イロゴノミダンジョンがある日本の魔法少女

日夜 棲家

Secret:1

第1話 ダンジョンやら、怪人やら

 ダンジョン――



 それは、ゲームなどにある迷路に似た構造を持つ特殊な空間である。

 ファンタジーを題材とした小説にもよく登場し、その中では資源が取れたり、お宝が眠っていたりする。

 しかし、そのようないいことばかりではなく、モンスターと呼ばれる人に危害を加える存在が生み出される場所でもある。


 そのダンジョンがここ、日本に突如として出現したのは約8年前のことだった。

 人々は最初困惑したが、調査をすることにした。

 すると、中には食べられるものやエネルギーとなる資源が大量にあった。

 政府は「この国が抱えている食料やエネルギーの問題を解決できるうえ、この国の新たな財源ともなるだろう」とダンジョンのことを捉え始めた。

 ダンジョンは政府によって管理されることになる。

 探索者という資格を設け、その人たちにダンジョンの調査や資源の調達を依頼する仕組みをつくった。


 このダンジョンだが、危険な部分はさほどないとされた。

 「小説やゲームなどでは登場するモンスターの存在が確認できない」とされていたからである。

 命の危険があるのは地形によるもののみ。

 それによって怪我をしたり命を落とす場合があることに納得し自己の責任でダンジョンに潜ることを了承した者なら誰でも探索者になることはできた。

 ただし、探索者になれたとしてもその全員がダンジョンに入れるというわけではなかったが……。


 ダンジョンには入れる人とそうでない人が存在したのだ。

 政府は「どういった人が入れるのか、はしっかり調査する」としているが、その答えは未だに解き明かせていない。

 ただ、「女性の入れる確率が高い」というネットの書き込みからこのダンジョンはその界隈ではこう呼ばれるようになっていた。



――イロゴノミ色好みダンジョン――と。



……………………



 現在。

 

 鼠色の雲が空を覆い尽くす、そんな大都会で。

 制服をだらっと着た一人の少女がヘッドホンをしながら歩いていた。

 彼女の名前は来栖朱子クルス・シュシ

 都立の高校に通う二年生だ。



 来栖朱子。

 無造作に膝裏まで伸びきっている髪は今日の空と同じような色をしている。

 眉毛は整っていて睫毛は長い。

 ただ、目は眠そうに半開きになっていて、瞳は濁った色をしている。

 鼻梁はすーっと顔の中心を通っていて、唇はふっくらとしていてみずみずしい。

 だが、血色は悪かった。

 身長は160代後半で、胸とお尻は異性の視線を引き付けるほどに魅力的。

 加えてウエストはくびれていて、多くの男性が好みそうなプロポーションをしていた。

 美しく、スタイルもいい。

 しかし、病的なまでに肌が白かった。


 性格の面で言えば、来栖朱子は残念な子であった。

 見た目はいいのに格好を気にしなさすぎなのである。

 ブラウスのボタンは段違いで留めるし、だぼだぼのパーカーは髪の上から羽織っている。

 スカートには皺が寄っているし、靴下は右と左でまったく違うものを履いていた。

 学校指定のスクールバッグには全ての教科書類が無造作に詰め込まれている。



 今は十六時過ぎ。

 放課後だ。

 本日の授業は終了している。

 朱子は部活に所属していないため帰路についていたわけだが、


(……つらい。家がオレのいるとこまで来てくれないかな……)


 ……そんなことを思っていた。


 朱子はヘッドホンについているある機能をオンにしている。

 それはノイズキャンセリング。

 周囲から聞こえてくる喧騒が煩わしい、と彼女は思っていた。

 それらの音を遮断するために彼女は高性能なヘッドホンを愛用している。

 音のない世界に隔離されて朱子は歩いていた。


 朱子はふと立ち止まってスマホを取り出して操作した。

 最新の資産家ランキングを見る。

 トップ10を日本人が占めている。

 これは日本にダンジョンができたことによるものだった。

 他の国にダンジョンはない。

 それだけダンジョンが金になることを意味していた。

 朱子は無表情のままスマホから顔を上げた。



 朱子の視界の端にコンビニの駐車場が入ってくる。

 家と学校の間にあるコンビニだ。

 朱子は、そういえば……、と空を見上げる。

 今にも降り出しそうだ。

 濡れるのは嫌なため傘を買っておこうか、と考えた。

 しかし、ガラの悪い男たちが入口を占拠していた。

 しかも、店に入ろうとしたであろう一人の少女に絡んでいるという迷惑行為までしていたのである。

 それを目の当たりにした朱子は、


(……)


 助けに行く、ということはしなかった。

 視線を外し、家に向かって再び歩き出す。

 朱子は他人に関心を持てない少女だった。


 コンビニの前を朱子が通り過ぎようとしたその時、



「やめてください! 彼女、嫌がってるじゃないですかっ!」



「っ」


 ノイズを遮るヘッドホンをしていてもわかるほどの大きな声が響いてきた。

 朱子からしてみればなんの前触れもなく聞かされることになった大きな音。

 たまらず眉間にしわを寄せてその声が発せられたコンビニの入口の方に顔を向ける。


 そこには少女が一人増えていた。

 活発そうな少女だった。

 ショートヘアに、少々つり気味の大きな目。

 小ぶりの鼻と薄めの唇。

 丸い耳と丸みのある輪郭。

 左の頬には大きめの絆創膏が貼られている。

 背は低く、胸は大きい。

 一部の人に大変受けそうな美少女。


 朱子は見て、彼女が同じ学校に通う一年であることがわかった。

 会ったことはない。

 彼女が着ている制服が朱子の通っている学校指定のもので、その色が一年生の生徒が着るものだったのだ。


(……?)


 その後輩の女の子を見た瞬間、朱子の中に不思議な感覚が芽生える。

 何故だか目が離せなくなっていた。


 それが奇妙で、助けに入った少女のことを見ていると、彼女は男たちに左右から取り押さえられる。

 その少女は予期していなかったのか、涙目になって慌てていた。


 この日本にはダンジョンが存在している。

 そこに入ることができたなら特殊なものを授けられると言われていた。

 そのダンジョンにまつわるあまりよくない噂もあるのだが、それは今はさておき。

 自らガラの悪い連中に関わりに行くくらいなのだから助けに行った少女は何かしらの力を持っているのではないか? と朱子は考えていた……のだが。

 蓋を開けてみればそんなことはなかった。

 彼女には何もなく、被害者が増えただけだった。


(……っ!)


 朱子の身体が、助けに入った少女の元に向かおうとする。

 朱子は駆け出して少女の元に辿り着く前に、気づいて立ち止まる。

 どうして見ず知らずの子を助けようとしたのか、それが朱子にはわからなくて。


 朱子が、自分の行動が理解できなくて戸惑って自分の身体を見ていると、



「ひぎゃああああああああっ!?」



「うるさっ」


 再びノイズキャンセリングを破って朱子の耳に声が届けられた。

 今度は男の悲鳴だった。

 発せられたのはまたもやコンビニの入口の方。

 三度みたびその方に視線を向けると……。

 朱子は目にした



――最初に絡まれていた方の少女がバケモノに変わっていく瞬間を。



 怪人。

 あれはそう呼ばれるものだった。


 この日本にダンジョンが出現して少し経ってから、この国には怪人という存在が現れるようになっていた。

 「怪人は極度の感情の変化によって人がなるもの」という見解があり、「怪人の出現はダンジョンがこの世界に現れた所為だ」と言われている。

 人からなり、人を襲うバケモノ――それが怪人。


 最初に絡まれていた少女は、人と大きなカマキリが融合したような姿(八尺)に変わり果てた。

 絡んでいた男たちのうちの一人をその鎌みたいな腕で捕らえて頭から食らう。

 そんな惨状を目撃して、他の男たちは一目散に逃げだした。

 助けに入った少女を残して。

 その少女は腰を抜かしてしまい、地面に座り込んでいた。


(……まずい! ……まずい? なんで……?)


 彼女を助けなければ! という感覚になったことに戸惑う朱子。

 自分の感情さえもわからなくなって立ち尽くしていた。

 すると、


「え――っ」


 いつの間にか目の前にはカマキリの怪人が。

 そいつは朱子に狙いを定めていた。

 彼女よりも怪人に近い場所で尻もちをついていた少女のことは無視して。

 怪人は朱子の目の前で振り上げた。

 その鎌を。


「……マジか」


 朱子はあの鎌が自分の身体に突き刺さることを覚悟した。

 こんなことになるなんてついてないな……、と諦めていた。

 だが。

 今まさに襲われようとしている朱子を突き飛ばした人物がいた。

 それをやったのは、



――怪人になってしまった少女を助けようとしていた少女。



 先ほどまで腰を抜かして動けそうになかったのに、鎌が振り下ろされる前に朱子の元に駆けつけて彼女を突き飛ばしてカマキリの怪人の攻撃から庇ったのだ。


「っ!? なんで――っ」


 朱子は守られた。

 少女に。

 どうしてそんなことをしたのか、と朱子は問おうとした。

 しかし。

 それは妨げられる。



――大きな鎌が少女の背中から胸を貫いているのを見て。

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