第4節 交わした約束
心に立ち込めた
空が茜色に染まり、夜の訪れが近づく。
祭りも佳境に入ったらしく、王都はより一層賑わいを見せていた。
すると、ルクスが高台へと繋がる階段を指さした。
「こっちに来て。君に見せたいものがあるんだ」
案内された先は王都を一望できる場所だった。
辺りには私たちと同じように山際に沈む夕日を眺める人たちがいる。
王都でも人気の場所なのだろう。
「見せたいものってこの景色?」
「それもあるけどね。他にもあるんだ」
「他にも?」
「すぐ分かるよ」
ルクスはリラックスした様子で手すりに体を預けている。
私は彼の隣に立ち、王都の街を見下ろした。
祭りの喧騒がどこか遠く、街を照らすランプが幻想的なオレンジの光を放っている。
初めて見る光景のはずなのにどこか懐かしい感じがした。
魔族は魔法で街を照らすから、こうした自然な景色は人間ならではのものだ。
「最初、魔王がどんな存在なのか予想できなかった」
ルクスがポツリと溢すように話し出す。
「たった一人で国一つ滅ぼせる魔族の神だと聞いていたからね。地獄の化身のような存在じゃないかと思ってたんだ。だから君を見た時、本当に驚いた」
「私がまだ若かったから?」
「外見や年齢もそうだけれど、それより君の心に驚いた」
「心?」
「確かに君の中にはとても強い力がある。けど心は普通の女の子だった。そして君はずっと、怒りや憎しみを一人で背負おうとしていた。魔王と言うにはあまりにも繊細で優しい心の持ち主だと思った」
「私はただ……諦めていただけだよ」
一人で背負おうとしてたなんていうのは、ルクスの過大評価だ。
私は何も出来ない己の無力さを呪い、人間に恨まれることを受け入れ、ただ利用されるだけの人形になっただけなのだから。
しかし彼は「いや」と私の言葉を否定する。
「君は背負おうとしていたよ。そして背負った重荷と共に消えようとした」
「でもあなたは受け入れなかった」
「許せなかったんだ。君が一人で死んでしまうことが。悲しい笑みを僕に刻んだまま、いなくなってしまうことが」
「じゃあルクスは、私を断罪するつもりで生かしたの?」
「最初はそのつもりだった。……でも、今は違う」
「えっ?」
どういう意味だろう。私が尋ねようとしたその時――
大きな火の花が空に打ち上がった。
何発も、何発も、炎でできた巨大な花が天に咲き誇る。
弾ける度に音が体にぶつかり、骨まで響いた。
辺りにいる人間たちが、次々に歓声を上げる。
星が瞬き始めた藍色の空に咲く色とりどりの花は、息を呑むほど幻想的で美しかった。
「綺麗。これは魔法……じゃないよね」
「花火だよ。火薬を使って作るんだ。これを君に見せたかった」
ルクスはそっと私を見つめる。
「確かに魔族の侵攻によって多くの人が死んだ。でも、死んだのは人間だけじゃない。争いを望まない魔族の街を略奪した人間もたくさんいたんだよ。人間も魔族も戦争で苦しんだ。そして君もその一人だった。君を憎む人はいるかもしれない。けれど、受け入れる人もいるはずだ。だから君には、生きていて欲しいと思った」
「ルクス……」
「ヤミ。手を出して」
言われるがまま手を差し出すと、彼は自分の手から外した指輪を私の右手の薬指に
指輪には夜空のように深い青紫色の鉱石が輝いている。
「僕が街を出る時に弟が作ってくれたものだ。迷った時に導いてくれる力がある。これを君に渡したい。この指輪は僕を何度も助けてくれたから、きっと君も助けてくれる」
「どうしてこれを私に……?」
「魔王は死んだ。だから君にはもう苦しみのない、ヤミとしての幸せを見つけて欲しい」
ルクスが故郷に帰らず私と一緒にいてくれたのは、憐憫でも復讐でもなく、私を幸せに導きたかったからなのかもしれない。
「ルクス、ありがとう」
花火の輝きが、ルクスの優しい笑みを照らし出す。
その笑顔が、私には光に思えた。
真っ暗な場所に不意に射し込んだ、陽だまりのような温かな光。
この光を失いたくないと心から思った。
ずっとこのまま二人で過ごしていければ良い。
ルクスといればきっと、幸せになれる。
そう思っていた。
ルクスが倒れたのは、それから二週間後のことだった。
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