かわいい戦線 ~クールな彼女は俺に可愛いと言われたい~

溝野重賀

第1話 柏浩介は悩んでいた

 ホームルームが終わり、放課後になった。

 高校生なら誰もが喜び、テンションが上がる瞬間だろう。

 だが、柏浩介は悩んでいた。

 これから楽しい部活の時間が始まるというのに、彼は渋い顔をしていた。

 それを見た隣の席の館山涼子が聞く。


「柏っち柏っち? 何かお悩みかい?」


「館山!? おまえなぜわかる!?」


「いやいや……」


 驚く柏に館山は呆れ顔をして、右手でビシっと突っ込む。

 誰がどう見ても悩んでいる人である自覚を柏は持っていなかった。


「柏っちは相変わらずだねぇ。で、何に悩んでいるんだい?」


「実はな。最近流山が不機嫌なんだ」


『!!!』


 柏の口から流山という言葉が出た瞬間、クラス中の空気が止まった。

 まるで、クラスに残っている全ての人が聞き耳を立てるように静まり返った。

 その様子に柏は気づいていない。


「……柏っち。確認するけど、その流山は流山凛のことかい?」


「ああ、そうだ。こないだも話しただろう。部活のときやたらと不機嫌だって」


「ああやっぱり……」


 館山は頭を抱えた。

 柏は館山のリアクションをよくわかっていなかった。


「柏っちはもう少し常識を知ったり周りを察したりした方がいいよ……」


「この流れが説教だと……!?」


 驚愕する柏に、館山は苛立ちを覚え立ち上がる。


「いいかい柏っち! 流山凛と言えばこの学校に入ってすぐに三姫に数えられたほどの天才文武両道美少女なんだよ!」


『うんうん』


 熱弁する館山で気づいていないが、クラスのみんなが頷いていた。

 三姫。誰が作ったかも知らないこの高校の伝統で、毎年新聞部が決める美少女三人のことである。


「そういえば、この前の学内新聞でそんなことが書いてあったような」


「そ・ん・な・こ・と!? だから柏っちは変人扱いされるんだよ! もっと情勢に詳しくなりなさい!」


「変人!? 清廉潔白を絵に描いたような俺がか!?」


「…………自分で言う?」


「半分冗談だ」


「半分本気なんだ!?」


「で? それがなんだというんだ」


「その彼女の話をこんなクラスの真ん中でするっていうのは、嫉妬の対象になって殺されても文句言えないよ?」


「なん……だと……!?」


 柏は気づいていないが、周りではクラスメイト達が『うんうん』と頷いている。

 美少女の話を馴れ馴れしくする。部活が一緒だから、先輩として、なんて軽く言うと彼女のファンクラブの殺されると力説する館山。

 柏は、これが情勢か。とその話を必死に聞いた。


「で? なんで彼女は不機嫌なんだい?」


「あれ? そういう話はしない方がいいのでは?」


「それはそれ、これはこれ」


「? そういうものか?」


「そういうものだ」


 実際は野次馬精神で館山が聞きたいだけだが、そんなことを柏は知る由もなかった。

 なお、周りのクラスメイト達も耳を澄ませる。


「その理由が分からなくて困っていたのだ」


「じゃあ、どんな感じで不機嫌なのさ」


「最近よく睨まれるし、話しかけられては突然不機嫌になるし、特に具体的なタイミングは分からん」


「あー、はいはい。どうせ柏っちが見当違いのこと言ったり怒らせたりしているんだよ」


「やはりそうか」


 二人の中では、変人柏浩介が悪いということになった。

 しかし、周りのクラスメイト達は『そうか?』『本当に?』『てか、それって――』とざわつき始めたが、二人は気にしない。


「だが、俺自身では何が問題か分からなくてな」


「仕方ないなぁ。今日はバイトもないし、この涼子さんが一緒に部活行ってあげようじゃないか」


「何!? 本当か!」


「ウム。感謝したまえ」


「はは! ありがたき幸せ!」


 館山が胸を張り、柏は深々と頭を下げる。

 そして、お互い荷物をまとめ立ち上がる。


「じゃあ、行くか」


「オーケー。あ、相談料で帰りにクレープ奢ってよ。駅前の」


「ああ、あそこのか。それが目的か。仕方ないな」


「やったー! 約束だよ!」


「分かった分かったから、そんな近寄るな」


「なんだよいいじゃんかー」


「歩きにくいんだ」


 そういって教室から出ていく二人をクラスメイト達は黙って見ていた。

 そして扉が閉まると、全員同じことを思う。


『あれで付き合ってないから変わっているよな。あの二人』

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