余命3千億5千万字。

首領・アリマジュタローネ

余命3千億5千万字。



「大変申し訳ないのですが、あなたの余命は残り3千億5千万字です」



 医者の言葉におれは耳を疑った。

 余命3000文字というのは聞いたことはある。


 だが、余命3千億5千万字だって……? ええっ、余命3千億5千万字? 要するに350億万字ってことか? そんなの、どれだけ会話文や描写や説明文を交えたとしても、到達出来ない文量じゃあないか。そんなの、余命って言えるのか?



「要するに3千億5千万字に到達しなければ死ねないってことですか?」


「死ねないってことです。火事に巻き込まれた子供を助けたとしてもあなたは死ねません。ナイフで心臓を突き刺しても死ねません。何故なら3千億5千万字に到達していないから」


「つまり、不死身になったと……?」


「そうですね。これは一種の難病なんで」


「不死身……。ヴァンパイアみたいだ……」


「ヴァンパイアではありません。無駄な会話をしないでください」



 おれは怒られた。少し凹んだ。


 しかしこうやって説明描写を多めに取ったとしても400字程度である。

 余命3千億5千万字って……。

 350億万字って……。

 何倍なんだ……計算できない……。


 別に早く死にたいってわけではないが、無駄に身体だけ老いて死ねないってのはやめてほしい。

 どこかに対策などはないのだろうか?

 70歳前後くらいで死ねるようにするためにはーー。



「あ、そうだ!分業制! 複数の作家で文章を描けば3千億5千万字到達できるのではないのでしょうか?」


「理論上は可能ですが、何人の作家を雇うつもりなのでしょうか? あなたの様な味気のない主人公を題材にして、何年も何十年もモチベーションを高く保ちながら物語を書き続けてくれる作家がそう何人もいると思いますか? 仮に200人の作家が毎日1万字執筆したとしても、50年かかるので」


「だったらAI!AIなんかはどうでしょう!? AIを使用すれば容易く到達可能では!?」


「ダメです。この病気は反AIなんで」


「反AIなんだ……」


「兎も角、文章の体裁が整っていないケースもダメです。どうすればいいのか、それを考える時間はあなたには膨大なほどあるでしょう。私にも他の患者の治療がありますので、申し訳ありませんが、お引き取りを」


「そんな……!薄情者ッ」


「私にはたくさんの患者を救うという使命があります。時間は……もう、残って、いないのです……っ」



 ゴホッ、ゴホッ……と医者が血を吐いた。

 この人の余命はもう僅からしい。

 寿命を分けてあげたいと思った。


 そんなどうでもいい描写とキャラの掘り下げをしたところでやはり1000字ちょっとしか行ってなかったので、諦めて家に帰ることにした。


 ※ ※ ※

 








 おれは死ねない。死ぬことができない。

 故にこの不死身性を活かして、自分の人生に彩りを加えるべく、様々な活動を行った。



 色んなことを試した。色んな人を傷つけて、色んな人を救った。ドラマチックな展開だってあった。



 だが、それでもおれは死ねなかった。

 あんなにもたくさんの経験をして、こんなにも輝かしい功績をあげたというのに、こうやって、作者が300字程度に納めてしまったものだから、雑に略されてしまった。


 一番大事なのは作者のモチベーションだった。

 おれはそのことに気付かずにいた。


















 ...












 作者がすぐにやる気をなくしてしまった。



 すっかり年老いてしまったおれは活動することなく、家にずっと引きこもっている。


 天井を見つめている。

 虚空を眺めている。


 身体は老いて、生きる意味なんてわからず、ずーっと口を開けている。


 天井が水漏れしている。

 おれはそれを口を開けながら、垂れてくるのを待っている。


 呼吸を止めようが、食べ物を摂取しなかろうが、おれは死ねない。


 あの診断をしてくれた医者は遥か昔に死んでしまった。


 もうおれのことを覚えている人間なんて誰もいない。








 …









 たくさんの歴史を見てきた。

 何度、同じ悲劇を人間たちは繰り返すのだろうか。



 どんどん情報化されていく世界を横目に、おれは文明の進化と人間の衰退を曇ったまなこで見つめている。



 宇宙は何故誕生したのか。

 おれは何故生きているのか。

 神は本当に実在しないのか。



 ここ数十年はそんな哲学的なことばかり考えている。












 …















 もはや人類は次のステージに行くべきなのかもしれない。


 身体などというのはただの借り物に過ぎず、ワタシという個体も世の中には実在していなかった。



 今や、己は思考するだけの入れ物だ。











 …












 また作家がエタってしまった。

 もう誰も描いてくれないのかもしれない。







 …






 あまりにも長すぎる歳月が流れた。

 それでも、ワタシは死なずにいる。




 誰か、誰か、誰か。

 これを読んでいるキミたちに告げる。





 どうか、どうか、どうか。


 待っている。

 今もこの白い部屋で待ち続けている。




 一個人で3千億5千万字という分量を描いてくれる稀有な作家を。



 膨大な海の中で。



 ワタシは待ち続けている。



 考えることをやめず、待ち続けている。



 キミのことを待ち続けている。







 生き続け

 彷徨い続け

 溺れ続け


 それでも待ち続けている。






 ──いつか誰かがワタシのことを、きちんと殺してくれることを信じて。





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