第26話 誰かの想い
今俺たちが来ているこの水族館は、数年前に設立された新しい施設だ。沖縄の中でも話題の観光スポットになっていて、平日だというのになかなかの混みようだった。
この水族館の目玉はなんといっても巨大な水槽に悠々と泳ぐ大型の魚だ。今はまだない言葉だが、いわゆる
「ねぇ、ジンベエをバックに写真撮ろうよ〜」
班行動は明日からなのだが、なんとなく俺たち6人は一緒に水族館を回っていた。
女子3人がカメラで自撮りを試みている。
「あれ、枠から外れちゃったよ〜」
スマホなら画角を見ながら撮れるのにな。
「俺が撮ってあげるよ」
「ほんと?じゃ佐伯っちお願い」
そう言われて永瀬さんからデジカメを渡された。
懐かしいな。昔はこんな小さなデジカメ俺も持ってた。スマホのカメラ機能が向上してからは需要はなくなっていったけど。
「へへッいいでしょ、そのデジカメ。最新の機種なんだよ〜めっちゃキレイに写るんだから」
こんなおもちゃみたいな筐体が最新式か。性能だって俺が持っていたスマホにも及ばないのだろう。
俺は良きタイミングでシャッターを押す。彼女たちが納得のいく写真が撮れるまで何度も撮らされた。
すると水槽の前でこちらを物欲しそうに見ている柚子瑠に気付いた。
もしかして一緒に写りたいのか……?
「なぁ、せっかくだし同じ班の6人で写真撮らないか?」
一応、みんなに確認。
「いいね。撮ろうよ」
「撮ろう撮ろう♪」
こいつら女子3人組の意思決定機関はなんだかんだ言っても峰岸さんだ。彼女がOKなら大丈夫だ。
「魚住と三島も来いよ」
柚子瑠はともかく、雅也も少し照れているのかな。珍しいこともあるもんだ。俺は他生徒にデジカメを渡して6人で写真を撮ってもらった。
「うん、いいね!現像したらみんなに写真渡すからね!」
そうか。この時代、あまりデータのやり取りはなかったか。スマホならばその場でみんなとシェアできるのに。本当、技術の進歩ってすごいと思う。それを享受してしまったら元に戻ることが難しいんだから厄介なもんだ。
シミジミ思っていたら背中から悪寒がした。他の男子たちが恨めしそうに俺たち男3人を見ている。
「おァァァい、佐伯ィ。なにエンジョイしてんだよ。俺も永瀬さんたちと写真撮りたいだがよぉ。いいよなぁ別にさァァァ」
橋爪の口から黒いオーラが漏れ出している。そんなに言うなら自分から写真一緒に撮ってと言えばいいのに。ま、そう簡単には撮らせないけどな。
「いいけど金取るよ?」
「ンでだよ!!おめぇはマネージャーか?!」
「それいいね〜修学旅行中にウチらと写真撮りたかったら佐伯っちに千円払ってね⭐︎」
修学旅行、南の島、非現実的シチュエーション。何が起こるか分からない。タガが外れて普段できないようなことをしてしまうのがコイツら
「一枚につき千円!どうだ?橋爪よ」
「フザっけんな!なんでお前らがよくて俺らは有料なんだよ!」
「同じ班のアドバンテージというやつだ。俺らの人徳の勝利だ。お前も日頃の行いを見直すんだな。ナハハハ!」
橋爪はキーッと漫画みたいな擬音を発してのたまわった。本当いいリアクションするよこの子は。
「ねぇ、優里、あれいいの?」
「ふふ。いいんじゃない?みんな楽しそうだし」
瑞穂は心配しているみたいだけど、峰岸さんも楽しそうにしてる。問題ないだろう。
それにしても、さっきの柚子瑠の仕草と表情、俺、何か見落としているような気がする……
俺はこの修学旅行にも[俺ノート]を持って来ている。状況は刻々と変化している。まぁそれは俺が前回と違った言動をとっているからってことなんだけど。
ノートを見返して、分かる範囲でのクラスメイトの名前と相関図を見直す。前回の世界線では三島柚子瑠はかなりモテてはいたが誰かに好意を向けていたり、ましてや付き合ったりなどしていないはずだ、俺が知らなかっただけか?いや、俺たちは2年の二学期から卒業するまでずっと連んでいた。俺たち3人は彼女はいなかった。いなかったはずだが……
ホテルに戻り入浴と夕食を済ますと自由時間なのだが、修学旅行が終了してから一週間以内にレポートを出さなければならない。俺は三人部屋のテーブルで、記憶が鮮明なうちにせっせとレポートを作成していた。
「佐伯くんて意外に真面目なんだね。レポートなんか帰ってからやればいいのに」
柚子瑠がベッドの上で枕を抱えながら言う。そうだった。こいつは油断すると本当に女子にしか見えない時があるんだった。
「忘れっぽいだよ俺。前に言っただろ?俺、春休み中に頭打って入院してんだよ。今だってまだ部分的に記憶が曖昧なんだ」
「た、大変だったんだね………こんなこと言うのも失礼かもしれないけど、入院する前に仲良くなってたら僕のこと忘れちゃってたかもしれないからラッキーだったのかな」
「誰かを忘れたしまったってことはないよ。ただここ数年の出来事の一部が抜け落ちてるだけ」
あらかじめ決めていた設定を話す。こういうことは、整合性を保つのに真実も織り交ぜたほうが自分も忘れないし説得力もついてくる。
「僕さ、佐伯くんと同じ班で本当に良かったよ。声を掛けてくれてありがとね」
な、なんだ……なんだこのかわいい生き物は……なんの説明もなかったら女の子にしか見えないし、その顔は反則級では?確かに一部の女子に人気があるのも頷ける。
「お、俺が無理言って班に入れてもらったんだ。俺の方こそありがとな」
「い、いや!佐伯くんがいたから、峰岸さんたちと同じ班になれたんだし……!」
…………ん?峰岸さんたち?
峰岸さん……
え?!ウソだろ、そういうこと?!
ちょっと待て、[俺ノート]にはそんなこと書いてないぞ!やはり俺が知らなかっただけだけなのか?!
俺はチラリと雅也の方を見る。雅也はベッドの布団に入って我関せずとケータイを見ている。聞こえてないはずないしおそらく雅也は柚子瑠が峰岸さんに想いを寄せていることを知っている。知っているからこその無反応だ。
柚子瑠は峰岸さんが好きなんだよな?そうだよな?峰岸さんたちって言ってたし……
俺はそれを柚子瑠に聞くのが怖かった。頭の片隅にはあったんだ。高校時代、誰かが瑞穂に想いを寄せているなんてこと、ザラにあるってこと。誰かがその想いを成就させてしまうのではないかという恐怖。無意味だと分かっていても焦燥感に駆られてしまう。
俺は悶々とした気持ちのまま、布団に潜り込んだ。
そしてその夜、俺は夢を見た。
正確には前回の世界線の時の記憶だ。忘れていた高校2年のあの日の本当に何気ない出来事。雅也と柚子瑠と話すようになって蘇ってきたのかもしれない。
その日、俺は泣いている瑞穂を見ていた。
あの日の空は雲ひとつなく果てしなく澄んだ空だった――
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