幼馴染はどうしても俺を負かしたいらしい。
@Sternenklarer
趣味と疾走
ブー、ブー。スマホのメッセージアプリの着信音が俺、一条北斗の部屋に響き渡る。誰だ、俺の至福の時間を邪魔する奴は。発信者を恨めしく思いながら、電光石火の勢いで布団から右手を伸ばすと、スマホをつかんだ後即座に撤収させる。ぶるるる、今日もとても寒い。さて、メッセージの内容はどんなものなのだろうか。願わくは、俺の今の涙ぐましい努力に見合うようなメッセージであってほしい。そんな願いを込めて、アプリを開くと、
『今度の授業内の小テスト、勝負ね。私が勝ったら、ジュース奢ってもらうよ』
いきなり宣戦布告をしてきたこいつの名前は守屋立花、俺の同級生だ。俺は格段勉強が得意でもないのに、こいつはすぐに勝負を挑んでくる。ほとんどの場合はお決まりのように立花が勝つし、一学期に一回くらい俺が小テストでジャイアントキリングすることもある。そういう風に、立花とは小さいころから勝負をしてきた仲だ。というか、小テストがあることを今知った。立花に最大限の感謝を伝えるためにメッセージを送ろう。
『テストがあるのか。貴重な情報をありがとな』
『ほんっとうに先生の話聞かないんだから。そう、テストがあるんだよ。数学のね』
『ところで、俺が勝ったら何をくれるんだ?』
『私は数年前からほぼあんたに負けていないでしょうが。そう、数年前から』
角ばったフォントでメッセージが飛んでくるが、最後のメッセージはどこか寂しげに思えた。最も、俺はこれから勝とうとは思っていない。
『勉強はできるだけ早く始めるが、結局俺への景品は?』
『そうやって勉強するの先延ばしにするから私に負けるの‼そういうだらしない性格じゃ私には勝てない』
こればっかりは立花が正しい。俺は仕方なく掛け布団にくるまったまま足をのばして椅子に引っ掛け、寄せる。そしてそれに布団ごとのると、足で床をけって勉強机に向かう。もう慣れすぎて、コントロールは完璧だ。しかし、いざ机を前にすると、どうしてもやる気が削がれる。そして、俺は泉のように湧き出てくる甘い誘惑に負けてしまった。よし、明日から勉強を始めよう。そうと決まれば、時間を浪費しないために大急ぎで布団に戻ることにする。俺は机の壁を勢いよく蹴り愛用のキャスター付きの椅子を移動させ、布団の縁まで運んでもらう。もちろんコントロールは完璧なので、寸分違わず狙った位置へ到着する。そして、そのまま布団に転がり込む。布団は温かく俺を出迎えてくれた。布団にくるまり、天国にいるような気分を楽しんでいると、またスマホがバイブしてメッセージが届いた。心当たりはあるが、誰だ、俺の天国を邪魔したのは。軽い鬱憤を抱きながらアプリを開くと、案の定立花からメッセージが飛んできていた。
『ところでもう勉強は始めたの?ま、どうせやってないんでしょうけど』
『ご明察。明日からちゃんとやるさ』
『はいはい、怠け者の常套句だね』
『分かってるなら何で挑んでくるんだよ……』
ムカついたのでスマホの電源を切り、もう1台のスマホを取りだす。日課になっているゲーム、否、スポーツであるチェスをやるためだ。俺の唯一と言っていい趣味であるチェスをするためだけに小遣いをため、スマホを購入した。チェス以外のアプリは入れておらず
、立花のうるさいメッセージに妨げられることもない。今日も人生をチェスに捧ぐ覚悟を固め、チェスアプリを開く。間もなく相手との死闘が開始され、俺は見事に勝利を収めることができた。その後も何回も死闘が繰り広げられ、いつの間にか深夜になっていた。今さら食事をとるのも面倒なので、入浴だけ済ませて寝ることにする。もちろん、入浴はシャワーで済ませる。手短にシャワーを浴びた後、髪を乾かしている最中に意識が飛び、寝落ちした。
2
朝目を覚ますと、時計の短針が七を回っていた。早くしないと遅刻するので、大急ぎで着替えてパンを咥えローファーをはいて駆け出す。パンを咀嚼しつつ全力で街並みを駆け抜けていると、自転車に跨ろうとしている立花に出くわした。
「あっれれー、遅刻かな?北斗?」
「ああ、そうだよ!誰かさんはマイ自転車を持っていて羨ましいな‼」
「ふーん。それじゃあ、ジュース一本くれるなら後ろに乗せてあげるよ?」
「いやそれ違法行為……」
「へー、人の厚意を無下にするんだー。それじゃあもうしーらないっ」
立花は本当に自転車に跨ぐと、漕いで行ってしまった。どんだけ薄情なんだ、あいつ。あとで絶対に懲らしめてやる。とにかく、今は全力疾走をしなければならない。少しでも気を抜た瞬間、遅刻という地獄が待っている。遅刻すれば立花から確実に弄られるから、絶対にそれだけは避けたい。そんなことを考えているうちに、学校の校舎が見てきた。もう少し頑張れば、俺は地獄から逃れられる。この調子で頑張れ、俺。
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