3-25:王の間


 ドドス共和国がイザンカ王国へ侵攻準備を始めた。




「こちらが書状にございます」



 そう言ってドドスの使者が父王であるロストエンゲル国王陛下の前で恭しく頭を下げて書状を差し出す。

 それを大臣が受け取り、父王へと手渡す。


 皆が緊張で包まれるこの謁見の間で父王はその書状を読む。

 そしてその手がいきなり書状を握りつぶした。



「ドドスはこうも厚顔無恥かっ!? イータルモアは我が息子の嫁。それも黒龍も女神様もお認めになられた間ぞ!! それを無理矢理に我が息子がその乙女を散らしたというか!! なんと破廉恥極まりない物言いだ!!」


「ですので速やかに彼女を引き渡していただきたく、お願いに参ったのですよ」



 使者はいやらしい笑みを張り付けている。

 まるで道化師のように。



「断じてそのようなことは認められん! しかも何だこの賠償金とは!? 貴殿の国と何の関係がある!?」


「女神様がそのお孫様の御身を憂い、この時期にあるはずの天界への謁見を取りやめてしまったのですぞ? 我が国もそれなりに賠償を求めるのは当然ですが?」 


 いけしゃあしゃあと。

 しかしそんな中、父王の後ろに立っていたお腹があからさまに大きくなったイータルモアが動いた。



「待ってくださいですぅ! 私はアマディアス様に無理矢理なんかされてませんですぅ!! 私が無理やりアマディアス様を襲ったですぅ!! 大体にして私はアマディアス様が大好きなんですぅ!」



 ちょとまてイータルモア。

 余計なことまで言わなくていいから。

 アマディアス兄さんなんか思わず片手で顔を抑えてるじゃん!!



「おおぉぉ、なんとおいたわしや。イザンカに言いくるめられておられるようだ。イザンカ王よここまで女神様のお孫様を言いくるめるとは。ささ、どうぞ我らと共にドドスに戻り、天界へと送り届けましょぞ!!」


 しかしこの使者はさらに暴言を吐きまくっている。

 ここに至ってすでに近衛兵たちは剣の柄に手をかけていた。



「静まれ!」


 

 しかし父王のその一言によって状況は制止する。

 父王は静かに、しかし地の底から湧き上がるような声で言う。



「貴殿の国の考えはよくわかった。イータルモアは我が息子の嫁であり黒龍と女神様の祝福を受けた。これ以上の狼藉は貴殿の身の安全も保障しかねる。帰って伝えるがいい、我がイザンカはイータルモアを貴殿の国に引き渡すことはない。そして貴殿の国のどんな要求にも応じることはないと!」



 そう言い切った父王にこの使者は嬉しそうな顔をして言う。



「わかりました、では我が公国は女神様の名のもとに実力行使をさせていただきます。一週間後、我が正義のドドス軍が貴殿の国に押し入るでしょう。貴殿の国には冷静になっていただき早々に降伏することをお勧めいたしましょう!!」



 これは完全に道化師だった。

 ここにいる皆が剣を抜かなかったのは奇跡に近い。

 しかし使者はそんなことも気にも留めずに一礼してから王の間を辞退した。


 その使者の後姿を見送った父王は、そのこぶしを王座にぶつける。



 がんっ!



「戦だ! ここまでなめた真似をするとは、後悔させてやれ!!」


『はっ!』



 父王のその一言で戦が決まった。

 もう後戻りはできない。

 父王はアマディアス兄さんに向かって言う。



「アマディアスよ、イザンカの意地、見せてやれ!!」


「御意」



 アマディアス兄さんはそう言って頭を深々と下げるのだった。




 * * * * *



「くーっくっくっくっくっ、いいですねぇ、憎しみの感情とは誠に美味で」


「あのさ、アビス。僕の立場上そういう事は他の人には聞かれないようにしてもらわないと困るんだけど?」


「くーっくっくっくっくっくっ、これは失礼しました、我が主よ。しかし人間とは相変わらず愚かな生き物ですな。何百年たっても変わらない」


「言うなよ、それが人間なんだから」



 この魔人の言わんとすることは分かる。

 でもあそこまでコケにされてはイザンカだって黙ってはおけない。

 それにあちらはやる気満々だ。

 すでに国境の砦付近今まで軍隊が配置済みらしい。


 一週間後、開戦されるそこは応援の兵やキャノンタイプとタンクタイプの送付が急がれている。

 傭兵部隊もまずはそちらに回されることが決定して、レッドゲイルもいつでも出られる準備をしている。

 まさしく国境付近の砦が戦場の渦中になるだろう。


 しかし、実際の本命は南の森の潜伏している部隊。

 ベルトバッツさんたちローグの民からの情報だと、南の森に二十五体、そして国境の砦に二十七体の「鋼鉄の鎧騎士」が確認されたらしい。

 そのほかにも大型の魔獣が数体確認されているらしい。



「戦ニャ、久々ニャ!」


「カルミアさんって、戦に参加したことあるの?」


「北の大地では紛争が絶えないニャ。だからあたしも何度か戦場に立ったことがあるニャ!」


「くーっくっくっくっく、戯れに我が力をお見せしても構いませんぞ、我が主よ。憎っき『鋼鉄の鎧騎士』が相手ならなおさらのこと、積怨の恨みを晴らすにちょうどいい」


「いや、二人とも勝手に戦いに出ないでよね? カルミナさんはまだしも、アビスは絶対に正体を出したらだめだよ? それこそ正体なんか出しちゃったらイザンカが悪者扱いされちゃうからね??」



 カルミナさんやアビスの実力は知っている。

 正直この二人とマリーがいればある程度の「鋼鉄の鎧騎士」が抑えられるだろう。

 しかし戦は単独プレーとは違う。

 手合わせの時のようなわけにはいかない。



「とにかくみんなは指示あるまで勝手に動かないように! マリー予定通り戦支度を!」


「はい、アルム様」



 私はイザンカの第三王子として、新型の「鋼鉄の鎧騎士」を作成した一人として戦場に立たなければならない。

 そんな私をアプリリア姉さんとエナリアが心配そうに見ている。



「アルム君まで戦場に行くのですか?」


「お兄様、お兄様まで行く必要があるの?」



 王女である二人は城でおとなしくしているしかない。

 問題は……



「ふん、我がイザンカに喧嘩を売ったことを後悔させてやるわ!」


「新型の魔光弾ランチャーのテストがまだですが、実戦で試させてもらいましょうですわ!」



 この人たちぶれないなぁ。

 私もそうだけど、この二人だって戦争は初めてだというのに。


 少々あっけにとられながらも私はマリーに着替えを手伝ってもらいながらもアマディアス兄さんとシューバッド兄さんに合わせて戦支度を進める。



 そして再び謁見の間に集まる。


 

 そこには戦姿の将兵や貴族、そして王族が立ち並ぶ。

 父王自らも甲冑を身に着け王座に立ち上がり宣言をする。



「戦だ! イザンカの意地見せつけてやれ!! そしてドドスの愚か者たちに後悔をさせてやれ!!」



 うおぉおおおおぉぉぉぉっ!!!!



 父王の宣言とともに謁見の間に集まったみんなが声を上げる。

 




 こうして戦が始まるのだった。


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