第70話 前世界線 2014年春

「そういえばさ、瑞穂ってあんまり高校の時のこと話さないよな」


薄暗い部屋の中、私たちはベッドの上で他愛のない話をしていて、そんなことを翔ちゃんに聞かれた。


「高校生時代は良くない思い出もたくさんあるからね。ある意味暗黒時代」


「暗黒時代ね……俺もそうだったかも。でも俺の場合は雅也やユズたちのお陰で半分くらいで済んだけど」


「私も。美羽と優里がいなかったら結構ヤバかった」


「…………ならさ、なんで新歓コンパの時、俺に声掛けたの?俺が瑞穂の立場だったら、仲が良くない限り高校に繋がるような人物にあんなふうに積極的に話し掛けたりしないけどな」


確かにそうだ。美羽とユーリとの思い出は別として、私は高校時代のことを思い出すのは今でもちょっとつらい…


「そうだね……あの時、単純に翔ちゃんに興味があったからってことでもあるんだけど……克服したかったのかも高校時代を」


翔ちゃんに話しかけることで、どう克服になるか分からなかったけど、意地みたいなものでもあった。もう私は高校の時のこと全然平気って自分自身に思わせたかった。


「ま、どうせ当時付き合っていた彼氏に手酷くフラれたとかそんな類いだろ」


「高校の時は彼氏と呼べる人、いなかったよ」


「え?そうなん?……ほーん、そうなんだ……」


「なーに〜嬉しいの?それとも嫉妬?〜翔ちゃんにしては珍しいね」


「べ、別にそんなんじゃないんだからねッ」


「キモ……もう寝る。おやすみー」


あれから何年経ってると思っているんだ。あれは過去。悪い夢。私は今、幸せなんだ。






 

「瑞穂ンの結婚を祝してーかんぱー」


「どうもどうも」


「ね、ね、本当に全部瑞穂ンの奢りでいいんだよね?!」


「ん、いいよ。その代わりちゃんと結婚式の時の受付ちゃんとやってね」


「やるやる!そんでイケメンゲットする!」


「美羽、彼氏はどうしたのよ?」


「……別れた」


「またぁ?!続かないねぇ」


「うるさいな!ユーリはどうなんだよッ」


「私は男いらない」


「今は、でしょ?!はぁ〜どっかに転がってないかなー安定収入があってー貯金もいっぱいあってーイケメンでー背が高くてー優しくてー気遣いできてー神様お願いしますぅ」


「煩悩の塊だな……それにしてもさぁ、瑞穂が結婚か……私たちを差し置いて一番乗りで。しかも佐伯とだよ。人生何があるか分からないね」


「本当。私も高校生の時ほとんど話さなかった男子と結婚するとは思わなかったw」


「ウチは運命なんて信じないね!幸せは自分でモノにするもんでしょ?!ね、瑞穂!」


「さっき神頼みしてなかったっけ?私はたまたまだよ。運が良かったの。あとはちょっとの勇気があれば意外と状況は変わったりするよ」


「かー!もう上からかよ!飲も飲も。スミマセーン!ハイボール1つね〜」


「あんまり飲みすぎないでよ?私あんたの面倒なんて絶対見ないからね」


「ユーリには頼りませんー。だからお願いね瑞穂ン。あとイケメン紹介してね」


「嫌だよ」


「結婚すると友達に冷たくなるって本当なのね……あ、そだ。イケメンって言えばさ、黛先生なんだけど」


「美羽前にもその先生の話してなかった?好きだよねぇ」


雲行きが怪しい話題になってきた。最近のこの手の話題に触れることが多いような気がする。幸せになると普段は小さくて何とも思っていない不安も大きく感じてしまうのかもしれない。


「でね、隣町のコンビニで働いてるの見た子がいてさ」


「へぇ〜頑張ってるんだ先生も。あ、元先生か」


「たまたまだったんだけどウチも行ったのね、そのコンビニ。それでそれっぽい人見てみたんだけど、なんか老けてた。名札見たら"マユズミ"って書いてあったから間違いないと思う。少し面影あったもん」


そのあとも美羽はあの同級生がどうなったとか、あの先生が教え子と結婚したとか、話題に事欠かなかった。美羽にしてみれば話題の一つだったんだろうけど、私はそのあとの話はほとんど頭に入って来なかった。

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