4-5:エル


「君、なんでお母さんと同じような魂の色をしているのよ?」



 ハーフエルフのその少女はそう言って私の前に首をかしげて立っている。

 人で言えば年の頃十五、六歳くらい。

 透明に近い金色の長い髪の毛で、前髪を真ん中分けしている美少女。

 今は薄い金色に輝いているけど、青と緑が混ざったようなその瞳はとても美しかった。


「え、ええとぉ……」


 私がそう言い淀んでいると、マリーが声をかけてきた。



「失礼ですがアルム様に何か御用でしょうか?」


「うん? この子アルムって言うの? この子のおかげでさっきは助かったんだけど、この子何者よ? 魂の色が尋常じゃないわよ??」


 そう言ってハーフエルフの少女はマリーに振り返り、再び首をかしげる。



「メイドさん??」



「私はマリー。アルムエイド様に身も心もささげる妾です」


「妾!?」


 マリーのその一言にハーフエルフの少女は衝撃を受ける。


「この子、まさかこんな成りしてもしかして成人!? はっ! この子って実は草原の民!?」


「いや、僕は人族だよ」


「え”っ!? じゃぁ見た目のまま!? その年で奥さんいるの!? そしてこの人は妾!?    君本当に何者よ!?」



 なんか話がややこしくなってきたな。

 と、ここで気が付いた。

 彼女の瞳が元の青と緑色に戻っていることに。



「ま、まいいわ。とにかくありがとう。とっさだったけど君のおかげでケガしなくてすんだわ」


「いえ、それはまぁ、いいんですけど。僕も自分が何やったかよく分からないし……」


「え? あれって【絶対防壁】でしょ? 魔法も物理攻撃も通さない防御系魔法の最上位の」


 ハーフエルフの少女はそう言うものの、私には何が何やら。

 そもそも私って魔法なんか使えるの?

 あの時は体が勝手に動いただけだから、そんなつもりはなかったのだけど……



「そうですか…… アルム様が貴女の危機を救われたのですか」


「ええ、ありがとう。お礼に一杯おごってあげたいところだけど、君まだ成人には程遠いよね? 流石に子供にお酒を飲ますのはよくないって聞くからなぁ…… じゃぁ、お礼にご飯おごってあげる♪」


「いえ、その、何となく遠慮したいんですが……」


「なにニャ? ご飯おごってくれるニャ!? アルム、ごちそうになるニャ!!」


「あ、あのカルミナさん……」


「よっし、じゃぁ飲み直しと行こうか! 今日は私のおごりよ、じゃんじゃん飲むわよ!!」


「おー、なのニャ!」


「あ、あの……」



 こうして私の意志とは裏腹にこの面倒そうなハーフエルフの少女と食事をする羽目になるのだった。



 * * *



「うっし、カンパーイぃいいぃっ!!」



 ハーフエルフの少女はそう言ってミード酒を一気飲みする。



 くぴくぴくぴ……



「ぷっはぁ~、おいしい! ママの前じゃ簡単に飲ませてもらえなかったもんなぁ~。七十も過ぎて好きに飲めないなんて、うちって厳しすぎると思わない? あ、ミードおかわりね!」


 ハーフエルフの少女(?)はそう言ってウェイトレスのお姉さんにおかわりのミード酒を注文する。 

 っていうかさっきちらっと言ったけど、七十過ぎてってもしかして年齢?



「あのぉ~、失礼ですがもしかして今の七十って……」


「ん? 私の年齢よ。確か今年で七十五…… あれ? 七十六だったっけ??」



 はい、すでにおばあちゃんで少しボケ入ってましたぁッ!!



「ハーフエルフで七十とは…… あなたはエルフで言えばまだ未成年なのではないのですか?」


「人間だったらおばあちゃんでしょ? そもそもエルフだって二百歳くらいまでは今の私と見た目はあまり変わらないわよ? 私はハーフだからもう立派な大人。まぁ、体は五百歳くらいまでまだまだ成長はするらしいけどね~」


 そう言って薄い胸を両手でもみゅッと持ち上げる。


 ハーフエルフって五百歳まで成長するもんなんだ。

 そんなこと思っていたらおかわりのミード酒がやってきた。

 彼女はさっそくそれを受け取り、一口飲んでから杯を置いてこちらを見る。



「さて、改めて自己紹介するわ。私はエル。見ての通りのハーフエルフよ。で、君はアルム……なんだっけ?」


「アルムエイド様です」


 エルと名乗ったハーフエルフの少女…… でいいか。

 彼女は言いながら私の名前を言っていたけど全部覚えてなかったらしい。

 なのでマリーがすかさず訂正をする。



「そうそう、アルムエイド君! あ、でも長ったらしいから私もそっちのマリーだっけ? 同じくアルムって呼ぶけどいいよね?」


「別にいいですけど……」


 私は出されたジュースを飲みながらそう答えると、エルさんはにっこりと笑って言う。



「で、君たち一体何者? 正直に言うと君の魂は尋常じゃない。うちのお母さんみたいな色してたし、【絶対防壁】も無詠唱でしょ? それにそっちのマリーも執事も猫娘もただ者じゃないでしょ? 特にそっちの執事、あなた魔人でしょ?」



 がたっ!


 

 アビスは思わず立ち上がってエルさんと距離を取る。



「くーっくっくっくっくっ! やはり貴女もただ者ではない。先ほどよりずっとあなたから嫌なオーラを感じます。聖なるオーラを!」


「やめやめ、せっかく久しぶりにママの目をかいくぐって自由にお酒飲めるんだから。見たところこの子に使役されてるんでしょ? そっちの猫娘も」


「ニャッ!? よくわかるニャ! おまえ、本当にただのハーフエルフじゃないニャ!!」



 魚料理のお皿を独り占めしていたカルミナさんも顔を上げエルさんを見る。


 えーと、なんかこのエルさんって実はすごい人?



「エル殿と言いましたね? あなたは本当に何者なのです?」


「だからそれはこっちが聞いてることよ? 私は変な宗教にはまって家を出て行ったママとお母さんを連れ戻しに出たんだけど、間違ってティナの国に行っちゃったの。それで慌ててベイベイの町に戻ろうとしたんだけど、直接のゲートが調子悪くなっちゃったからこうして地道に帰ろうとしてただけよ?」


 エルさんのその言葉にいろいろと違和感を覚えながらもちょっと聞く。


 

「エルさん、ティアの国とかベイベイの町とか、ここってノルウェン王国ですよね?」


「そうよ? まぁ、せっかくだからノルウェン特産の魔結晶石でも買っていこうかななって思ったんだけど、ここ数年一個も取れてなって話じゃない? あれがあれば精霊王辺りを閉じ込めておけるんだけどね~」


 そう言ってまたミード酒を食ぴくぴと飲む。


 なんか聞いちゃいけない単語がいくつかあったようだけど、どうしてもその辺が思いだせない。

 しかし、マリーやカルミナさんが驚き、アビスも興味を持っているようだ。



「魔結晶石……産出がごくわずかで非常に貴重なものと聞きますが……」


「魔結晶石あったら一生左手うちわニャ!」


「ほう、あの憎っくきオリジナルの赤い『鋼鉄の鎧騎士』にも搭載された魔結晶石には精霊王をですか…… なるほど、だからあの赤い機体は空すら飛べたのですか。くーっくっくっくっくっ、全くなんと恐ろしい事をやっていたのでしょうね」



 三者三様の反応だけど、それよりなによりママとお母さんって……



「あのぉ~、ご両親が変な宗教にはまったってどういうことですか? というか、ご両親がママとお母さんって……」


 非常に思い出せないけど関わっちゃいけない気がする。

 ものすごく。



「ん~、あまり大きな声では言えないけど「ジュメル」って変な宗教でね。密教らしいのよ。それとうちの両親は二人とも女性で、一応私はママから生まれたらしいのだけど誰が父親かなんてわからないわよ。お母さんが父親だとか変なことをママは言ってるけどね~」



 そう言ってまたミード酒を飲み干し、追加を頼んでいる。


「へええぇぇぇぇ、すなんですか……」


 私の心がものすごく警鐘を鳴らしている。

 この人に関わっちゃだめだ。

 特にその変なご両親とかには!



「で、こんどはそっちの番よ? あなたたち一体何者? 見た感じはどこかの貴族か何かのようだけど?」




 フォークに刺したソーセージをこちらに向けてエルさんは聞いてくるのだった。

 

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