第3節 建国祭

 次の日、私たちは王都へと向かった。


 魔族の服は目立つので、ルクスが用意してくれた服を着て外へ出る。

 山を下るのも、ルクス以外の人間に会うのも久しぶりだったので緊張した。


 近くの村から王都へ連絡する馬車が出ているらしく、それに乗って行くらしい。

 私たちと同じように建国祭に向かう人が多く、馬車の中はかなり混み合っている。

 こんなに大勢の人間に囲まれるのは初めてだ。


「そう固くならなくても大丈夫だよ。今日は人が多い。誰も僕たちには目を向けてない」


 隣のルクスがそっと耳打ちしてくれた。


 彼は目深に帽子を被り、メガネをかけていつもと雰囲気を変えている。

 勇者として知られている以上、万が一彼の存在がバレたら大騒ぎになるだろう。


 するとルクスは物珍しそうに私をまじまじと眺めた。

 何だろう。


「どうしたの」

「いや、本当の人間みたいだと思ってね」

「そうかな……」


 私は自分の髪の毛をそっとつまんでみる。

 魔族の特徴である尖った耳や頭頂部の二本の角、目立つ銀髪や赤い瞳の色を魔法で変化させていた。

 今の私はダークブラウンの髪の毛と黒い瞳の、どこにでもいる普通の村娘だ。


「君たちはみんなそんな風に外見をいじれるのかい?」

「かなり魔法に精通していないと難しいと思う。逆に、魔法に精通していれば人間でも同じようなことが出来るよ」

「僕もそれくらいの芸当が出来ればよかったんだけどね」


 外見を変えて暗殺を行った事例は数多くある。

 それ故に、高貴な身分の人間は刺客を見極める為に優れた魔導師を近くに置くのだそうだ。


 反対に魔族はその大半が人間よりも優れた魔力を持っているため、そうした騙し討ちはすぐ見破ってしまう。

 少なくとも、私はすぐに気付く。


「ルクスは魔法を使えないの?」

「あいにく簡単な魔法しか使えないんだ。魔法はずっと旅の仲間に任せていたから。その仲間とも、魔王城に乗り込む前に別れたけれど」

「……死んでしまったの?」


 恐る恐る尋ねると、ルクスは首を振った。


「僕が自分で言ったんだ。『一人で行く』って。魔王城への侵入はかなり危険だったから、万が一にも彼らが死ぬ姿は見たくなかった」


 ルクスは魔王を倒すため、たった一人で私の元にやってきた。

 人間軍の総攻撃に合わせたとは言え、魔族の大群がいる城内に単独で侵入したことになる。

 相当な覚悟と実力がなければできることではない。


 彼が私を生かすと決意した時、どんな心境だったのだろう。


 私が死を望んだ時、彼は悔しそうな、悲しそうな顔をしていた。

 同時に、どこか安堵していたようにも見えた。

 彼も本当は、誰も死なせたくなんてなかったのかもしれない。


「ルクスは誰に対しても優しいんだね」

「ただ甘くて臆病なだけだよ」


 世界で一番勇敢なはずの勇者は静かにそう言った。


 ◯


 数時間ほど馬車に揺られ、ようやく王都へと到着した。


 長く馬車に揺られていたこともあり、すっかり体が痛くなってしまった。

 そんな私の手をルクスは優しく取ってくれる。

 彼の手は温かくて大きい、剣士の手だった。

 手を握られると、心まで包まれるような気がした。


「行こう、ヤミ」


 馬車を降りて、辺りを見渡す。

 そこは先程までとは別世界だった。


「わぁ……!」


 思わず声が漏れる。

 装飾された高い建築物、精巧な技工が施された三体の女神の銅像、数え切れないくらい大勢の人々。

 街中で音楽が鳴り響き、紙吹雪が舞い、賑やかな声が平和を彩る。

 辺り一帯に様々な露店が開かれ、街を上げて建国を祝っているのが分かった。


 王都リディアの美しい街並みがそこにあった。


「どうだい、王都の感想は」

「とても綺麗。それにみんな楽しそう」

「国中の人たちが今日という日を祝っているんだ。今年は戦争が終わったから、特に盛大にやっているみたいだね」

「そんな場所に私が居ていいのかな」


 人間たちにとって今日は戦争が終わり何の憂いもなく建国を祝える待望の一日だったはずだ。

 魔王である私が立つのはやはり抵抗があった。


「バレなければ大丈夫だよ。僕たちは今日、誰の心にも陰を落としたりはしない」

「でも……」

「それに、君を連れてきたのは少しでも人間のことを知ってもらいたかったからなんだ」

「人間を?」

「僕らはお互いの文化を知らなすぎる。魔族にも人間の文化にも、楽しいものや、美しいものがあるはずだ。君には人間の文化を見て、触れて、感じてほしかった」


『人間も魔族も、お互いのことを知らなすぎる』

『誰かに言われたからではなく、自分で見て、決めなさい』


 ルクスの言葉は、時折死んだ父のものと重なる。


 もしかしたら、ルクスと父は似た境遇にあったのだろうか。

 父は魔王として人間と、ルクスは勇者として魔族と数多く対峙してきた。

 だから誰よりもお互いの種族について知り、人間と魔族が遠くない存在だと気付いたのかもしれない。


 ルクスに手を引かれ王都の街を歩く。

 音楽や歌に耳を傾け、時には二人で踊りもした。


 露店で売られている食べ物は魔族の暮らしでは見ることの無かった物が多く、パンに野菜やお肉を挟んでドレッシングをかけた食べ物は思わず目が輝いた。


 道行く人たちの服装も華やかで、見たことない意匠のものも数多く存在している。

 魔族のものより凝った刺繍が施され、人間の技術力を感じた。


 変装した私たちを勇者と魔王だと気づく人は誰一人としていない。

 ここは私にとって敵国のど真ん中のはずなのに。

 いつの間にか私は時を忘れて王都の建国祭を楽しんでいた。


「ヤミ、楽しいかい?」

「うん。すごく楽しい」


 私は目を輝かせる。


「君のそんな顔は初めて見るね」


 どんな顔をしていたのだろう。

 我ながら少しはしゃぎすぎたかもしれない。

 ペタペタと自分の顔に触れ、顔が熱くなるのを感じた。

 そんな私を見てルクスは可笑しそうに笑う。


「魔族はこんな風にお祭りをしないのかい?」

「すると思うけど……私は父様が――先代魔王が死んでからほとんどお城から出られなかったから、一般的な魔族の文化にはあまり触れられてないの」


 私が魔王城で許されたのは、最低限の教育を受けることと、自分の身の回りの世話をすることだけだった。

 新たな魔王がまだ幼子であることを漏らさないため、城下町に降りることも許されなかった。

 だからこんな風に街を見て回れるのは、私にとってとても新鮮な体験だ。


 はしゃぎすぎたのを誤魔化そうと周囲に目を向けると、旅芸人の姿が目に入った。


「ねぇ、ルクス。次はあそこに……」


 声をかけようとして振り返ると、横に立っていたはずのルクスの姿がない。

 慌てて周囲を探すと近くの露天商の前で立ち止まる彼の姿があった。


「何を見てるの?」


 近づいて視線を追うと、そこにはたくさんのアクセサリが並べられていた。

 指輪、ピアス、ブレスレット、ネックレス。

 色々なアクセサリに装飾された鉱石が、彩り豊かに輝いている。


 アクセサリを見るのは初めてでは無かったが、こんなに種類があるとは思わなかった。


「国の職人が造ったアクセサリだよ。色んな鉱石が用いられているんだ」

「綺麗だね。それに強い魔力を感じる」

「鉱石は魔力の結晶だからね。色や硬さなんかで、かなり特色が出るんだよ」


 するとルクスは何かを懐かしむように、そっと目を細めた。


「実は僕の弟もアクセサリ工房を開いているんだ」

「弟がいるの?」

「ああ。双子の弟でね。辺境にあるトリトの街に住んでる」

「どんな場所なの?」

「王都と違って穏やかで、暮らしやすい街だよ。自然が豊かで、景色もキレイで、鉱石が採れる名産地でもあるんだ。僕の生まれ故郷さ」

「ルクスの生まれ故郷……」

「いつか君も連れて行けるといいんだけどね」


 ルクスはそう言うと立ち上がり、そのまま店を後にした。


「買わないの?」

「ちょっと故郷のことを思い出して懐かしくなっただけだから」


 目を伏せるルクスの表情はどこか寂しそうに見えた。


 彼も本当は故郷に帰りたいのかもしれない。

 もしルクスが私を助けずに首を跳ねていたら、今頃は故郷に帰って家族と暮らしていたはずだ。

 英雄として讃えられ、穏やかで平和な日々を過ごしていただろう。


 でも、そうはならなかった。


 彼は哀れな魔王を見捨てられずにいる。

 戦争が終わった今、そこまでする価値なんて私にはないはずなのに。

 本当にこのまま、ルクスと一緒に居ていいんだろうか。

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