第9話 船橋希色は可愛いらしい

 放課後、流山は鎌ケ谷と一緒に部室のある旧校舎に向かっていた。


「凛ちゃん、元気出た?」


「ありがとう玲奈、私はもう大丈夫」


「ならよかった。所詮元カノは元カノ。過去の話」


「ええ、そうよね」


 2人は他愛ない会話をしながら、二階にある部室の扉を開けた。

 そこには、


「柏先輩ぃ、昨日は美容院に行ってて部活いけませんでしたぁ。すみません」


「まぁ、そういうことなら仕方ないな」


「ありがとうございます! それよりどうですか私?」


「ん? ああ、よく似合っているぞ」


「ということは?」


「? あぁ、可愛いぞ」


「ありがとうございます!」


 仲睦まじい様子で柏と、演劇部一年の船橋希色が話していた。

 正確には、きゃぴきゃぴと船橋が柏に絡んでいるだけなのだが、流山にとっては仲睦まじく見えて仕方なかった。

 鎌ケ谷はおそるおそる横にいる流山の方を向いた。

 鬼の形相で柏を睨んでいた。

 ああ、それは好きな人に向ける顔ではない。

 鎌ケ谷がなんとか宥めようとしたときだった。


「あ、流山さんに鎌ケ谷さん。お疲れ様ぁー」


「お、二人とも来……!?」


 こちらに気づいた船橋が挨拶をしてきた。

 それに伴って柏も流山たちの方を見たが、そこには鬼の形相。

 柏は、なぜ自分が睨まれているのか分からず身構えていた。

 状況は最悪だった。船橋以外にとっては。


「流山さぁんー、どうしたのぉ? そんな怖い顔しちゃってぇ」


「っ! べつに、これが素の顔です」


「あれぇー? そうだっけぇ?」


 船橋の言い方が癪に触った流山は更に表情を歪める。


「お二人こそ、随分と仲の良いご様子で」


「いや、そんなこと「分かりますぅー? ほら、私柏先輩とは中学が同じだからぁ」


 柏の言葉を遮り、船橋は笑顔で言った。

 何かに勝ち誇るような得意げな笑顔で。

 睨む流山と余裕の笑みの船橋。

 二人の間に何やら火花が散っていた。


「そうですか。でも今は私も柏先輩の後輩なので」


「でもぉー、歴で言ったら私の方が長いよー」


「そうですね。歴は長いですね」


 二人は近づきながら言葉を交わす。

 何この状況……、と思いながら成り行きを見守る柏。


「もちろん、歴だけじゃないよぉ。中学時代から私は柏先輩と仲良かったんだからぁ」


「そのわりには船橋さんが一方的に話しているように見えたけど」


「ええ?」


「うん?」


 一触即発の雰囲気を見ていられなかった柏は、割って入ることにした。


「二人とももうすぐ部活始まるから、ジャージに着替えて来い」


「はぁーい、柏先輩!」


「……分かりました」


 柏が一声かけると、二人はすぐに返事をした。

 場の雰囲気はすぐに落ち着きを取り戻す。

 周りの演劇部員の中には、安堵する者もいた。


「まったく、浩介も罪な男だな!」


 流山と船橋、そして鎌ヶ谷が着替えにいた後、柏のところに成田がやってきて肩を叩いた。


「千夏。分かっているなら何とかしろよ」


「バカが。私が首を突っ込む方がややこしくなるだろう」


「…………」


「はぁ、浩介。分かっているのか?」


「……ああ、分かっているよ」


「なら良し!」


 誰も二人の会話の意味を知る由もなかった。

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