4-9:ミハイン王国へ向けて



「へぇ~、馬子にも衣裳だっけ? 似合ってるじゃない」




 エルさんは私の姿を見てそう言う。

 まぁ、これから山道を歩くわけだからそういう服装になっているのでそれなりなのだろう。


「ミハイン王国までは山を越えれば一週間くらいだからね、そのあと首都ベイベイまで三日くらい。大体全部で十日くらいでうちのシーナ商会につくわ」


 エルさんはそう言って宿を出ようとしたけど、荷物らしい荷物が見当たらない。



「あの、エルさんの荷物は?」


「ん? 私?? ああ、これよこれ」


 そう言って腰のポーチを指さす。

 大体リンゴが二個くらい入りそうなポーチが腰の後ろに括り付けられている。


「荷物それだけですか?」


 いや、いくら何でも少なくない?

 こっちはマリーが準備した荷物を背負った背負い袋が四つ。

 暇そうなアビスにも一つ持ってもらっている。



「これはエルフの魔法のポーチよ。見た目以上にいろいろ入るやつなの。ママが昔使っていた物らしいんだけど、いらないからってもらったのよね」

 

 そう言ってポーチに手を突っ込んで中からその大きさに合わない弓矢を引っ張り出す。



「異次元ポケット!?」



 思わずネコ型ロボットのポケットを思い出しながらそう言ってしまう私。

 エルさんは出した弓矢を私たちに見せてからまたポーチに突っ込んで、紅茶のポットとカップを取り出して注ぐ。 



「こんな感じでポーチより大きいものが入れられるのよ。それと食べ物なんか入れた時のまま腐らないし、暖かいものなんかずっと温かいままなのよね~」


 ティーカップに入れられた紅茶をくいっと飲み干して、水の精霊を呼び出しティーカップを洗ってからまたそれもポーチにしまう。


 それを見ていたマリーはつぶやくように言う。



「エルフの魔法のポーチですか…… 数少ないエルフの交易物資の一つですね。冒険者の間ではとても重宝されていて、上物だと馬車でさえそのその魔法袋に入れられると聞きます」


「馬車まで!? いや、それどうなってるの??」



 マリーのつぶやきに思わず驚きの声を上げる私。

 そんなすごい魔法のアイテムがあるんだ!!



「くーっくっくっくっくっ、その魔道具の波長はエルフの長老のモノですね? まったく嫌な思い出の波長です」


 アビスが何か言っている。

 私はアビスを見ると悪そうな顔なのに少々憮然としているようにも見えた。


「エルフは古代魔法王国の転移魔法を模倣しようとしたもののうまくいかず、異次元に物資を蓄える術を編み出したのです。おかげで私の呼び出した魔人の軍勢は苦戦をされたものですよ」


「そうなんだ……」


 少し悔しそうなアビス。



「ま、そういう事で私は準備が整っているわよ? 荷物が重いなら、私が代わりにこのポーチに入れてあげてもいいけど?」


 アビスの過去についてはまぁ、いいとして。

 エルさんは腰のポーチを叩いて私にそう言う。

 私はマリーと顔を見合わせるけど、マリーは首を振って丁重に断る。


「嬉しい申し出ですが、山道ではぐれた場合最低限の物資は必要です。そうならないように注意はしますが自分で必要なものは自分で持つのが原則となりますので」


「ま、冒険者なら当たり前だわね。こっちは余裕があるから何かあったら言いなさい。協力はするわ」


 エルさんはそう言ってすたすたと歩き始めるのだった。



 * * *



 ノルウェン王国はウェージム大陸の北西に位置する国で、北に険しい岩山がある。

 そこは希少価値の高い魔晶石の採取ができる場所で、この国の財源と言っても過言ではない。

 ノルウェンの北東にティナの国があって、エルさんはそこからノルウェン王国に入ってきたらしい。



「でもなんでエルさんはティアナの国なんかに?」


「それは……うちにあるゲートを間違えたのよ///////」


 珍しく顔を赤くしてそういうエルさん。

 もしかしてこの人方向音痴なんじゃ……



「でもまぁ、ティアの国の女王とも話ができたからいいんだけどね~。有力な情報をそこで得たから」


「有力な情報?」



 腕組みをしてた片腕を上げて人差し指を立てながら言う。



「ママとお母さんが変な宗教に入って活動をしているってことよ! まぁ、密教に近い宗教らしいけど、いくらその宗教を叩いてもダメだからいっそ内部から改革するって言っていたらしいわ。なんか知り合いを含めてみんなでその宗教に今は入っていて活動をしているらしいけど」


「知り合いも一緒にって…… ヤバい宗教なんでしょ?」


「そうなのよ! だから正義の味方である私としてはそれをやめさせようとしてるってわけよ! ママとお母さんが辞めれば他のみんなも辞めるだろうしね」



 うーん、宗教は私も生前でもひどい目にあったから関わり合いにはなりたくない。

 

 何せ、リサイクルショップでブランド品の品物見てたらやたらとフレンドリーな女性が寄ってきてあれやこれやと中古の品物で話をしてきて、何となく意気投合してしまい一緒に食事とか言って連れられて行ったレストランで、何故か偶然に知り合いが来て同席をいいかと聞かて同意をすると、しばらくして談話が変な方向に向かって行っていつの間にか「%$&を信じますか~?」って話になって小一時間ほどつかまった苦い経験がある。

 その内容があまりにも非科学的かつ、納得がいかないので歴史とその原理について完膚なきまでに叩きのめし、自分の食事代だけおいてその場を離れたもんだ。



 まったく、神なんて非科学的なもの信じるとか狂っている……



 って、この世界には神が実在してしかも数年に一度は面会できるんじゃなかったっけ?

 それなのに宗教が発生している??



「あの、この世界には女神様がいるのになんでそんな変な宗教があるんです?」


「うーん、今の女神の前って『天秤の女神アガシタ様』だったじゃない? 実はその女神様って末妹で、上に十一人の女神様がいたって知ってる?」


 エルさんはやれやれという顔をしてそういう。

 記憶はないけど何故かその話は知っていた。

 今の女神様の前に十二人の女神様がいて、俗称古い女神様って言われていたはず。


「今の女神が古い女神様もまとめてしまった手話は知ってるかしら?」


「え? そうなんですか??」


 エルさんは更に苦笑してそう言う。

 そしてまたまた人差し指を立てながら言う。



「古い女神様はすべての権限を末妹の『天秤の女神アガシタ様』に託す代わりにこの世界を維持するように頼んだのよ。そのアガシタ様が侵略してきた異界の神と戦ってこの世界を守り、力を使い切ったので今の女神に全権を渡し引退したらしいのよね。だから今の女神としては古い女神様からの委託でこの世界を管理するから今までの信仰元を統一するっていういう風にしたのよ。それが千四百年前。流石に私が生まれるずっと前の話だから、この話も聞いた話だけどね。で、それに納得いかないという宗教もあっていまだに独自の活動をしているのよ。その一つが今回ママたちが参加しているヤバい宗教らしいわね」



 なんかこの世界の宗教観も面倒くさそうだ。

 しかし実際に女神様がいるのに宗教が発生するとは。



「なんか複雑で面倒くさそうですね……」


「まぁ、仕方ないわよ。今の女神はこの世界の主役は人だから女神の力は極力影響を与えないようにしたいってスタンスなんだから。だから世界に危機が迫らない限り手を出さないし、変に恩恵も渡さない。でも人々は何かしらにすがりたい気持ちがあるから女神の言葉の代弁者である人たちが女神の教えを広めようとしている。それが今の女神信教ね」



 エルさんはそう言って大きなため息を吐く。

 するとマリーが思い出したかのように言う。



「女神信教ですか……と言っても教えは至極普通なもの、争いのない優しい世界を皆で作ろうというものですよね?」


「基本はね。穏やかで争いのない優しい普通の世界。でもそれってすごく難しいのよ、本当はね。人が人を支配する世界で平等はありえない。そして国どうしだってその意向が違えば摩擦は起こる。それを話し合いで解決しようとしたって、力で解決する場合になってしまうこともある。小競り合いは喧嘩みたいなものだからガス抜きでいいけど、戦争になったらダメ。結局最後に苦労するのは一般の下々の人々だからね……」

 

 エルさんはそう言って少し悲しそうな顔をする。

 

 言ってることはかる。 

 でも人って業の深い生き物だから仕方がない。


「だから私は正義の味方をして弱気人たちを助けるよ! ママたちも力があるんだからこっちのこと手伝ってくれればいいのに!」


 そう言ってエルさんはほほを膨らませる。

 理想は立派だ。

 でもそれは決して成し遂げられない願いでもある。


「それってすごいことですけど難しいですよね……」


「うん、だからとりあえず目に入る困った人たちから助けてるの! だからあなたたちも安心して私についてきてね!」


「にゅー、そっち北に向かってるニャ。そのまま北に進んだらまたティナの国に行く羽目になるニャ」


「そうですね、道はこっちですね」


 カルミナさんと地図を見ているマリーに言われてエルさんはビキッと固まる。

 そして額に汗をためてこっちを見て言う。


「あ、そうね。いやこっちに綺麗なお花があったからちょっと寄り道したのよ!」


 言いながら慌ててこちらに来る。

 すでに山道に入り始め、周りにはお花なんってない。


 この人、本当に大丈夫か?




 私はエルさんに気づかれないように小さくため息を吐いてミハイン王国へ向かう道を歩き始めるのだった。


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