4-14:現状


 私たちはエルさんのいるシーナ商会に厄介になることとなった。



 私たちは与えられた客室で休息をとりながらいくつかマリーに聞いてみる。


「マリー、シーナ商会ってイザンカ王国にもあったの?」


「はい、あの商会は独特なルートで品物を調達しているので有名な商会でした。そのルートも何も今まで不明で世界各国の素材が手に入るということで、他の商会追随を許さないものでした。ただ、戦争に加担することだけは絶対にせず国や貴族の圧力にも屈せず、むしろ王族や貴族の方が彼らの存在を恐れている節がありました。一説には女神様に通ずるものがあり、その代表的なものが『女神の伴侶シェル』の存在でした。噂では彼女はこのシーナ商会のオーナだと言われています」


 マリーはそう言って軽くため息を吐く。



「ブルーゲイルやレッドゲイルにも支店がありましたが、まさかこのようになっているとは……」



 ブルーゲイルとレッドゲイルはイザンカ王国の首都と第二都市。

 イザンカ王家に何かあっても双方王家につながる血を濃く残しているのでその血筋を絶やさないための処置だったらしいけど、ついぞ百年前くらいまで二つの都市で内戦するようなこともしばしあった。

 

 それを先代の国王からいろいろと対処をはじめ、今では双方の都市は友好的で祖国のために協力をしているとのことだ。



「でも、そのシーナ商会ってのが『女神の伴侶』って言われているエルさんのお母さんがオーナかもしれないって、結局女神様の息がかかっているってことだよね?」


「そう、なりますね。どうりで王族も貴族も手出しができないわけです。そして一番儲かる戦争に一切加担しないという理念も理解できます」


 私の確認にマリーも納得したかのように頷いている。

 

 しかし、そんなシーナ商会でもパニックになりそうなこの状況って一体全体何が起こっているのやら……



「今はエル殿のご厚意でシーナ商会で情報を集めるしかありませんが、アルム様エル殿にはご注意を」


「え? どう言う事??」


 マリーは最後に小さく小声で私にだけ聞こえるように言う。

 シーナ商会と言うものがどんなものかは理解できた。

 しかしエルさんに注意しろって言うのはどういう事?



「『女神の伴侶』であるシェルから生まれたハーフエルフ。それはつまりタルメシアナ様同様かもしれないのです」


「タルメシアナ? 誰それ??」


 うーん、その名前をを聞いた瞬間心がざわついたけど思い出せない。

 私が首をかしげているとマリーは苦笑を浮かべ言う。



「タルメシアナ様は『女神殺しの竜』、黒龍様と女神様の間に生まれたお方です。多分今は黒龍様不在のジマの国に留守番をしているはずです。そして彼女の娘とアルム様の兄上がご結婚されているんですよ」


「え? それってつまり女神の血に繋がる者がイザンカ王国にいるってこと!?」



 どうもいまだに自分のことが全く思い出せない。

 ある程度のことは知識としては分かっている部分もあるけど、知らないことの方が圧倒的に多い。


 私がそう言うとマリーは悲しそうな顔をして言う。



「アルム様、アルム様と過ごしたイザンカ王国での日々、私にとってそれはかけがえのない宝物でした。アルム様が記憶をなくしたとしてもこのマリーの忠義は決して変わりません。どうぞ心穏やかに……」



 そう言うマリーの目の端には光るものがあったのだった。



 * * *



「こいつら化け物ニャ!!」



 そう言っていたのはカルミナさんだった。

 暇だから中庭でやっているという鍛錬の様子を見に行ったカルミナさんが文字通り尻尾を巻いて逃げ帰ってきた。


「どうしたのカルミナさん?」


「どうもこうも、暇だからどんな鍛錬やっているか見に行ったらとんでもないことやってるニャ!!」


 そう言ってガクガクブルブルしている。

 カルミナさんって獣人で普通の人族より確実にそのスペックは上のはず。

 そのカルミナさんが恐れる鍛錬っていったい……



「くーっくっくっくっく、ここにいる者たちはみな高位の戦闘スキルや技術、魔術の習得をしているようですね。この私でさえも気を許せば危ないやもしれません」


 ガクガクブルブルするカルミナさんをなだめているとアビスがそう言って窓の外を見る。

 そして彼にしては珍しく嫌そうな顔をしている。


「一体どんな鍛錬をしているんだよ……」


 言いながら私も中庭を見てみると、メイド服を着た人や魔術師の格好の人、カルミナさんのように身動きがしやすい服装の人たちがとんでもない鍛錬をしていた。



「これは……まるでローグの民の鍛錬のような!!」



 一緒に窓の外を見たマリーが絶句する。


 ローグの民?

 えーと知識ではなんか世界最大の迷宮にいる黒龍の従者で、世界最高峰の暗殺者たちをもしのぐ戦闘民族と聞いたような?


 中庭では岩の上で人差し指一本で逆立ちしていたり、巨大な岩を指先一本で持ち上げていたり、大量の水を空中で魔法によってうず巻かせていたりする。

 それらは個人鍛錬なのだろうけど、さらにあちらでは一人のメイドさんに対して数人の人が攻撃や武器の投擲、さらには魔法を使っての攻撃しているのを一糸乱れずさばいていたりと、一つでも当たったら即死のようなモノばかりなのに!!



「す、すごい…… でもなんで女の人ばかり?」


「噂は本当でしたね…… シーナ商会は商売だけでなく裏の世界をも牛耳っていると言われてました。それはその破格な戦闘能力があるからだと言われています。以前聞いたことがあります、戦闘メイド集団の噂を……」



 そう言ってマリーは歯をぎりっとかみしめる。

 って、何その戦闘メイドって!?



「あ、いたいた。みんなベーダが帰ってきたわよ。近隣の情報を持ってね。一緒に聞くでしょ?」


 いきなり声がかけられて来た方を見れば、そこにはエルさんがいた。

 私は思わず窓の外を指さしながらエルさんに聞く。


「あの、あれって……」


「ん? ああ、鍛錬? 今日はアルフェもベーダもデルザも指導に行ってないからだいぶたるんでるわね? あれじゃぁ後でアルフェたちに怒られちゃうわね??」


「いや、あれでたるんでいるって……」


「まぁ、ここじゃあれが普通だから。さて、ベーダを待たせてるから行きましょ♪」





 まるで近所に買い物にでも誘うかのようにエルさんは言うのだった。


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