第48話 強すぎる一撃

 もともと俺はムーテをさらった後、彼女とニーグから話を聞いてラスピスとの交渉の可否を判断し、できることなら穏和に話し合いで解決させるつもりでいた。


 それとは別に、最初から、メルワートに頼んで命の石を二つに増やそうとは考えていたが。


 けれど。レイが怪我をしたことにより俺は魔力のほとんどを使い果たし、その回復のためニーグの元でリアを弾いた。


 帰り道にメルワートに見つかることになったが、もともと、動きの怪しい魔族たちに時間稼ぎを兼ねての交渉をしに行く予定だった。


 その足で騎士団の療養所を訪れるもレイの意識はまだ戻らず、レイの元を離れたがらないトーリの世話をジタリオに任せた。その後、チアリターナというドラゴンに会いに行き、なんやかんや一日を費やした。


 その間にニーグの元からチリリンを引き取ってきて騎士団の拠点へと戻り、レイの目覚めに立ち会い、俺は暴走した魔力により雪を降らせた。


 レイが目覚めてからは、トーリ、ムーテ、ジタリオとともに、ムーテの母であるラスピスの元に行き、ジタリオにレイを見張るよう依頼。戦争を止めなければ借金を負わせると脅されたのが、つい先程の出来事だ。



 ――と、怒涛の流れで息つく間もなく、今に至る。



 外に出ると、辺り一面、雪景色。砂漠で使っていた耳当てなどがあるが、トーリは魔族であり寒さに強いためそのままでも困らない。もちろん、俺も。ジタリオも鎧を着ているから大丈夫だろう。


 ただ、ムーテだけは、もこもこになっていた。元々黄色の上下がつながった装いをしていたが、着替えて水色のもこもこになっている。


 手袋で包まれた手をさすり、肩をすくめ、そわそわしている上、鼻の頭と耳も赤くなっているし、相当、寒いのだろう。


「ムーテ、大丈夫か?」


「……うん、大丈夫」


「あ、すごく元気ない。ごめんな、俺が雪なんて降らせたせいで」


「これ、るじがやったの」


 すごく怒っていらっしゃった……。寒い地方に住んでいるはずなのに、寒さに弱いらしい。


 不機嫌な姫を見たトーリが、真っ赤な耳に手を触れる――。


「ひゃうっ」


「ああ悪い、驚かせて。――でも、冷えきってるじゃないか。風邪を引くぞ」


「だ、大丈夫」


「ふっ……ん、んんー」


 ジタリオがムーテの可愛い悲鳴に、思わず吹き出す。


「ほら、こうするとあったかいだろ」


 トーリが両手でムーテの耳を包み込むと、ムーテの瞳は目を回すほどにくるんくるんと回り――思わず、といった様子で、トーリの手を払いのける。


「あっ」


「……耳は、やめて」


「ご、ごめん。気をつける」


 そういえば、ムーテはくすぐりに弱かったが、耳も弱いのか。いい情報を得た。


 ジタリオはニヤニヤしてしまうのを抑えるためか、わざとらしい咳払いをした。


「これから、ルジ様はどうされるのですか?」


 ――寝たい。めちゃくちゃ、寝たい。しんどすぎる。


 ……が、トーリに聞こえる距離なので、弱音は我慢。そもそも、今寝るわけにはいかないしな。


「騎士団でムーテを預かろうにも、この緊迫した状態じゃあ、あまり人手は割けないだろ?だから、トーリと一緒に、ニーグに預けようと思う。ムーテもそれでいいよな?」


「わたしは嬉しいけど、おじーちゃん、大丈夫かな?」


 俺の演奏を聞いてよくなったと言っていたが、そう持つとも思えない。が、二週間は預かってもらわないと困る。


 ――俺はメルワートを、心の底から信頼しているわけじゃない。


 だが、ジタリオに任せているからレイは大丈夫だろうし、片方だけなら価値はそこまでじゃない。


 そして、メルワートの自動車。現在、エンジンが壊れているため二週間のうちに修復は可能だろうが、すぐにはニーグのところまで行く足がない。


 人口五百万の国の、南から、水は国を出入りする。


 メルワートの研究室やムーテの今の家、レイがいる騎士団の拠点は南方に位置している。地価が安いのと、前者は魔族だから。


 というのも、首相官邸がもっとも水から遠い北方に位置しており、騎士団もその付近に本拠地があるためだ。


 ニーグの家はさらにその向こう、国の北端。国内で一番安全と言われている地域に位置している。


 西側は魔族への反発意識が強く、元はムーテとラスピスも西に住んでいたと考えられるが、あまり近寄りたくはない。


 ともあれ、メルワートが二週間で国を縦断するのは不可能。ニーグの元に預けておけば安心だ。


 魔族たちがすでに動き出しているため、早く牽制に行かなくてはならない。この二週間でやっておきたいこともあるし。


「大丈夫だよ。昨日――いや、一昨日か?まあ、色々あって今はちょっと元気なんだ。心配なら、様子を見てから決めてもいいよ」


「そうだね。おじーちゃんも、わたしの顔見たいだろうし」


「ふっ。大した自信だね」


 ぽんぽんとムーテの頭を撫でると、ムーテは花の咲くような笑みを浮かべた。


「分かりました。私はレイノンくんと一緒にいます。……しかし、ニーグ様の家までどうやって行かれるのですか?」


「どうやってって……そりゃあ、チリリンに乗って」


「駄目です。大騒ぎになります」


 ……しまった。ムーテはともかく、トーリを抱えて走るのは不可能だ。


「オレがムーテを背負っていく。ルジに比べたら遅いが」


「えっ」


 ムーテの音符が、目を回しそうな勢いでくるくる回る。


 ……おや? と思うより先に、ジタリオが吹き出す。


 が、笑顔で振り返ったムーテから、「ねえ、ジタリオ」と呼びかけられた後、目で追うのがやっとな速さの一撃をみぞおちに食らって、くずおれた。


 トーリには見えない角度だったので、ムーテの「ねえ」の続きが分からず首を傾げていたが――いや、待て。騎士団長を一撃で倒したのか?


「……どうした。何か面白いことでもあったか?」


 照れ隠しにしては強すぎる一撃と回る音符という、姫の面白い姿が見られた。とは言わないでおく。


 俺が抱えているときはなんともなかったのに、トーリが背負うとなるとこの反応。さすがに可愛いが過ぎる。


 ――しかし、自分のものにしたいと言っていたし、実際、崖から突き落とそうともしているが。一体、何を考えているのやら。ジタリオはそれを知らないから、ムーテの動揺を純粋な好意だと捉えたのだろう。


 ともあれ、目の音符も見ることはできず、女の子との関わりも少ない中、ムーテが動揺していることに気づかないのを鈍感と表すには、トーリはまだ幼い。ムーテは声に出づらいし。


 まあ、俺がムーテを背負えばいい話なのだが……面白いから、黙っておこう。背負われているときに何かする、というようなことはなさそうだし。



 トーリの種族についてムーテが知っているのかいないのか、拠点での暮らしを見ていない俺には分からない。



 が、いずれにせよ、彼女自身が頭巾を深く被って顔を背けている上、背負われていれば顔は見られないので、今は心配しなくてもよさそうだ。


「いいや。この短期間で随分と仲良くなったなと思ってね」


「ああ。ムーテと話すのは楽しい」


 ムーテが頭巾を深く被ると、それを見たジタリオが何かのツボに入ったらしく、顔の全体を片手で押さえ声を殺して肩で笑っていた。


 ただの可愛い少女で済ませられれば、よかったんだが。


「ムーテ、オレの背中に乗ってくれ」


「……うん」


 呼ばれてそっと背中に体重を預けるムーテを、ひょいと軽そうに背負う。


 しかしまあ、千年、独り身の俺が言うのもなんだが――同年代との、特に女の子との距離感は教えた方がいいだろう。


 レイとは何もかもが違うのだと。そうしないと、親譲りの顔立ちもあることだし、悲劇が起きそうな気がする……。


「ちゃんと掴まっててくれ」


「こう……?」


「もっとしっかり」


「……ん」


「吹き飛ばされないようにな」


「うん……」


 ムーテも箱入り娘であり、同年代の異性との触れ合いに慣れていないのだろう。俺たち大人に対する態度は堂々としているが。


 しかし、こうして背中に揺られていれば、ムーテ姫もすっかり可愛い女の子だ。ムーテの身体能力ならついてこられそうな気もしていたが、まあ、いいか。


「嫌だったら、悪い」


「ううん嫌じゃない本当に」


「そうか。それなら、安心した」


 しかし、早口になるムーテは何も知らなければ恋する女の子にしか見えない。実際は慣れていないだけで、トーリの命を狙い続けているんだろうが。

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