就活では個性を重視します。
『無個性な就活生は当社には必要ありません』
国内トップの大企業の社長がそのような発言をして物議を呼んだのも、今から見れば昔のこと。
影響力の高い人間の言葉の反響は大きく、あれ以来、この国では過度な個性を求められるようになっていった。
当初は反感の声があったものの「いつまでも横並び的な新卒採用をおこなっていても意味がない!」という声や、息苦しい若者たちの自由を求める声が次第に大きくなり、国内全体で【個性を大事にしよう】というムーブメントが巻き起こった。
若者たちは個性を愛し、個性的であることを全面的に出して、この国は第二のバブル期を迎えた。
そうして、十数年後。
第二のバブルも崩壊した。
現代は就職氷河期。
かつての若者たちは大人になり、人事として、採用する立場となった。
時代遅れの“個性重視面接”という負の遺産が、僕らの目の前に障壁として立ちはだかっている──。
※ ※ ※
「個性的でありなさい。でなければ、大蛇に食わせます」
就職説明会で先輩社員がそう言っていた。
敢えて逆張りできっちりワックスで髪を整えて、リクルートスーツに黒の革靴で説明会に参加したら、周りから変な目で見られた。
あまりにも没個性的過ぎたらしい。
仕方なく、バリカンで上の部分だけ刈り上げて、スーツを逆で着て、ズボンのベルトを咥えながら「おっほんおっほんえっへへん」という謎の奇声を並べていると、ようやくパンフレットを渡してもらった。
×××
履歴書なんて没個性の塊なので、ノートに「ワイの腋写真集(定価)」と書き、一番上の表紙に中学時代のプリクラを貼ったら、書類選考に通過した。
どうしても入りたい企業だったので、個性を前面に出すために全身タトゥーなども検討したが、どうやらこれは「よくある就活生の失敗例」として紹介されてて、踏み止まることができた。
全身タトゥーは一個目の発想すぎる上に、金銭的に裕福であることを暗に匂わせてしまうらしく、面接官からすれば鼻につくらしい。これは盲点だった。
もうすぐ面接が始まる。
どのように個性を出すべきか。
昼休みの食堂、僕はノートパソコンの前で「うーん」と頭をひねらせていた。
すると、頭に醤油を垂らしてくる奴がいた。
「な、なにするんだ!」
「そうやって頭で考えようとするから無個性になるんだロシア連邦。お前は真面目すぎるん大韓民国」
見ると、鼻ピアスをしている「チャーチルチャーチル・ロットロット・ハーブレンハーブラン田中(仮名)」が呆れた様子で僕を見ていた。
彼は常に国名や地名を語尾につけることを特徴としていて、趣味は「カブトムシバタフライ」という、個性の塊である。
お陰で内定もあっさりもらったようだ。
「で、でも……僕はお前みたいに個性的じゃないし」
「いいんだヨーロッパ。お前はそのまんまでいイスタンブール。肝心なのは演じすぎることよりも、内側から湧いてくるインスピレーションに身を預け、自分という存在をいかに面接官にアピールするこ東京葛飾区。やり過ぎだと精神疾患を疑われるからナイジェリア」
「そ、そうか。ありがとうチャーチルチャーチル・ロットロット・ハーブレンハーブラン田中(仮名)。さすがは僕の親友だ」
「いいってことヨルダン。また逆立ちボーリングやろう奈良」
「おう!」
持つべきものは親友である。
※ ※ ※
いよいよ、個性重視面接が始まる。
僕はおぼっちゃまくんスタイルでスーツを前だけ貼り、背中に「お腹」と書いて、腕と足にそれぞれ時計をつけた。いつでもディナーを取るという設定のために、ナイフとフォークとお皿をカバンの中に入れていった。
母さんから「頑張って」とメールが届いていた。
緊張しながら、名前を呼ばれるのを待つ。
「山本ハミガキ粉さーん」
「ワイのことでヤンスね!?」
名前を呼ばれたので、扉をノックせずにカバンを首にかけて、踊りながら部屋に入ってゆく。
しばらく半笑いで身体をぶらぶらと揺らしながら、歯を見せていると、面接官が「お座りください」と言った。
僕は椅子に座らず、椅子の前であぐらをかいた。
数名の面接官が僕を冷たく眺めている。
「では質問していきます。朝食は何を食べてきましたか?」
「カニのイカれ味噌煮でヤンス」
「好きな曜日は?」
「火曜日午後6時でヤンス!」
「明日、地球が終わるとしたら最後は何をしたいですか?」
「海でいっーぱい泳いで、イルカを水彩マーカーでシャチに塗り替えたいでヤンス!!」
全部テンションあげて半笑いで答えた。
よしよしテンポもいい。ヤンスキャラを仕上げた甲斐があった。
笑顔を常に浮かべながら、うっすらと面接官の顔を見ると、彼らは誰一人として笑っていなかった。
「不合格です」
「えっ……?」
「不合格です。お帰りください」
「な、な、なんでですか……? り、理由を聞かせてください……!」
一人の面接官がメガネをクイっとあげる。
「まず第一に『心配になる』という点です。就活に置いて大事なのは“個性”であることに違いありませんが、一緒に働きたいという仲間を探すことが目的でもあります。君の“ソレ”はまるで精神疾患のようで心配になります。今の状態のあなたと働きたいとは到底思えません」
指摘されて、何も言えなくなる。
続けて面接官が言う。
「二つ目に『設定が破綻している』という点です。先ほどイルカのくだりで『水彩マーカー』と言いましたが、海の生き物に水彩は変ですよね? そこは油性のハズ」
「……あ」
「そもそも、そのキャラをやるのであれば的外れな回答をしてほしいのに、あなたの場合は大喜利をしているだけで、質問に対しての回答が破綻していない。全てが嘘くさいんですよ」
圧迫面接だ、とすぐに思った。
面接官が僕を見て、薄ら笑っている。
「そして、三つ目。どうして不合格と言われた瞬間、ヤンスという語尾をつけるのをやめたんですか? やるのなら嘘でもいいから徹底的にキャラを突き通してほしかった。舐められたもんですねえ。付け焼き刃のキャラでウチの企業で内定を貰おうなんて。バカにしていますか? そもそも恥ずかしくないんですか? 登場からーー否、存在からあなた滑っていますよ?」
はっはっは、と乾いた笑いが部屋に響く。
僕はグッと拳を握る。
「この際だからハッキリ言いましょう。──君には
「辛辣すぎますよお」
「はっはっ」
「今年も不作ですねえ」
「こんな没個性な子供に育てた親の顔が見てみたいものですな!」
笑われている。僕の努力が水の泡となっている。
おまけに母さんのことまでバカにされた。
こいつらに……こんなやつらに、何がわかるというのか。
「──あああああっ!!!!!」
僕はカバンからナイフを取り出して、ダメ出ししてきた面接官を刺した。
手が真っ赤に血で染まってゆく。
「……はあ……はあ……はあ……」
テーブルの上に立ち上がった僕は残りの面接官たちを睨みつけた。
彼らは驚くことすらもせず、ジーッと倒れた面接官を見ていた。
「──不合格。」
冷たく、一言告げられる。
当然の結果である。
だが、面接官は平然と続けた。
「先ほどのキャラとのギャップがあり、逆上する演技は良かった。しかし、殺害方法が無個性すぎる。毎年いるんだよ、個性を出そうとして限度を超えて、犯罪を犯してしまう学生。企業によってはそれが面白くて採用に変わるケースもあるのだが、君は変わらない。全てに既視感がある。殺すのなら、もっとユーモア溢れる個性的なやり方をしないと。やはり……ダメな人間は何をやってもダメだね」
就活なんてするべきじゃなかった。
僕は今になって後悔した。
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テーマ『就活』
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