第68話 ビデオレター

数日後


俺はいつものように瑞穂の病室を訪れていた。


「瑞穂ー来たぞー」


いつもと変わらぬ表情で出迎える瑞穂。

心なしか、今日はスッキリした表情のような気がする。


「昨日、髪の毛洗ったのよ」


ちょうど担当の看護師さんがいて、そう教えてくれた。

俺がじーっと瑞穂の顔を見ていたからだろう。


「瑞穂、今日はゲストを連れてきた。おい、入れよ」


そう俺が言うと、緊張した面持ちで、あかねが入って来た。それに寄り添うように亘も一緒に。


「お、お邪魔します……」


「お前ら、こっちにきて瑞穂に挨拶してくれよ」


おずおずと2人は瑞穂の顔が見れる場所まで来た。

やはりというか、今の瑞穂を見て亘もあかねもショックを受けたようだった。

今の瑞穂は、ふっくらとした健康的な輪郭は削がれ、頬骨が少し浮き出てきているし、腕も一回りほど細くなってなっているからだ。


「あかね」


「あ、み、瑞穂さん、こんにちは……あ、あの、えと」


亘に促されたけど話そうとしたこと、飛んだか。

別にいいんだけどな。来てくれただけで俺は十分なんだ。


「瑞穂さん、久しぶりだね。この前はあかねが酷いこと言ってごめんね、目が覚めたら一緒に遊びに行こう。4人でね」


「そ、それ私が言わないと意味ないヤツじゃん!瑞穂さん、今の忘れて。本当に悪いのは私!だから!だから……」


その後、あかねの言葉が続かなくなってしまった。

早く起きてほしい。

そう続けたかったんだろう。

あかねの肩が小刻みに揺れているのを亘が気付いた。そしてそっとその肩に手を添えるのだった。







「落ち着いたか?」


俺たちは談話室に移動して来た。あれ以上あかねを瑞穂の近くに置いておくのは難しいと判断したからだ。

談話室の自販機でジュースを買って、ポイと亘とあかねに渡す。


「ありがと……」


2人とも言葉を無くしてしまったように黙り込んでしまっている。気持ちは分からなくない。


「正直……」


亘が沈黙を破る


「あれほどとは思わなかったよ……」


「まぁ、そうだろうな。誰だって驚くだろうな」


「翔太郎はさ、その……不安じゃないの?瑞穂さん、いつまで寝ているんだろうとか」


ああ、そうか。

俺が依知佳のことを忘れてしまったこと、お義母さんのお陰で思い出したこと、まだ話してなかった。


「ゼンゼン不安なんてないね。だって瑞穂は起きるから」


「翔太郎……こんなこと言うと怒るかもしれないけど、強がっていないか?信じたい気持ちは分かるけど……」


亘たちからはそんなふうに見えるのか。

それは悪いことをしたな。


「いや、違うよ。確かに瑞穂がこんなふうになるなんて、前回の世界線ではなかったけど、依知佳のこと、思い出したんだ。俺の記憶が戻ってきたってことは、依知佳が生まれるってことだろ?」


「そうなの?」


あかねが不安気に聞く。


「瑞穂が目覚めることを、何より俺が信じてやんなきゃ。そうだろ?」


亘もあかねもポカンとした顔になってしまった。

そして亘は、はぁ〜とため息をついて


「分かったよ。そうだよな。翔太郎がそう言っているんだ。それじゃ僕たちはそんな翔太郎を信じる」


と言ってあかねに笑顔を向けた。

あかねも仕方なし、といった様子で笑顔になってくれた。







朝、教室に入ると少し浮ついた空気を感じた。

何やら教室の片隅で10人くらいが固まってザワザワと何かをしている。


俺は気にせず席に着いたんだが、その人集りの中にいたのか、永瀬さんがひょっと顔を出して


「あ、来た来た。翔太郎くんおはよー」


「おはよう永瀬さん」


あえて何をしているかは聞かない。

多分、俺にとっては面倒なことだろうから。


「みんなでね、瑞穂ンにビデオレターを作って見せようと思ってさぁ。ウチのカメラ、ビデオも撮れるんだよ」


やはり面倒ごとだった……

そういえば、修学旅行の時も写真撮っていたし、普段から何かと自撮りとかで写真を撮っていたな。


「そうなんだ」


「そうなんだ、じゃないよ!翔太郎くんもメッセージ残してよ!」


「ええ……俺いつも会ってるし話してるし」


「だからこそでしょ!面と向かって言えないこととかビデオに残すの。あるでしょ?いつもは言えないようなこと」


瑞穂の意識がないってこと、もう忘れてるのかこの子は……

いや、本当は俺自身照れくさいだけなのかもしれない。

まぁ適当に話を合わせておいた方がいいかも。


「分かったから。俺は一番最後でいいよ」


「うーん……そうだね。締めは翔太郎くんでいきますか」


永瀬さんは映画監督のように場を取り仕切ってクラスメイトたちにカメラの位置や撮り方などを指示していた。


これでいいんだ……


クラスのみんながたわいのないことを話して笑っていて。

俺が望んでいたんだ。通常の生活を。

 

その輪の中に瑞穂がいないことに少し寂しさを感じたが、今の俺には悲観的な考えはない。だって俺は依知佳を忘れていないから。

何日、何ヶ月、ヘタしたら何年かかるか分からないけど、瑞穂が目を覚ますことは間違いないんだ。







少しだけ部活に顔を出して、俺はいつものように病院に向かう。

ユズや雅也からは心配気な目で見られたけど、大丈夫だと言って半ば強引に帰って来てしまった。


暦は1月も末。

寒さが堪えるなぁ。


受付を済ませて、瑞穂の病室に向かおうとした時だった。


「あ、いた!翔太郎くん!」


聞き覚えがある声……


「や、やぁ永瀬さん、よく来たね……峰岸さんも」


背後から声をかけてきたのは、永瀬さんと峰岸さんの仲良しコンビ……


「今、露骨に嫌な顔したでしょ」


「いいや。してない」


ここで焦ってどもったりすると余計に煽られる。

俺は至極冷静に無表情で答えた。


「ふーん、まぁいいや。朝ウチ言ったよね?ビデオレター撮るって。何で逃げんのよ!」


「逃げてないよ。部活だったし。忘れてたんだ」


「もういいじゃん美羽。ここで撮れば」


おい峰岸嬢。ここは病院で往来の廊下だぞ。

さすがにマズイだろ。


「うーん、ここはちょっと背景がなぁ……」


気にすんのそこかよ……

ああ、面倒だなぁ。


「うん、あそこの談話室で撮ろうよ。よしカメラの準備オッケー!って……あ!!」


チンタラしてたから俺はスタスタと瑞穂の病室に向かった。


「翔太郎くんまた逃げた!」


「病院では静かにね」


そして看護師さんに怒られる。


「す、すいませーん…………あッちょっと翔太郎くん、ちゃんと撮らせてよッ」


まったく……学校じゃないんだから。

そうやってわちゃわちゃしながら病室前にやって来た。


良かった。

なんだかこの前病院に来た時は元気なさそうで、中途半端な感じで帰っちゃったから。今日の永瀬さんは病院でもいつもと変わらない感じだ。

そんなこと思いながら病室の中に入ろうとしたのだが……


「………………」


あれ……?

誰か来てるのかな


病室の中から誰かの声が聞こえる。


「どうしたの翔太郎くん」


「先に誰か来てるみたい」


心なしか小声になってしまう俺たち


「本当だね。いいんじゃない?中に入っちゃって」

 

「やめなよ。知らない人かもしれないじゃん。邪魔しちゃ悪いよ」


大人な永瀬さんの対応で永瀬さんを御した。


にしても気になるな。

耳をすましたら、声の主は男性だということが分かった。

カーテンが閉められているから誰か見えないし、余計気になる。


俺は無意識に身体半分、病室に入れて聞き耳を立てていた。


「…………さか、こんなことになるなんて」


瑞穂の父親?

いや、それにしては声が若いように聞こえるから、お義兄さんかな?

でも、お義父さんも、お義兄さんもこんな声質じゃない。


「僕も鬼じゃないんだ。君がこんなふうになってまで、つなぎ止めておこうだなんて思わないよ」


なんだ?

一体何の話をしている?


俺は永瀬さんと峰岸さんの顔を見たが、2人とも黙って首を傾げた。


「でも、まぁ……僕にとっては僥倖と言えるのかなぁ。フフフ。君が、『好きな人がいる』って言った時、実はホッとしていた自分もいてね」


これ……もしかして……

いや、でも……そうしか考えられない


「あの時すでにさ、新しい子を見つけてたんだよ。キミよりも若くて新鮮な子さ。僕も最近じゃ忙しくて2人以上同時に相手なんてできないんだ。君とお別れできてよかった。君もそう思うだろう?」


こいつ、やっぱり!!


「おもちゃは一つで十分……」


シャァ!!


俺は自分で気付かぬうちに

思い切りカーテンを開けていた。


「嘘だろ……」


そこに立っていたのは見覚えのある人だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る