させようと、そういつことを匂わせた。しかし、私は父上に初めて逆らったのだ。


 あいつを断罪させようとしていたはずの父上は、手のひらを返したようにあいつを守った。結局、捨てられたが。




 彼女にも、捨てられた。


 彼女は王子でない私に用がなかったのだ。しかし、彼女も一緒に捕えられている。彼女の居場所を私が明かしたからだ。これが、私のできる彼女への、いや、この国への唯一の贖罪だろう。

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