第71話 反撃への
運命の悪戯って言葉を聞いたことがあると思うけど、俺の場合、悪戯で済ますほど可愛らしいものじゃない。
言葉通り生き死にがかかっている。
なぜ、
経緯も何も分からない。
でも、その中で何かヒントとなるものがあるとしたら、瑞穂から切り出された離婚話に関わっているのではないかといことだ。
未来で瑞穂が言っていた「好きな人ができた」というのは、黛のことではないだろうか。
高校時代の関係をゆすられ、脅され、そういった結論に至ったのでは……?
だとしたら、黛はとんでもないクズ野郎だ。
瑞穂に地獄のような選択を迫り、ひとの家族を崩壊させた。それによって瑞穂に対する負の感情を俺に植え付けさせた。
いずれにしたって本来ならば無いものだったのに。
そんなヤツ、野に放っておいて良いわけがない。
*
「ウソでしょ……そんなこと……実際あんの……?」
言葉を失い目を丸くさせているユキノ先輩。失礼ながら少し滑稽に見えた。
数日後、俺はバイトの後にユキノ先輩を呼び出して相談することにした。
これは高校生だけでどうこうできる問題じゃない。永瀬さんや峰岸さんに大見え切ったんだ。やはり使えるものは利用しない手はない。
だから今回もユキノ先輩に何かしらの手助けを求めることにした。
「実際も何も。正直俺も頭の中、どう整理つけたらいいか分からないです。でも……それよりもアイツを陽の元に晒して、暴いて、コイツはこんな人間なんだって世間に知らせたいんです。受けるべき報いを受けなければ、世の中、終わりです」
「そう、だよね……事実を知ってしまった以上は……」
迷っているのか、ユキノ先輩も腕を組んで黙り込んでしまった。
「具体的にどう動き始めるか、まずはそこを考えなければならないと思うのよね。警察に行くなら慎重にね」
「警察を信用してないわけじゃないけど、やっぱり高校生の言い分をどこまで聞いてくれるか分かりません……警察が俺たちのこと甘く見て、その隙を突かれて瑞穂に危害が及んだら意味ないですから」
「まぁそうね……その黛って教師が言ってた内容ので、ショウタロくんなりに気になったことってない?」
「気になったこと、ですか……」
俺は黛との会話を思い出す。
あいつの言葉を思い出すたびに今でも虫唾が走る思いがする。
「そういえば、『新しい子を見つけてたんだよ。』って黛は言ってました。おそらく、今まさに被害に遭っている子がいるということですよね。その子が瑞穂と同じような目に遭っていることは、瑞穂の過去の話から可能性は高いと思います」
「その子が被害を訴えれば、黛を追い込むことができるわけね……で、その子って誰か分かっているの?」
「いや……それは分からないです……」
「ふむ。黛は未婚だから、車とかに女性を乗せてそこをパパラッチしても彼女だと言い張ったら難しくなるわね。それが成人女性だったらなおさらだし……」
黛は周到な人間なんだろうから、瑞穂の時のように上手く口車に乗せて騙したり弱みに付け込んで、周りに悟られないようにして立ち振る舞っているのだろう。
「あ……今思い出したんですけど、黛は、新しい子のことを『キミよりも若くて新鮮な子』って言っていたんです。だから、高校1年かそれ以下か……」
「げ……マジゲスじゃん……でもだいぶ絞れてきたね。後でその教師の顔と車の写真送って。ナンバーもだよ」
「分かりました。なんとか撮ってきます。もちろんバレないように」
顔が割れている俺は黛を尾行できない。
ここは顔が割れていないユキノ先輩にお願いするしかないだろう。先輩は機動力もあるからな。
*
翌日の放課後、永瀬さんと峰岸さんを呼び出してこっそりと作戦会議を開く。
一応、名目は保健委員の仕事ということにはなっているのだが……
少し声のトーンが高いのか、たまたま居合わせた名も知らない教師に睨まれてしまった。
「というわけなんだ。2人は何か心当たりないかな?」
「ウチたちよりも若いってことだよね……本当にキモいな」
「残念ながら思い浮かばないよ。範囲も広すぎるし……一応、最近彼氏ができたとか、そんな子がいたらチェックはしてみるけど」
「そうだよな。とりあえず写真だけはなんとか確保するか……」
「それならウチが写真撮るよ」
「永瀬さんいいの?」
「だってウチ、いつもカメラ持ち歩いてるし、部活でも使うことあるから、そこまで不自然じゃないんじゃない?」
「美羽、バレたら何をされるか分からないよ?」
「うーん……確かにヘマしたら黛に警戒されて作戦が成り立たなくなるな……」
「ウチ、そんなヘマしないよ!大丈夫、任せて!」
「ううん!」
教師の咳払いが聞こえて俺たちは肩をすくめた。
あの教師から俺たち3人が何か話し合っていたなんて黛に知らされたら一大事だ。
「と、とにかく、写真は3枚以上。できれば正面と左右からのショットが欲しい」
「美羽、やっぱり私も手伝うよ」
「もう、しょうがないなぁ。でもカメラは渡さないよ?」
「分かったから」
「ありがとう2人とも。くれぐれも気を付けて……」
永瀬さんは使命を帯びたどこぞの物語に出てくる勇者のように息巻いて帰って行った。
ヤバい……すごく不安になってきた……
*
ああは言ったけど、さて、どうやって正面からの写真を撮るかな……
瑞穂ンの病室であんなことがあって、今さら「一緒に写真撮りましょー」なんて言えないし。
「本当に大丈夫なの?美羽……」
うぅ、やっぱり信用されてない……
何としても果たさないと。瑞穂ンのためにも。
昼休み。
黛は昼ご飯は食堂で食べるのが日課みたいなものだから、ユーリと一緒に食堂で待ち伏せることにした。
人が多いな……シャッターチャンスを狙うけど、なかなか正面からのは難しい。
黛は2年4組の担任でもあるから、4組の女子や女バスの生徒たちに囲まれていて、上手く撮ることができない。
そもそも食堂でご飯も食べずにカメラを構えているのが間違っていたのかも。
「ヤバッ」
一瞬、黛と目が合った気がする。
これ以上は危険だと思う。警戒されちゃう。
「あ……」
「ね、美羽……黛、こっち見てない?ていうか、こっち来るよ」
ユーリが顔をこちらに向けないで小声で言った。
確かに、もう食べ終わったのか、トレーを持って女子たちを引き連れながらこっちに向かって来る。
女子たちに囲まれて困り顔で話しているけど、それが逆に不気味だ。
どうしよう……
カメラはすぐにしまったからバレてはいないはず。
でもここで立ち上がって逃げたりしたら変に怪しまれるよね……
チラリとユーリの顔を見てみる。
ユーリは素知らぬ顔で頬杖をつきながらケータイを弄っている。
……演技だよね……うまいな……
黛の方に視線は向けられないけど、黛の取り巻きの女子たちの声が少しずつ大きくなってきているから黛が近づいて来るのが分かる。
ドクッドクッドクッ――
心臓の音がが隣にいるユーリに聞こえているくらい大きく鼓動している。
「ねぇーせんせーたまには奢ってよぉ。私焼肉がいい!」
「私はお寿司がいいな〜回ってるのでもいいよ」
「いやぁ僕みたいな安月給じゃ無理だよ。でも、
「ええーマジでー!私お利口にしとくー。てか、いつもお利口っしょ?」
「センセ、忘れないでよねー」
……明らかにウチらに向けて言った言葉だ……
「美羽……顔、上げて」
小声でそう言うユーリ。
そうだよね……負けない。こんなことで!
無意識に制服のポケットの中のデジカメを握る手に力が込められていた。
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