第21話

「そろそろ、ボレアース王国国王陛下に頼まれていた調査の件を済ませましょうか」


「前国王に話を聞きに行く……か。ツリアに会わせたくないのだけど」


「大丈夫ですわ。ヤリアント様もご一緒してくださるのでしょう?」


「あれくらいなら僕でも抑えられるけど、念のためにメルティーヌ様も召喚した方がいいんじゃないかな」



 ぶつぶつ言うヤリアント様とご一緒に、処刑待ちで前ミリュー王国国王が幽閉されている北の塔に行きます。

 前王妃とわたくしを婚約破棄した元殿下は、ボレアースの血が入っているため処刑できず、幽閉されています。

 前ミリュー王国が滅びたので、新たな火種を生まぬよう、子を成せないようにされています。






 北の塔は、薄暗く汚れています。そんな塔の中にわたくしは入っていきます。決して脱獄させることも叶わない高い高い塔です。



「お久しぶりです。元国王陛下」


「久しいな。そろそろくると思っておった。ミリュー王国は無事滅んだか? イノーマス帝国の手に、落ちたのか?」


「え……?」


 以前と様子が違います。高揚した表情を浮かべる国王陛下は、嬉しそうです。自分の国が滅びたというのに。


「新ミリュー王国は、滅んでなどおりませんわ!」


「そうか……まだなのか……」


 がっかりした様子で後ろを向く元国王。なにか、ご存知のようです。



「知っていること、全て話してくださいますか?」


「わしが張った罠は全て発動してある。そなたが今更気付いたところで、もう遅いだろうから、全て話してやろう」






 そう言って元国王は語り始めました。


「わしの父は愚鈍だが、いい王だった。いつでも国民のことを第一に考え、国のために尽くしてきた。

“いいか、国民の役に立つ王となれ”

 それが口癖だった」


 前国王のお父様である先先代の国王は、確か若くしてなくなっていらっしゃったはずです。政治手腕に乏しく、前国王がいなければ、我が国は滅んでいたと言われるほどです。


「そう、国のために全てを捧げる父を国民は搾取し、殺したんだ。過労に倒れ、病に苦しむ父の姿に国民は感嘆の声をあげた。この国のせいで父は死ぬのに。

“お前なら賢王にだってなれる。民のために、歴史に名を残せ”

 そう言って、父は死んだ。

 わしは国王になんてなりたくなかった。しかし、姉は女だから免除されたのだ。そして、わしが王となった。

 憎きミリュー国民を滅ぼすため、まず国政を整えた。わしがこの手でミリューを終わらせるのだ。そのためには舞台を整えなければならない。次に、王家からミリューの血をなくすため、王弟の結婚相手を隣国から連れてきた。わしは国内にいた婚約者との婚約を破棄し、国外から結婚相手を連れてきた。現王妃だ。すべては、ミリューの血を残さないためだ」


 そう語る前国王の顔は狂気に染まっていた。


「ミリュー滅亡に向けて調整を進めるのに、そなたはちょうどよかった。ツリアーヌ。そなたに仕事を押し付け、わしは各国に火種を蒔いた。ボレアースを使ってイノーマス帝国との繋がりを作った。ボレアースの第二夫人には、我が国を属国とするように勧めたのだ。そして、エステ王国の王子が王位を狙うようにそそのかした」


 周辺諸国のトラブルは全て前国王のせいだったのですか……?



「わたくしのことを評価してくださっていたではありませんか! 元殿下に婚約破棄された時、第二王子との婚姻を勧めてくださったではありませんか!」


「ルチルをユベールッツォに差し向けたのもわしだ。そなたは優秀すぎて邪魔になったのだ。もちろん、ユベールッツォも第二王子も愚かになるように育てた。……ヤリアントだけは計算外だったが、そのうち処分する予定だった」


 あまりの言いように、言葉を失います。


「第二王子との婚姻? わしが懇願する程度でそなたがするわけないだろう。王命を下すことができたのに、それをしなかったのが証拠だ。あの場では其方を引き止めるパフォーマンスを見せないわけにいかなかったからな。国政に手一杯で疲れ切っていたそなたは、もう政治に関わるつもりなんてなかっただろう?」


 そう言い当てられて、わたくしは焦りました。確かにわたくしの当初の目的はごろごろすることでした。しかし、我が新ミリュー王国であるフェイジョア領だけは、守りたいとそう思ったのです。

 その思いを見透かすかのように前国王は言いました。


「新ミリュー王国なんてものを作り上げたのは計算外だったが。そなたは、ティモルト王国の暗殺者によって殺される予定だったのだ」


「オヴェスト王国は……」


「あれは国王が愚かすぎて使えん。私利私欲しか考えておらん。イノーマス帝国にその情報を売って、我が国に攻め込みやすくしたのはわしだがな」


 すべて前国王の手のひらの上だったのでしょうか。


「シューデンは何を考えているかわからん。あいつには手を出さないほうがいいと思って、触れなかった。あそこの王子は、そなたを盲信しておるしな」



 ここまで細かく周辺諸国の状況を把握し、操る力。正しき王としてその才能をふるっていれば、旧ミリュー王国が滅ぶ必要なんてなかったはずですわ……。


「だが、それもおわりだ。イノーマス帝国はミリューの資源を欲しておる。この国の防御の弱点も周辺諸国の弱点も全て伝えた。あとは、近隣諸国に逃げたミリュー国人含め全員が皆殺しにされ、新ミリュー王国が周辺諸国諸共崩れ落ちるのを待つだけだ」


「そんなことをして、前国王自身も無事でいられるとお思いですか!?」


「わし自身だと? そんなもの王位に就いたそのときから諦めておる。ミリューに復讐するためだけに生きてきたのだからな」




 前国王から引き出せる情報はないでしょう。たとえ死んだとしても、イノーマス帝国に何を伝えたのか答えるつもりはないでしょうから。



「そうだ。ヤリアント。この私がミリューの血を残すと思うか? お前の母は、イノーマス帝国の者だ。はっはっは!」


 そう高笑いをする前国王を置いて、わたくしたちは城に戻りました。


「ヤリアント様のお母様がイノーマスのお方だったとは……平民でいらっしゃるのでしょうか?」


「母はメイドだと聞いているから、平民だろう。しかし、イノーマスの者が本当に我が国にいたのだろうか。調べてみよう」

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