ありきたりな、夢を目指す話

アールグレイ

ありきたりな、夢を目指す話

 サイダーのペットボトルを傾ける。シュワシュワ弾けるサイダー水がペットボトルの中で踊る。

 私は天井を眺めながらふぅとため息を付いた。

 昨日、仕事でミスをして、職場での信頼を失墜させてからずっとこうしている。

 サイダーの泡がパチパチと音を立てて、まるで私の心の中の不安を映し出すようだった。ため息をつくと、炭酸の刺激が鼻をくすぐる。

「もう、どうしたらいいんだろう…」

 私はベッドの上で、スマホを握りしめたまま、SNSをスクロールする。

 同僚たちの楽しそうな写真が目に飛び込んでくるたびに、胸がチクリと痛んだ。

 「仕事、やめたい……」

 気づいたら涙が流れていた。手で涙を拭う。

「でも、仕事辞めたら生活できないし…」

 ため息をつきながら、私はスマホをベッドに投げ捨てた。視線の先に、昨日買ってきた漫画が積まれている。

「現実逃避するしかないか…」

 私は漫画を手に取り、ページをめくり始めた。 漫画の中の幸せな世界を見て、少し気が紛れる。

 でも、すぐに心が曇った。

「わたしも、こうやって誰かを幸せにする作品を作りたかったな……」

 私はクリエイターを目指していた。しかし、作品を公表する勇気がないのと、めんどくさがりな性格が災いしてその夢が叶うことはついぞ無かった。

 ため息をつきながら、漫画を閉じた。

「もう、こんな時間か…」

 窓の外を見ると、夕日が街をオレンジ色に染めていた。

「このままじゃダメだ。何か行動しないと…」

 私はベッドから起き上がり、パソコンの電源を入れた。

「そうだ、あの時の…」

 私は、昔書いたシナリオのファイルを開いた。

 推しとのイチャラブを描いた夢小説。恥ずかしくて公表することは結局なかったが、個人的には気に入っていた。

「今なら、あの時の気持ち、分かる気がする…」

 私は、シナリオを読み返しながら、過去の自分に語りかけるようにつぶやいた。

「あの時は、ただ自分の理想を詰め込んだだけだったけど…」

 私は、シナリオの登場人物たちに、今の自分の気持ちを重ね合わせていく。

「もしかしたら、このシナリオ、誰かの心を動かすことができるかもしれない…」

 私は、キーボードを叩き始めた。

 気づけば、窓の外は夜空に変わっていた。

 シナリオは、まだ完成には程遠い。それでも、私は満足感で満たされていた。

 書いているときは無心になれた、なんだか幸せだった。

「これだ、私が本当にやりたかったこと…」

 私は、心の中でつぶやいた。

「明日、会社に辞表を出そう」

 私は、決意を固めた。

 夢が叶うかわからない。きっと、いや十中八九悲惨な結末に繋がっている選択だ。でも、それでも、今はその選択肢が輝いて見えた。

 朝日が差し込む部屋で、私は深呼吸をした。

「よし、行こう」

 新しい一歩を踏み出すために、私は玄関のドアを開けた。

 会社までの道のりは、いつもより短く感じた。

「おはようございます」

 いつものように挨拶を交わしながらも、心はどこか落ち着かない。

 社長室のドアをノックする。

「どうぞ」

 聞き慣れた声が聞こえ、私はドアを開けた。

「辞表か……」

 社長はすぐに察してくれた。

「この間のことに、負い目を感じているのかね?」

 社長は問いかける。しかし、私はまっすぐ社長を見てこう答えた。

「いいえ、違います」

「そうか」

 社長は少し驚いた様子だったが、すぐに穏やかな表情に戻った。

「では、他にやりたいことがあるのかね?」

 私は深く頷いた。

「はい、クリエイターとして、自分の作品を世に出したいんです」

 社長は少しの間黙り込んでいたが、やがて口を開いた。

「そうか、それは素晴らしいことだ」

「だが、その道のりは厳しい。君以上に才能があって、君以上に努力をしていて、君 以上に創作が好きな人が跋扈している世界だ……」

「厳しいことを言うようだが、君はすぐに潰れるだろう。君の選択はただ、今から逃げたいだけじゃないかね」

 社長の言葉は、まるで心の奥底を見透かされているようだった。

「確かに、そうかもしれません。でも、それでも、私は自分の可能性を試したいんです」

 私は、社長の目を真っ直ぐに見つめながら、しっかりと答えた。

「もし、私が潰れても、後悔はしません。なぜなら、私は今、自分の心の声に従っているからです」

 言葉に力を込めると、社長は少し微笑んだ。

「そうか、その覚悟があるなら、もう何も言うことはない」

 社長は立ち上がり、私の肩をポンと叩いた。

「君ならきっと、素晴らしいクリエイターになれるだろう。応援しているよ」

 そのまま社長室を後にする。

 今日は有給を取った。

 会社を出ると、昨日とは違う風が吹いている気がした。

 足取りは軽く、心は希望に満ちていた。

 家に着くと、私はパソコンの前に座った。

「よし、続きを書こう」

 シナリオの続きを書き始める。

 言葉が溢れ出てくる。

 まるで、ずっと閉じ込められていた感情が解放されたかのように。

「これが、私の物語だ」

 私は、夢に向かって走り出した。

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ありきたりな、夢を目指す話 アールグレイ @gemini555

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