銀竜の歌声2
思い出から今に戻り、銀竜は目を開けた。
頬杖を解くと、手を後頭部に持っていき、自身の髪をつまむ。
「いてて」
勢いよく髪を六本抜き、両手に持って軽く撫でる。銀色の長い髪の毛は、氷をまとい、ピンとまっすぐな形になる。
その六本を中心に、氷によって形が作られていく。銀竜の手にしたのは、氷でできたギターのような楽器。弦となった髪を鉤爪で弾くと、氷を合わせたように澄んだ音が鳴った。
「悪くないなぁ」
独り言を零し、銀竜は
周囲に広がる、軽やかで澄み切った音色。
前奏が終わると、目を閉じて、歌いだす。
「――――」
汚れのない氷のように、透き通った声がリズムに乗る。
周りの三者は深い眠りの中にいるようで、目覚める気配がない。
それをいいことに、銀竜はさらに声を上げた。
周囲の
銀竜の吐く息が頭上に昇り、氷の粒子が光を帯びて宙を舞う。
洞窟の空間全体が、歌を盛り上げるように共鳴する。
『銀竜は雪山に生息し、洞窟に迷い込んだ者を喰らう。広い縄張りに一体だけで
以前、誰かに聞かされたどこかの書物を思い出す。
独りきりで洞窟にいるのも悪くなかった。それでも、雪女と出会ったことで、銀竜には繋がりができた。顔の広い雪女が連れてくる愉快な仲間。皆としゃべり合い飲む酒。離れた土地に住む友。教えてもらったことはたくさんある。
彼女に出会っていなければ、今頃自分は……。
「――――」
サビに入り、高らかな清音が洞窟に響き渡る。
辺りにきらめくのは、銀色のダイヤモンドダスト。
小さな粒子が天井近くの一か所に集まると、パッと、花火のように光が開いた。光は銀から金へ色を変え、まるで流れ星のように、床に降り注ぐ。
熱くもなければ冷たくもない。光は、楽器を弾く銀竜の右手に落ち、ビッグフットの開いた大口の中に落ち、フェンリルの突き出た鼻先に落ち、雪女の艶やかな白髪に落ちた。
二題目に入り、銀竜は上機嫌に歌い続ける。
机に突っ伏している雪女が、銀竜からは見えない位置で、唇をかすかに緩めた。
* * *
夜が明け、白い空から綿雪が降る朝。
「ウホーーーッ!!」
洞窟の前で、ビッグフットが滝のように涙を流しながら、両手の拳を振り下ろしていた。足もとにいるのは、銀竜。周囲に張った氷の壁を、ガンガンと叩く音がこだまする。
『おい、ビッグフット! 惜別もいい加減にしろ! もう帰るぞ!』
「ウホ! ウホーーーッ!」
「ああ、モフモフと別れるのは、俺も悲しいよ」
涙の一粒も見せずに、銀竜は笑って言う。
ビッグフットはその言葉でさらに涙腺を緩め、号泣しながら氷の壁を叩く。
『変に
フェンリルはビッグフットの尻に生える兎のような丸い尻尾をくわえて、引っ張り出した。
「ふふっ。それじゃあ、銀竜さん。またね」
そばで見ていた雪女は、袖で口もとを隠しながら微笑み、別れの挨拶をする。反対側の手には、膨らんだ風呂敷が提げられている。飲み会の片付けは、もう済んでいた。
「ああ。また」
雪女の振る手を見て、銀竜はそれだけ言った。
雪女は背を向け、雪山を歩き出す。ビッグフットは大きく手を振りながら、フェンリルに引きづられて去っていく。
「あっ、そうだわ」
ふと、雪女がなにか思い出したように呟き、踵を返した。
『なんだ? 忘れ物か?』
フェンリルが首を傾げるのを尻目に、銀竜のもとへやってくる。「どうした」と訊く前に、雪女はそっと、彼の耳もとに唇を近づけた。
「上手だったわよ」
アクアマリンの瞳が丸く見開く。頬がみるみるうちに赤く染まっていく。
雪女が身を引き、袖で隠すことなく、柔らかな笑みを浮かべる。
目が合い、とっさに銀竜は、舌の先をちょろっと出した。
「なんのことだい?」
雪女は袖で口もとを隠して微笑むと、フェンリルたちのもとへ戻っていった。
様子を見ていたフェンリルは、何の話をしていたかわからないが、首を傾げて呟いた。
『相変わらず、仲がいいな』
「そんなことないわよ」
隣を歩きながら、雪女はつい、銀竜のようにあまのじゃくな台詞を言ってしまう。
後ろで手も振らずに見送ってくれる存在を感じながら、口もとを袖で隠す。
「出来の悪い、可愛い弟のようなものよ」
潜めた声は、銀竜に聞こえることはなかったようだ。
三者の姿が見えなくなるより早く、銀竜は尾をくねらせて洞窟へ戻っていく。
洞窟の中から、嬉しそうな鼻歌が聞こえだした。
〈おしまい〉
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