二話 つぎはぎの怪物 霊山にて悪鬼斬りて候

2-1


 茶屋よりおよそ二日歩いたところに、新緑豊かな山がある。名をアタラ山と言い、昔は酷く冷え込んだことから地獄の一つである頞哳吒あたたに由来を受けて名付けられた山だという。

 とはいえ今の季節は春であり、いくら冷えることで有名な霊山とてそこまで寒くはないだろう、などと、ラシャもスエも高をくくっていた。いや、目論見が甘かった。


「へいお二人さん! 毛布とか無いんでっか?」


 どこで手に入れたのか暖かそうなコートを始め、しっかりと厚着をしているピンティを他所に、スエもラシャもロナも寒さに震えていた。

 寒さに歯を打ち鳴らしながらスエが悪態をついた。


「おかしいでしょ!? ちまたはもうじき初夏、夏よ! なんでこんな寒いの!」

「ここは北からの季節風がダイレクトアタックを仕掛けてる山なので、夏も中ごろ以外はだいたい寒いんだぜ。防寒具必須だって常識が無いのかしら、プークスクス」

「そもそもなんでピンティだけ防寒具を持っているの! よこしなさいよ!」


 煽られたことに腹を立てたスエが剥ぎ取りにかかり、ラシャはそっとロナの視界を覆った。


「やめてぇ! ピンティ今は弱いのよ!? か弱い乙女なんだから!!」

「うるさい! そもそも防寒具必要なら予め教えなさいよ! なんで自分だけ用意が良いっていうか、どっから持ってきたの、その温かそうなコート」

「むしろなんでそんな薄着しかないんですかあなた方! 旅を舐めてらっしゃる?」

「正論で殴るんじゃないわよ!」


 そんな二人の揉める声を聴いてか、何かが駆けてくる音が迫る。

 ピンティが気まずそうに、遅い忠告を口にする。


「ところで、鬼の面の怪物もさることながら、この山普通に色々獣の類が出ます。あと、野盗の類とかも騒いでると来ちゃいます」


 こいつワザとだな、とスエが睨む中見知らぬ男の声が飛んでくる。


「大丈夫ですか!? 何かあったんですか!?」


 現れたのは、中肉中背の優男だ。山登り用の装備をしっかりと準備済みの、野盗でも獣でも怪物でもなさそうな男だ。




 その後、事情を聴かされた男、イリと名乗るこの男は自身の装備の一部をラシャたちに貸し与え、ついでに火を起こしてスープまで奢ってくれた。


「たくさんありますから、遠慮せずにどうぞ」


 アタラ山の中腹で、既に日も傾いて来ているということもあり、この場で野宿となった。

 だがスエは気に入らないことがあった。


「野宿までは解る。私も旅の者。一人用の寝袋に虫よけの香と蚊帳を用意するもんだと私は思ってた。これだけ寒いなら蚊は居ないだろうことも解る」


 そう言いながら一人用の蚊帳の中に立てこもったスエが、その外にいる者へ苦言を呈する。もちろん装備が完璧なイリを除いて。


「だけどなんであんたら蚊帳どころか寝袋も無いのよ!」


 ピンティは恨めしそうにここぞとばかりに見つめ、ラシャはそれをなだめる。ロナは変わらず宙を眺め、なんだったら蚊に食われていてもラシャが追い払うまでそのままだった。


「というかピンティは防寒具が有ってあって寝袋が無いの?」

「仕方がないんだって! ピンティここに滞在する予定なかったもの! 日帰りの予定だったの!」

「日帰りできるような山でもないでしょ」

「できたのよ、六臂プリティなころのピンティならよぉ……けど今は、ぐぬぬ」


 ラシャはそんな面々を無視して一人近場のがっしりとした木に登り、慣れた様子でロナを木の上に引き上げる。どうやら、ラシャとロナは今までの旅路、木の上でそうして休息を取っていたらしい。その様子を見たスエが心配と驚きの声を発した。


「いや、ラシャさんはラシャさんで何してるの!? 大丈夫なの?」

「あ、お構いなく。慣れてます」


 その様にイリが苦笑する。


「えっと、変わった同行者さんだね」


 イリのその言葉にスエが何故か恥ずかしそうにする。


「え、いえ、すみません。はしたなかったです」


 その様を見て、イリは微笑みを返した。


「いやいや、オレは可愛いと思うよ」


 スエが一瞬どぎまぎし、笑ってそれを流そうとする。そしてこれまた気まずくなってスエが話題を切り出した。


「えっと、イリさんはどうしてアタラ山に?」


 イリは笑顔のまま、徐々に俯いて行く。そして誰とはなしにぼやくように、しかしハッキリと答える。


「オレはね、この山にあるモノを見に来たんだ」


 そして、僅かにうずくまる様に自分の手を見る。


「オレね、何やってもうまく行かないんだ。いつもいつも邪魔が入って、でも誰にも何も言えずに抱え込んじゃってさ」


 スエはそれを聞いて励ましの言葉を投げかける。


「不平不満を抱え込んじゃうのは優しいからじゃないですか? 良いことだと思います」

「そうかな、そうだよな。オレは悪くない」


 そして、ゆっくりと夜の青に染まる空を眺めて、イリはぼやいた。


「でもそんな辛い時でも、ここにきてアレを見ると心がスッとするんだ。きっと他人には理解されないけどね」


 その言葉の意味が解らないながらも、スエは解らないまま置いておくことにした。ラシャもまた解らないながらも、スエとは別の考えが過り、ピンティに至っては……

 アンニュイな空気と感じ取ったのか、イリは笑顔でラシャたちに提案する。


「そうだ、装備が無いなら、オレの持ってきた予備を使うといいよ」


 それに対して、提案されたラシャやピンティではなくスエが答える。


「え、良いんですか? 悪いですよ」

「結構です」


 スエがそう答えたのに食い気味に、ピンティがハッキリと断った。面食らうスエを他所に、ピンティはスエの蚊帳の中に潜り込んでくる。


「ちょっと、狭い! 入ってこないでよ、もう!」

「いいじゃねぇか減るもんでもないし乙女同士だしよぉ」

「スペースは減るのよ」


 その様子にスエが抗議したが、ピンティは聞く耳持たずにそのまま地面の上で防寒具に身を包んで寝始めた。


「何か、機嫌を損ねてしまったみたいだね」


 イリが申し訳なさそうな表情で言った言葉に、スエが断りを入れる。

 不思議とラシャたちには装備を貸すかどうかの返答も待たず、イリは自分のテントの中に入ってしまった。その様子に僅かにスエも疑問を感じたが、スエはこの違和感を無視した。それがどういう結果になるかも考えずに。

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