銀竜の飲み会
宮草はつか
銀竜の飲み会
第1話 みんな集まれ
すべてを呑み込むように荒れ狂う吹雪。
一帯は底の知れない厚い雪に覆われ、空気中の水分さえ瞬時に凍る極寒に包まれている。草の芽ひとつとして生命が息づくことを許さない。死を形容するかのような白銀の世界で、どこからか呑気な鼻歌が聞こえていた。
雪山の中に、ぽっかりと空洞がひとつ。さきは深い闇が広がって、なにも見えない。そんな不気味な洞窟の前で、ひとりの青年が雪の上を歩き回っていた。
腰につくほどの銀髪を襟足でひとつに結び、青い瞳はアクアマリンをはめこんだように澄んでいる。人間であれば動くことさえままならない寒さの中、吹きすさぶ雪に構うことなく鼻歌を奏で、素手で雪の大玉を転がしている。
「よっと」
さきに転がして作られた一回り大きな雪玉の上に、新しく作った雪玉を乗せる。白い棒を二本両脇に突き刺し、拾ってきた黒い石をいくつかはめこむ。
青年は満足そうに微笑み、手についた雪を払った。
「できた」
「相変わらず、暇そうなことしてるわね?」
いつの間にか風は収まり、吹雪は綿雪に変わっていた。
青年が声のしたうしろへ振り返る。ひとりの女性が、足音もなく近づいてくる。結ばずに腰下まで伸びた長くつやのある
青年は来客に対して、背の下から伸びる長い尾を嬉しそうにくねらせた。
「雪女か。久し振りだなぁ」
「なにをしていたの?」
「雪だるま」
「それは見たらわかるわよ……」
自慢げに自作の雪玉に手をついて微笑む青年に、雪女と呼ばれた女性は苦笑いを浮かべつつ声を漏らす。
彼女の足もとから「グルル……」と呻き声が聞こえ、一体の獣が姿を見せた。
『まったく。来てやったというのに
雪女の隣に立つのは、銀色の毛に包まれた狼。大型犬ほどの大きさがあり、金色の瞳が相手を睨みつけ、鋭い牙を剥きだしている。
銀竜と呼ばれた青年は狼の姿を見ると、まるで欲しい
「ワンワン!」
『ワンワンと呼ぶな! 噛みちぎるぞ!』
指をさされて名指しされ、狼がけたたましく吠える。端から見れば犬の鳴き声に聞こえるが、彼らの間では言葉が伝わっている。
「失礼よ? フェンリル、こう見えて神様も食べちゃう怪物なんだから」
『「こう見えて」とはなんだ! 力を封印されていなければ、貴様らなど
「ほらワンワン、取ってこーい」
『話を聞け銀竜! あと、雪山にゴミを捨てるな!』
銀竜が雪玉作りで余った白い棒を遠くへ投げる。フェンリルと呼ばれた狼は、文句を吠えながらも投げられた棒めがけて雪の斜面を駆けていった。
「かわいい」
「食べたくなるなぁ」
尻尾を振りながら走っていく姿を見て、雪女が袖で口もとを隠しながら呟き、銀竜も目を細める。
落ちる前の棒を飛び跳ねてくわえたフェンリルを見終えて、銀竜は雪女に
「ふたりで来たのかい?」
「いいえ。もうひとりいるのだけれども……」
ドンッドンッドンッ……!
不意にどこからか、地響きのような音が鳴りだした。地震や雪崩とは違う。棒をくわえて戻ってくるフェンリルの横を、大きななにかが通り過ぎていく。
「ウッホー!」
人の倍ほどの背丈がある巨人。全身が白い毛に覆われていて、足は短く、腕は地面につくほどに長い。両手を着きながら跳ねるようにやってきた巨人は、銀竜を見るなり手を大きく振り上げた。勢いよく振り下ろされる手のひらは、たいていの物を押し潰す威力を持っている。
「ウホッ? ウホウホー!」
銀竜の身体が潰される直前、巨人の手が止まった。間にできていたのは氷の壁。行く手を阻む壁を、巨人は何度も叩くがビクともしない。
「モフモフは元気だなぁ」
自身の周りに氷の壁を張った銀竜は、上機嫌に壁を叩き続ける巨人を見ながら口もとを緩める。
「ごめんなさいね。ビッグフット、ここに来るまでに興奮し過ぎちゃって。一度凍らせておいたんだけれども、まだ頭が冷えないみたい」
『こんな低能な奴、我は連れて行くなと言ったんだ。だが、銀竜が気に入っているからと、わざわざ連れてきてやったんだぞ』
雪女が口もとに袖を当てながら肩をすくめ、戻ってきたフェンリルは苛立ったように棒を噛みながら唸り声を上げる。
「あぁ、モフモフに会えて、俺は嬉しいよ?」
銀竜は笑顔を見せて、尾をくねらせる。ビッグフットと呼ばれた巨人は、自分に向けられた笑みを見て、叩く手を止めて嬉しそうに空へ大口を開けた。
「ウホーーーッ!!」
雄叫びをあげ、満足したのか手足を雪につけておとなしくなる。
銀竜の周りに張られていた氷の壁が、霧のように解けて消えた。
「さて、そろそろ中に入らせてちょうだい?」
『いつまで立ち話をさせる気だ。早く案内しろ』
ひと段落がつき、雪女とフェンリルが話を切り出す。雪女の片手には、膨らんだ風呂敷が
約束はしていない。それでも皆が集まれば、やることは決まっている。
銀竜は楽しげに尾を揺らしながら、背後にある洞窟へ足を向けた。
「ウ……ホ?」
進み出そうとした直後、ビッグフットがなにかに気づいて歩き出す。不思議そうに見つめているのは、洞窟の入り口に飾られた雪玉だ。
「モフモフ、それは俺が作った雪だるまだ。上手くできているだろう?」
「ウッホー!」
ビッグフットが同意するように、長い腕をあげて両手を叩く。そのままその手を勢いよく振り下ろした。
「『……あっ』」
無残に叩き潰された雪玉。飛び散った雪の塊が、得意げに微笑んでいた銀竜の顔に直撃した。
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