何だコイツ!?

「お願いします、お願いします、お願いします」


 ベッドの上でうずくまり、祈るように両手を重ねて力いっぱい握りしめる。

 それから胃の中に溜まったものを吐き出すように、何度も何度も同じ言葉を繰り返し呟いた。


 時間は夜の20時に差し掛かり、家の中は静かで、生活音は一切存在しない。

 辛うじて外からは虫の鳴き声だけが聞こえるが、それだけだった。


 明かりも点けず、勉強道具も、本もCDもゲームも全て放り捨て、枕の上に置かれたノートパソコンを齧りつくように見つめる。そこにはtwisterツイスターと呼ばれるSNSが表示されている。


 twister上には【テンテン@神配信者】というアカウントのホームが表示され、そこには彼が投稿した最新のブリーズコメントが表示されていた。


『明日の配信は雑談予定! 一人だけだと配信回せないので、会話の相手になってくれる人を何人か募集します! 参加したい人はDMダイレクトメッセージを送ってね、こっちで選んだ人には直接返信します(スパム送ったやつは呪います)』


 一秒でも早く、誰よりも真っ先にメッセージを送った私を選んで貰えるように、私はその場で、反射的に参加希望のメッセージを出した。



 彼と出会ったのは、たしか三か月ほど前。ネット掲示板を彷徨っていた私は、一つのスレッドを目にした。


 スレッドの内容は、『配信者の中で一番好きなのは誰か?』というものだったと思う。幼い頃からネットに入り浸っていた私も当然、配信者という存在を知っていたし、見たこともあって、特定の配信者のファンだった時期もある。


 そんなこともあって、自分が気に入っている配信者の名前が挙がっているんじゃないかという思いと共に、そのスレッドを開いた。


 スレッド内の内容は想像した通りのもので、各々が配信者、それも有名配信者と呼ばれる者たちの名前を書き、それに合わせて賛同コメントや否定コメントが付く――いわゆる普通の光景が広がっていた。


 上から下へとコメントを見つつ、ぼうっとスレッドの流れを見ていた時に、一つのコメントが目に飛び込んできた。


『前までは他の配信者だったけど今一番好きなのはテンテンって配信者かな。今は無名だけど絶対有名になると思う』


 当時の私がどんな感情でそれを見ていたかなんて考えたくないが、ネガティブな印象しか無かったのは間違いなかった。


 しかし、一度も見ていないにも関わらず、それを否定するのは間違っている。そんなプライドがあった私は、実際にその配信を見てみることにした。


 そして私は、彼に出会った。


『はぁ? 何だコイツ!? 角待ちきっしょ! 死体撃ち!? ……っ!(バァンッ!!)』


 私が普段遊ばないSSFというゲームの配信。暴言。台パン。

 減点方式であれば私は即座に0点を叩き出すであろう酷い配信だったが、それら全ての欠点を補って余りあるほど、私は彼という存在に魅了されてしまった。


 ゲーム配信外で見せるギャップのある優しさや聡明さ、お茶目な言動。そして心を揺り動かす美しい声。私はその日、彼の配信を見終えてから眠るまでの間ずっと、まるで魂でも抜き取られたように何も手に付かず、茫然自失になっていた。


 人の声を聴いて心が震える。そんな奇跡、経験を今までしたことがなかった。


 それから私は彼のファンになった。いや、ファンというより信者という言葉が近いのかもしれない。以降は彼の配信だけを見るようになって、昔の配信や、私のコメントを拾ってくれた時の配信を何度も見返すようになってしまったからだ。


 それほどまでに私は彼という存在に染まってしまった。



 そんな彼――テンテンが今までやっていなかった雑談配信をしようとしている。それも視聴者の参加が許される、凸待ちとも毛色の違った配信だ。もしかしたら配信が上手くいかず、今回だけで終わってしまう企画かもしれない。


 そうなれば彼と直接会話するチャンスなんて二度と来ないかもしれない。


「選んでください。選んで、選んで、なんでもします。なんでもします。テンテン様、テンテン様、テンテン様、お願いお願いお願いお願い――――」


 ポンッ。そんな通知音が真っ暗な部屋に響き、私は飛び上がるように顔を上げる。


 限界まで目を見開いて、パソコンの画面を食い入るように見た。twister上の画面左部に表示されたDMの項目に、赤い通知アイコンが表示されている。


 震える手で画面を操作して、ダイレクトメッセージの画面を開く。


『まとん:初めまして、まとんと申します。先ほどのブリーズ拝見しました。もしよろしければ雑談配信に参加させてください。お願いします。』

『テンテン@神配信者:初めまして、参加希望ありがとうございます! 一時間後くらいに配信始めるので、参加可能であればこちらからSheepサーバへの参加をお願いします!→【Sheep.instant.invite.xxxyyyzzz---】』


 メッセージが、返ってきていた。


「……え、う、うそ……ほんと……?」


 緊張による震えを抑えきれず、手を震わせながら必死に感謝のメッセージを送り、彼から送られてきたSheepの招待IDをコピーする。


 ネット上での通話ツールとして最も有名なアプリであるSheep。それをパソコン上から起動してコピーしたIDを打ち込むと、サーバ参加依頼の画面が開かれる。


 参加依頼画面上のサーバ名には【テンテン雑談用サーバ】と表示され、画面中央部には参加許可用のメッセージ入力欄が表示された。Sheepでは、プライベートサーバへのアクセスには招待IDが必要で、そこから更に参加許可依頼を送る必要があるようだった。


 メッセージ欄にはtwisterでのアカウント名を記載して送信すると、一分も待たずにサーバへの参加が許可された。


 サーバにはテンテンとそれ以外のユーザー数名のみが存在していて、あとは通話を開始し、そこに参加するだけの状態とまでなっていた。


 Sheep内のチャットには、配信でのNGルールなどが記載されていて、私以外の参加者はそれらのチャットにリアクションを加えていた。


「わ、私もなにかリアクションを――」


 そう思って慌ててリアクションをしようとするが、その直前、チャット画面に『テンテンが入力中…』という文字が表示され、慌てて手を止める。


 彼のチャットを変に邪魔しては駄目だと手を止めたが、サーバーへの参加や、リアクションなど、様々な部分で出遅れてしまったという後悔と絶望が胸中をよぎっていた。


 しかしそんな思いも何もかも、彼の書いたチャットは全てを拭い去ってくれた。


『皆さん参加ありがとうございます。複垢込みで1000件分くらい参加希望来てたんですが、早い者順で送ってくださった5人を招待しました!』


 私は呆然とシーツを握りしめ、つぶやいた。


「……選ばれたんだ、私」





「配信はじめまーす」


“うおお”

“待ってました”

“参加したかった……”

“私絶世の美女なんですが今からでも参加できませんか?”

“絶世の美女(男)”

“男が美女でもいいだろうが”

“別にいいけどこいつは美女ではなさそう”


 雑談ということで配信が始まったが、今日は珍しく開幕から人が多い。

 普段の視聴者といえば三桁くらいでピーク時に四桁行くかどうかという感じだが、今回は既に四桁近くの視聴者が配信を見ている。


 これはSSFというゲーム配信を視聴しに来ている層より、雑談配信を視聴しに来ている層の数が多いためだろう。


 雑談よりゲーム配信が人気ではないということに若干の不満はあるが、これは時間が解決してくれると思っている。最悪解決できない場合、俺がちょっと改変してやれば万事解決可能なので問題はない。


 それにしても雑談配信がここまで望まれていたとは意外だった。

 SSFの配信が飽きられているのだろうか? 別ゲーの配信も視野に入れておくべきかもしれない。


「本日は内容的にお察しかもしれないですが、残念なことに雑談配信です」


“一生雑談しろ”

“残念なのはお前の頭”

“雑談待ってました”

“SSF引退ですか?”

“SSFプレイヤーの安息日”


「……雑談配信ということで会話がメインなんですが、慣れないこともあって一人だと配信回せるか微妙なので、視聴者の中から雑談に参加してくれる有志を募りました」


“20垢くらいで希望メッセ送ったけど通らなかった(泣)”

“直接会話できんの!?”

“テンテンAI説がこれで消えたな”

“今から参加できないですか?”


「ごめんね、事前希望でもう集めちゃってるんですよ。これを機会に俺のtwisterのフォローお願いします。ツイ……ブリーズも結構センスあるんで面白いよ」


“おまえ配信告知とクッソつまらんブリーズしかしねえじゃん”

“クソブリーズ、つまりブリ――”

“フォローしました!”

“10回フォローしました!”


「フォローありがと~。ちなみに参加希望者は比較的まともそうな人を取ったんで、参加できなかった人は反省してください」


“は?”

“適当なこと言うな”

“SSFの有名配信者も参加希望したけど落ちたとか……”


「蟹クラブさんのこと? あの人はちょっと……ね」


“元暴言厨の配信者だからな”

“今は暴言も全然吐かなくなって性格良くなったけどねー”

“蟹クラさんは昔の方が良かった。今は丸くなりすぎて菩薩みたいだ”

“社会の荒波に揉まれたんだろ”


「……というわけで、選ばれた雑談相手の一人に登場してもらおうかな」


 思い出を振り払い、Sheepを操作して雑談参加者の参加準備を勧めていく。


 今回選んだ希望者には、軽い自己紹介や雑談を交えた後、相手から俺に対する質問や相談ごとなどを回答していくという流れを説明している。

 今回の参加者には結構ギリギリでの説明になってしまったが、割と問題なさそうな雰囲気だったので大丈夫だろう。


「じゃあ最初は――まとんさんから」


 そう言って通話に呼び出したのは『まとん』という名前の人だった。過去ツ――ブリーズやチャット上での会話の雰囲気を見る限り、おそらく大学――もしくは高校生くらいの年代の女性だろう。

 配信でコメントしてくれているのを何度か見たこともあるので、初対面という気分ではなかった。


 ピロンと参加音が鳴って、通話に一人のユーザーが参加してきた。勿論ユーザー名は『まとん』。


 彼女が通話に参加し、マイクのミュートが解けるのを見た後、俺は彼女を紹介しようと口を開いた。


「えーどうも、今回参加してくださった――」


「ま、マトンです! テンテン様の大ファンです! 毎日配信見返してます! 雑談に参加させていただきありがとうございます!」


「――え」


“やばw”

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