3-21:次の準備へ
「アルム! これすげぇよ!!」
模擬戦が終わって戻ってきたエイジは上機嫌だった。
が、ミリアリア姉さんが戻って来たエイジの頭をひっぱたく。
ぺちん!
「いてっ! ミリアリアねーちゃんなにすんだよ!?」
「無茶な動かし方しましたわよね? おかげで駆動系の魔晶石は全てメンテナンスが必要ですわ!!」
「え、いや、だって三対一だぜ? 少しは本気出さなきゃこっちが一本入れられてたんだぜ?」
「それでもですわ!」
そう言ってミリアリア姉さんはもう一度エイジの頭をひっぱたく。
「アルムエイド君、よくやってくれた。おかげでレッドゲイルのオリジナルは健在。しかも適合者としてエイジの名は知られるだろう」
「あ、イザーガ兄さん。でも今度はエイジも気をつけないと僕と同じになるかも……」
私は五年前のあの日を思い出していた。
私にはマリーや他の護衛もいる。
しかしエイジには護衛がいない。
『その点はご心配召される必要はないでござるよ』
その声は唐突に聞こえて来た。
驚き周りを見ると、イザーガ兄さんの影からにゅっとあの銀色の液体が出てきて瞬時に人の姿になり、ハゲ親父のベルトバッツさんになる。
「べ、ベルトバッツさん!?」
「お久しぶりでござるな、アルムエイド殿下。大きくなられたでござるよ」
そう言って子供には見せてはイケナイ笑顔をする。
これ、絶対に小さな子が見たら夢に出て来るよ。
「もうアルムエイド君には分かったと思うけど、今後エイジにはベルトバッツ殿がついてくれることになっているんだ」
イザーガ兄さんはそう言ってにこりと笑う。
ベルトバッツさんて、ジマの国の黒龍に仕えるローグの民のお偉いさんのはず。
それがエイジの護衛に来て大丈夫なのかな?
「まぁ、とりあえずは今後の事もあるので落ちつこうか?」
私がそんな事を思っていると、イザーガ兄さんがそう言って私たちを部屋の中へと誘うのだった。
* * *
「さて、ベルトバッツ殿どのような感じでしたかな?」
「あちらの諜報員は二名でござったな。共にジーグの者ではござらんが、イザーガ殿の考えどおりであればそこそこ追い回してドドスへ帰すでござる」
部屋に入ってみんながソファーに座る頃、イザーガ兄さんはそう切り出した。
それにベルトバッツさんは髭を触りながら答える。
「え? 諜報員がいたなら捕まえなくていいの?」
「うん、今回はわざと逃がしてドドスにオリジナルの件とエイジの件の情報を流すのが目的だからね。今後エイジには定期的に模擬戦をしばらくしてもらい、『鋼鉄の鎧騎士』乗りたちの鍛錬をしながら内外にその存在をアピールするよ」
マリーが給仕してくれてみんなにお茶を配っている。
アビスも私の目の前に御菓子を置きながら言う。
「くーっくっくっくっくっ、我が主よ、必要とあらばこの私めがハエどもを始末いたしますよ?」
「いや、それじゃぁせっかくの情報を流すのがダメになっちゃうじゃないか。余計な事はしないでね」
「御意」
今回はわざと情報を流すのが目的だったらしい。
だから街の人たちが見学しやすいようにあんな形で模擬戦をしていたのか。
「さて、これからなんだけどね。アルムエイド君とミリアリアには残りの十七体の『鋼鉄の鎧騎士』を早急に仕上げてもらいたい所なんだが、そうも言っていられなくなりそうなんだ」
イザーガ兄さんはそう言ってお茶をすすってからティーカップを静かにテーブルに置く。
そして立ち上がり壁に掲げてあった地図を指さす。
「ドドスがすでに軍を動かし始めたと言う情報がある」
いつの間にか取り出した教鞭のような棒をドドスの首都、ドドスの街からずっとずらして西の森を指す。
確かここら辺は魔獣が多い森のはず。
「街道を向かって国境の砦やユエバの町を制覇しに行かないのですの?」
「どうやらあちらが揃えた『鋼鉄の鎧騎士』は全部で五十体。うちの倍以上だね」
何と、いつの間にか五十体もの「鋼鉄の鎧騎士」をそろえていた!?
「量産型だけど、ガレント王国から更に二十体の機体を手に入れていたらしいね。もともと保有していたのが約三十体だから、力押しされたらこちらが負ける。こちらは防衛の要となる国境の砦に五体。レッドゲイルに五体。そしてブルーゲイルに十体。これが今のイザンカの戦力だよ」
そう言って国境の砦やレッドゲイル、ブルーゲイルを指してゆく。
それからドドスの軍隊が動いたとされる南の森。
「連中は南の森に潜伏し、別動部隊が国境の砦を襲うつもりだろうね。そして国境に近いレッドゲイルから援軍が出るのを見計らって一気にブルーゲイルを攻め落とす。そんな腹づもりだろうね」
言いながらその動きを教鞭を使って指してゆくけど、国境の砦を襲ったドドス軍はそこを突破できなければ別働部隊がブルーゲイルを襲う手助けも出来ない。
いくら戦力差があっても国境の砦とレッドゲイルからの援軍が来ればドドスは砦を抜ける事は出来ないだろう。
しかし。
「本命は南の方ですか?」
「そこなんだけど、ベルトバッツ殿」
「問題はジーグの民でござる。きゃつらは黒龍様でさえ苦しめた呪いを使い下位竜族を操る術を持っておるでござる。場合によっては死した竜の遺体をもアンデッドドラゴンとして使役出来るでござるよ」
その言葉に一同に動揺が走る。
確かに、地竜を操ったのがジーグの民たちであればそれは納得も出来る。
更に呪いでアンデッドドラゴンまで使役できるとなれば、その戦力は想定以上の物になりそうだ。
「流石にドラゴンの遺体は簡単に手に入らないでござる。しかし、生きていたドラゴンが戦で敗れた場合その呪いが発動して即座にアンデッドドラゴンとして敵にまわれば厄介でござる」
ベルトバッツさんはそう言って腕組みをしながら地図を睨んでいる。
その目線はジマの国の近くの森。
そこに何か有るのだろうか?
「とにかく、軍備をこちらも整えなければいけないよ。エイジがオリジナルの適合者で、その性能が伝説に違わないとなれば多少の足止めの時間にはなるだろう。問題は残り十七体を作り上げる時間が無いと言う事だね」
イザーガ兄さんはそう言って私とミリアリア姉さんを見る。
「実際、あと五体作るとなればどのくらい時間がいる?」
「……一体作るのに最低でもふた月は必要ですわ。素体だけでも同じくらいの時間はかかりますわ」
「そうか…… ドドスが仕掛けてくるとなれば頑張ってあと半年だね。今日の情報が流れても……」
そうなると、あと半年も時間が無いと言う事になる。
初号機と三号機、エイジの二号機と防衛点の要には配置できるかもしれない。
しかし倍以上の戦力差で何処まで行けるだろうか?
エイジが使ったようにフルの活用では短時間しか持たない。
「あと半年…… 分かりました。とにかくできるだけ新型を作りましょう!」
「うん、アルムエイド君がいれば何とかなるだろう。とにかく本命のブルーゲイルに攻め込まれる前に最低でも五体中二体がこちらに配備できればレッドゲイルと国境の砦は何とか持たせよう。ブルーゲイルはドドスの本命を何とか迎え撃ってほしい」
多分、イザーガ兄さんはもうアマディアス兄さんと話をつけているのだろう。
だからエイジの二号機だけでも優先してレッドゲイルに配備させた。
そして初号機と三号機。
後三体の新型がいればブルーゲイルは防衛が出来ると踏んでいるのだろう。
防戦が上手く行けば、最後には「鋼鉄の鎧騎士」どうしの戦いか、一騎討に持ち込めれば勝機はあるだろう。
「すまんでござる。竜族が下手をすると相手の手ごまとなってしまうやもしれず、今だ黒龍様はお戻りになられておらんでござる。タルメシアナ様は留守のジマの国を守るため動けないでござるよ」
何故かベルトバッツさんはそう申し訳なさそうに言う。
しかしそれをイザーガ兄さんは止めて言う。
「何を仰るベルトバッツ殿。貴殿の協力が無ければ情報入手も困難なばかりか、以後矢面に立つエイジの護衛まで受けていただけるとは。領主マルクスに変わり御礼を申し上げますよ」
イザーガ兄さんはそう言ってベルトバッツさんに頭を下げる。
それにちょっと慌てるベルトバッツさん。
「アルム、急ぎブルーゲイルに戻りますわよ…… ことは想定以上に動き出していますわ」
「うん、そうだね」
私とミリアリア姉さんはそう言って頷きあうのだった。
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