1-21:兄の指導


 私を襲った刺客がジマの国の意向で無いことが分かった時点で、その対応が変わって来ていた。



「そうすると、アマディアス兄さんはしばらく忙しくなるって事?」


「ああ、そうだ。だからお前には専属の家庭教師をつける事にした。まずは今まで通り礼儀作法から始まり、魔道以外の事も学んでもらおう。そして落ち着いた頃には私と一緒に城外に出て民の様子も見て回ろう」


 一緒に朝食を取りながらアマディアス兄さんはそう言ってくる。

 まぁ、警備やら何やらと任されていた兄さんだ、このあいだの問題でさらに忙しくなるのは仕方ない。

 それに「草」と呼ばれる密偵たちもジマの国から引き上げているらしいし、更にその「草」たちに他の事を色々指示もしているようだ。

 たまにジマの国の事でマリーとも話もしているし。


 私は頷き答える。



「分かりました。それでその先生は何時から?」


「既に呼んである。食事が終わったら私の執務室へ来なさい」


 そう言ってアマディアス兄さんは先に席を立つ。

 私は残りの朝ごはんを急いで食べるのだった。



 * * *



 アマディアス兄さんの執務室へ行って扉を叩く。

 何故かマリーはじめカルミナさんやアビスも一緒だった。



 コンコン  



「アマディアス兄様、アルムエイドです」


「入れ」


 

 扉をノックして声をかけると、アマディアス兄さんに入室を許可される。

 扉を開き、中に入ると一人の女性が執務机の前にいた。



「紹介しよう、教育係のエマニエルだ。彼女はイザンカ王国の貴族令嬢だが、魔法学園ボヘーミャの首席卒業者でもある。宮廷魔術師のドボルゲルクは公務に忙しくなるから今後は魔術に関しても彼女が指導をする」


 アマディアス兄さんがそう言うと、エマニエルさんと言う女性は胸に手を当て、膝を軽く沈ませて挨拶をしてくる。

 これは貴族の女性の略式の挨拶だ。



「エマニエル=ラダ・ユニウスと申します。本日よりアルムエイド様の教育係を賜たわりました。どうぞよろしくお願い致します」


「アルムエイドです。よろしくお願いします」


 黒に近い深い藍色の長い髪の毛を頭上に巻きつけ、すっとこちらを見る。

 美人さんだけど、才女なのだろう目つきが鋭い。

 動きやすいロングスカートだけど、その立ち回りはなんかマリーを思い起こさせる。

 何と言うか、隙が無いと言うか。



「それでは早速頼むぞ、エマニエル」


「はい、私めにお任せを」


 エマニエルさんはそう言ってアマディアス兄さんに頭を下げてから私を見て言う。



「それでは早速アルムエイド様の現状をお教えください」


「現状ですか? えーと、とりあえず魔導書は読めるくらいには。それと古代魔法王国の上位言語、コモン語、下位言語は習得しています。それと魔法の方は……」


 手をかざし、そこに魔力を掻き集める。

 そしてイメージをして小さな炎を作ろうとするのだが……



 ごうぅっ!



 手のひらの上に何故か【火球】ファイアーボールが出現する。

 本当はそれこそマッチの火のイメージなのに……



「ここれは火炎魔法、【火球】ファイアーボール!? アルムエイド様、いつ詠唱を?」


「いやぁ、ほら、生活魔法の【点火】魔法のつもりだったんですが……簡単な魔法なら呪文唱えなくても出来ますよね?」


 しまった、何時もの癖で詠唱を端折った。

 でも生活魔法の【点火】の呪文なんてたったの三つの言葉の組み合わせ。

 それくらいなら……



「まさか、無詠唱魔法っ!?」


「アルム、それは本当か!?」



 しまったぁ……

 アマディアス兄さんにもバレた。


 私は仕方なく、乾いた笑いをしながら言う。



「ぐ、偶然ですよ。短い呪文なら早口で言えるし、心の中で先に詠唱してますから。あはっ、あははははっはっ!」


 しかしアマディアス兄さんとエマニエルさんは驚いた表情のままだ。



「魔力漏れをしているのは知っていたが、まさか無詠唱魔法が使えるとは……」


「何と言う事でしょう。十万人に一人、いえ百万に一人と言われる魔法の才覚。こ、これは……」



 あ、あれ? 

 アマディアス兄さんとエマニエルさんの私を見る目が変わった??



「エマニエル、アルムは」


「はい、間違いなく天才です!! ああっ、アルムエイド様。私はあなた様の教育係としてとても幸せです。無詠唱魔法が出来、そのお年で古代魔法王国の文字どころか三つの言語に精通しているとは!! 分かりました。アルムエイド様の教育方針は最上級のモノに組み替えさせていただきます! 我がイザンカの始祖、魔法王ガーベルの再来とは正しくアルムエイド様の事です!!」



 えーと、エマニエルさん?

 なんか変なスイッチ入ってませんか??



「くっくっくっくっくっ、我が主ほどのお方であれば当然。既に魔道の極みすら習得したも同然のお方」


「アルムって、魔力すごいだけじゃニャいニャ? そう言えばあたしが話す下級言語も分かっているニャ」


「猫は言葉遣いをもう少しよくしなさい。アルム様の従者として恥ずかしい」



 なんか後ろでみんなが言っている。

 そう言うのはやめてほしいんだけど……



「アルムよ、お前を見誤った。無詠唱魔法など我が王族では初めてだ。まさしく魔法王ガーベルの再来。兄は嬉しいぞ!!」


 何とアマディアス兄さんは椅子から立ち上がり、こちらにまで来て私に抱き着く。



 だきっ♡



 わふっ!

 これ何のご褒美!?


 うわ~、アマディアス兄様ぁ~♡



「アルムいいニャぁ~。あたしもアマディアス様とイチャイチャしたいニャ」


「猫は欲望を駄々洩れしない。私だってアルム様を抱っこしたいです……」


「くっくっくっくっ、我が主よ、必要であれば人間の座布団をいくらでも御用意いたしますぞ?」



 ちょおっと待ちなさい、あなたたち。

 特に最後のアビス!

 人がアマディアス兄様に抱っこされて至福の時を感じているのに!!



「アルムよ、早速この事は父上に報告しよう。我が王家からとうとう無詠唱魔法の使い手が生まれ出たのだ!」


「あ、アマディアス兄さん……」



 ひとしきり抱き着いていたアマディアス兄さんはそう言ってさっさと執務室を出て父王の元へ行ってしまった。

 出来ればもう少し抱っこされて兄様の香りをくんかくんかしたかったのにぃ~。




「ふふふふふふ、これは楽しくなってまいりましたね。アルムエイド様、早速お勉強を始めましょう!!」



 エマニエルさんはそう言って極上の笑みを浮かべるのだった。






 え、えぇとぉ……   

 ちょっと困惑する私だったのだ。


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