作法その3 アウェイクニング・オブ・セト

 光が消えた頃にはこの俺、ラティアリス・アリスは色んな意味で変わっていた。


 頭から生える犬の耳。

 紫に変色した髪。

 腰から生える犬の尻尾。

 そして、熊の手ぐらい肥大化した手に剣より鋭い爪。

 どうやら、俺は人間じゃあなくなっちまったらしい。


 目の前にいる殿下(クソ野郎)を見据える。


「ひっ、ま、魔物が……」


 なんだコレ。

 なんかアイツを見ていると、見ていると途轍もないほど殺意が湧いてくる。


「自分を制御できないぐらいになぁッ!」

 俺の腕が振るわれる。


 グシュ……。


 ――巨大な手の巨大な爪が殿下の顔面に食い込んで……。


 グシャア!


 ――斬り裂いた。


「イヤァァァァァァ!」


 殿下は絶叫してその場に倒れる。

 顔の斬り口から目玉やら脳やらがドロドロと出てきた。


 死んだな。

 俺はそれを踏みつけて、周りの奴らにガンつけた。


「ゆ、許してぇ!」

 男たちは俺に尻を見せて、走って行った。


「あぁ、俺は許そう」

 でも……。

俺の手コイツが許すかなぁッ!」


 俺は再び腕を振るう――振るう。


 ギャァアアア!

 アアアァ!


 叫び声が響く――響く。


 イヤァァァ!

 やめてくれぇぇぇ!


 阿鼻叫喚が響く――響く。


 最早、この花壇には紫色なんぞ存在していなかった。

 一面、赤一色に染まっていた。


「おまえらみたいなクソ野郎はいいよなぁ! 殺せば殺すほどスッキリするッ!」


 ハハハハハッ……ハハハハハ、ハハハハハ、ハハハハハ!

 ハハハははは……。

 は……。


 * * *


 私の意識が元に戻ったのは、殿下とお仲間の方々の形が完全に無くなった後でした。


 血の海の中、私は一人――跪いていました。

 目の前の惨状。


 それをやったのが私だなんて信じられませんでした。

 けれども、紅に濡れた私の手が全てを物語っています。


「ごめんなさい……ごめんなさいぃぃぃ!」

 多分届かぬであろう懺悔を、私は号哭と共に発しました。

 ぴちゃん、ぴちゃんと私の目から落ちた透明な滴が血の海へと着地していきます。


「何事だッ!」

 遠くの方から声がいたしました。

 それが学校の警備兵のものであることは瞭然でした。


「ま、マズイ……」

 あろうことか、私は立ち上がってその場から走り去ってしまいました。

 この時の私は気が動転していたのです。


 ここで私が皇太子殺害の罪で捕まってしまったら、アリス男爵家は取潰しになるでしょう。

 そうなると、祖父の功績もパァーになりますし、なにより、この件が理由されて、被差別民族の虐殺まで始まってしまうかもしれません。


 そんな思いに私は支配されていました。

 そんな思いが私の足を動かしていました。

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