第3話 勇者を付与する剣

「そうなんだよ。どうやらジンが勇者になっていたのは、この【勇者の剣】のおかげだったんだ」

「それってどういう……?」


 俺の言葉に困惑した表情で首を傾げるレイナ。

 そんな彼女に俺は先ほど起こった出来事を話していく。


「この剣を持ってステータスを調べると、俺のジョブに勇者が追加されていた。そしてこの剣をルーシャに渡してステータスを調べてもらうと、彼女に勇者のジョブが追加されていたんだ」


 その説明を聞いたレイナは驚愕で目を見開いた。

 そして震える声で尋ねてくる。


「ということはつまり……その剣を持てば誰でも勇者になれる、ってことですか!?」

「そうなるな」

「すごい、すごいですよ! それって世界を変えてしまうレベルなんじゃないですか!?」

「いや、そこまででもないと思うが……」

「そこまででもありますよ! 私が保証します! そのスキルは絶対世界を変えますよ!」


 俺はレイナの言葉に大袈裟だなぁと思った。

 しかし彼女はふと難しそうに眉を顰めると、指を顎に当てて考え込み始めた。


「しかし……このことが今、世間に知られるのは不味い気がしますね……。最悪拉致監禁とかあり得そうです」

「俺もそう思う」


 流石に拉致監禁は大袈裟な気もするが、それほどこの世界においてジョブというものが重要なのも確かだ。

 ジョブがその人の人生を決め、生き方を決めるのだから、それが武器一つを持つだけで変わるのなら、誰だって喉から手が出るほど欲しくなるに違いない。


 ジョブというものはスキルの派生や成長、それに加えて隠されているステータスにも補正がかかる、というのが通説だ。

 つまり勇者というジョブが手に入れば、それだけで身体能力などが大幅に強化され、手に入るスキルも勇者と同等のものになる。


「……このことは誰かに話しましたか?」

「いや、今のところルーシャだけだな」

「そうですか……。それ以上はまだ誰にも話さないほうがいいかもですね」


 レイナに言われて俺は頷いた。

 もちろん最初からそのつもりだ。


 彼女はさらに考え込んだ後、こう口を開く。


「私も広めるつもりはありませんが……でも、領主さんにだけは伝えておいた方がいい気もします」

「……領主、グウィルか。まあ、あいつは悪い奴じゃないし、そっちの方が心強いのも事実だな」


 この街の領主——グウィル・ジージス辺境伯とは古い付き合いだ。

 幼い頃、俺が彼を魔物から助けてから仲良くなったのだ。

 今でもこっそり屋敷から抜け出してきては、俺と小さな酒場で飲んだりしている。


 確かにこの案件は貴族の方が上手く扱えるだろうし、言った方がいいかもな。


「アルベルトさんが直接言いますか?」

「ああ。明日の晩、一緒に飲む約束してるからその時に言うわ」

「分かりました。何か進展がありましたら教えてください」


 と言うわけで俺はギルドでステータスの更新を終え、ひとまず自宅に帰るのだった。



   ***



——勇者パーティー・サイド——


 アルベルトを追放して次の日。

 勇者ジンは新しい魔導剣を手に入れて、早速Aランクダンジョンに向かっていた。

 新しい武器を使いたくて前日からウズウズしていたのだ。

 これさえあれば自分たちも最強の一角になれると信じていた。

 そもそも、選ばれし自分たちが中堅で足踏みしている方がおかしいのだ。


「ジンさん! これで俺たちも最強の勇者パーティー【黄金の水平線】になれますね!」


 ダンジョンまでの道を歩きながらメンバーの一人が嬉しそうに言った。

 最強の勇者パーティーには【黄金の水平線】という称号が与えられる。

 千人はいる勇者たちはその称号を求めて日々鍛錬を積んでいると言っても過言ではない。


 現在、その称号を持つ勇者は【氷結の勇者】リン。

 彼女は様々な伝説を持っていて、リヴァイアサンとの戦いで『アルカナ湖』全面を凍らせたとか、バハムートとの戦いでは『トーチア山脈』の半分が消えたとも聞く。


 それらが本当かはわからないが、全ての勇者はそんな彼女に追いつこうと必死なのだ。


「そういえばあいつの武器はどうした?」


 ジンは仲間たちにそう尋ねる。

 するとみんな蔑むように言った。


「あんな奴の武器なんて売っ払ってやりましたよ。大した金にはなりませんでしたがね」

「俺も似たような感じですね」

「僕も全く同じです」


 売り払ったのは、大剣、聖鈴、長杖の三つだ。

 適当な金のない新米冒険者が買うことになるだろう。


 ジンはそうなるのが当然だろうと思った。

 あんな希少ジョブでもない奴の武器なんて持ってても仕方がないし、適当な新入りが使うのが相応しい。


 そして勇者ジンたちはAランクダンジョンにたどり着くと、胸を弾ませながら潜っていくのだった。

 ——皆、自分たちの希少ジョブが消えていることにも気が付かずに。



   ***



——とある少女・サイド——


 ニーナは冒険者に憧れる普通の少女だった。

 しかし十歳で手に入れたジョブは【計算士】。

 どう頑張っても冒険者にはなれないジョブだった。


 それから彼女は十五歳で領主の元でお金の計算をする仕事につき、日々を過ごしていた。


「はあ……今日も疲れた……」


 激務、ってほどではないが、やりがいのない淡々とした仕事だ。

 元々活発だった彼女にとって、机仕事は精神的に苦痛だった。


 そんな時、ふと武器屋が目に入る。


「……見るだけ、見るだけならいいよね?」


 一人そう呟くとその武器屋に入った。

 そして色々と物色していると、ふと叩き売りされている大剣が目に入った。

 その剣は特に装飾が華美なわけでも、特別な金属が使われているとかでもない。


 ごく普通の大剣だった。


 しかしなぜか目を離せない。

 彼女は吸い寄せられるようにその大剣を持ってみた。


「すごい……よく馴染む感じがする」


 その剣は重心の置いている場所がいいのか、とても持ちやすく手に馴染んだ。

 なんでこんな値段なんだろう?

 そう疑問に思うほど、その剣は扱いやすそうだった。


 気がついたらニーナはその大剣を買っていた。

 お給金はそこそこもらっているから、これくらいの金額なら大したことない。


「明日は休みだし、近くの森で弱い魔物とでも戦ってみようかな」


 弱い魔物——スライムとかゴブリンとかだ。

 それくらいなら武器があれば戦闘ジョブのない一般人でも戦えるレベルである。


 十歳になる前は、両親に連れてもらって軽い狩りに行ったりもしていた。

 だからいくら戦闘ジョブがないにしても、そこそこ戦える自負はあった。


 彼女は明日に想いを馳せ、どこかワクワクしながら軽い足取りで帰路に着くのだった。


 そんな彼女は後日、自分に【重騎士】という希少ジョブがついていることを知るのだが、それはまだ先のこと——。

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