第7話 流山凛は三姫を知らない 


 昼休み。

 四季星高校では学食がなく、ほとんどの生徒は弁当を持ってきて教室で食べる。それ以外の生徒は購買部でパンなどを買うことが多い。

 流山は自分のカバンから弁当を取り出す。


「はぁ……」


「凛ちゃん。元気ないね」


 流山の前の席の女子が、机をくっつけながら言った。

 彼女の名前は鎌ヶ谷玲奈。流山と同じ演劇部所属である。


「玲奈、分かる?」


「うん。昨日柏先輩とあんまり喋れなかった?」


「まぁ、そうね。それもある」


 流山と向き合うようにして座る鎌ヶ谷。

 歯切れの悪い流山が気になりながらも、弁当を取り出す。

 そして、そんな二人の近づく影があった。


「お待たせ―、二人とも!」


 満面の笑みで元気よく二人に近づいたのは、両手にパンを持った褐色の女子だった。

 二人の机の上に大量のパンを置き、近くのイスを持ってきて座る彼女。


「なんか凛元気ないじゃん。どしたの?」


「伊吹ちゃん。ちょうどその話してた」


「ははーん、さては愛しの柏先輩のことでしょ?」


 白井伊吹はにやにやと笑いながら流山に聞いた。

 ちなみに流山が柏を好きなことは、三人の中では周知の事実だった。


「そうね。その通り」


「お、今日はやけに素直だ」


「珍しい」


「二人とも私を何だと思っているの?」


「新感覚クーデレ」


「嫉妬の権利」


 くーでれ? と首を傾げながら流山は二人が自分に対してまともな印象を持っていないことを再確認した。

 三人が揃ったところで「いただきます」と言い食事を始める。


「凛、で昨日何があったの?」


「……柏先輩の元カノと会った」


「「え」」


 予想外の言葉に二人は一瞬フリーズした。

 それどころか、教室全体の温度が少し下がったかのような静けさを覚えた。


「凛ちゃん、どこで? 部活にそんな人いたっけ?」


「去年の秋大会で助っ人に来た人らしい。その時付き合っていたって」


「そ、それは驚いただろうけど、元カノなんでしょ?」


「ええ。すごく楽しそうに話していたわ。成田先輩とも顔見知りだったし」


 鎌ヶ谷と白井が何とかフォローしようとするが、流山は死んだ目をしながら淡々と話した。


「ええ、ええ、それはとても楽しそうに話していたわ。そもそも最初に会った時からまるでカップルみたいな距離感だったし、部活が終わって帰る時も仲睦まじい姿で二人一緒に帰って……ええ、きっと駅前のクレープ屋にでも……」


「怖い! 怖いよ! 凛!」


「凛ちゃん落ち着いて、私の卵焼き食べる?」


「食べる」


 二人が戦々恐々するほどの嫉妬を見せる流山。

 鎌ヶ谷から卵焼きを貰い、食べると少し落ち着きを見せた。


「ごめんなさい。少し取り乱したわ」


「取り乱したというか憑りついていた感じだったけど……まぁ、でも強敵の出現だ。まさかあの変人の柏先輩に恋人がいたなんて」


「恋人じゃなくて元カノよ、元カノ」


「ああ、ごめん……」


 謎の圧を見せながら注意する流山に白井は素直に謝った。

 どうやら、流山の中では重要な事らしい。


「てかさー、私その演劇部じゃないから柏先輩のこと良く知らないんだよねー。変人ってことぐらいしか」


「逆に何故、変人と呼ばれていることを知っている」


「だってこの前の学校新聞で、三姫の説明の横にちょこっと載っていたよ」


「なるほど」


「え、柏先輩のこと新聞に載っていたの!?」


 驚く流山に得意顔で白井は言う。


「ダメだよ凛。自分が三姫に選ばれた記念の記事なんだからしっかり読まないと」


「……? 三姫って何?」


「「え」」


 流山の質問に、今度は二人が驚いた。

 まさか、自分が文武両道の美少女扱いされていることを知らない!? と二人はすかさず目を合わせる。


(どうする? 伊吹ちゃん)


(どうするってそりゃ…………面白いから黙っていよ!)


(賛成)


 一瞬のアイコンタクトで二人は意気投合した。

 そして、笑顔で誤魔化す。


「何でもないよー、それよりも柏先輩の話でしょ!」


「うん。凛ちゃん的にどうなりたいの?」


「え、そ、そうね、私は――」


 流山が三姫のことについて知るのは、もっと先の話であった。

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