Under the storm

達見ゆう

前編 嵐の時にだけ見えるもの

「梨乃! また、外へ行くの!? 危ないって何度も言っているでしょ!」


「大丈夫、玄関先から外を見るだけだから」


「部屋の中でもできるでしょう、濡れて風邪ひくわよ」


「いつものようにすぐお風呂へ入るよ」


「まったくもう、嵐だか台風マニアになってしまったのかしら。もうそういうの研究したら」


「それもいいかもね、でもとりあえず見てくる!」


 母の制止を軽く振り切り、梨乃は玄関の扉を開けた。

 母も梨乃の行動には困っていたが、彼女の言うとおり玄関の外から上を見上げているだけだとわかっているので、このやりとりはもはや定番となっていた。

 とはいえ、落雷の恐れもあるから母としては少し心配である。


 一方、梨乃にはわかっていた。嵐が来ても雷は自分には“彼”が雷を落とさないという確信が根拠はないがあった。


(あっ、今日も飛んでいる)


 傘だと空がよく見えないのでレインポンチョのフードを少しあげると『彼』が飛んでいるのが見えた。いや、性別があるのかわからないから彼女かもしれないがとりあえず梨乃は彼を『龍神様』と呼んでいる。


 嵐の時に彼が飛んでいると気づいたのは去年の台風の時だ。あの時は学校帰りに振られてしまい、友達の葉月ちゃんと適当なコンビニの店内で雨宿りをしていた。


「ひどい土砂降りだね。早く止まないかな」


「梨乃ちゃん、台風が来るかもとママが言ってたからこれ、止まないかも」


「ええ!? ちょっとママに電話してみる! 傘持って来てくれるかも」


 梨乃は親からキッズケータイも持たされていたが、かけてみるとやはり仕事中で抜けられないと言い、「台風が来るから雨宿りするより多少濡れても早く帰りなさい。今回だけはカードで葉月ちゃんの分のビニール傘を買ってもいいから」と言われてしまった。

 確かに傘を買えるだけのプリペイドカードはこっそり持たされていた。お菓子を買ってしまいたいこともあったが、月に一度チェックされるからそのまま大事にしまってある。


「葉月ちゃん、ママが傘を買っても良いって。途中までそれで帰ろうよ」

 梨乃がそう云った瞬間に雷の閃光が走った。


「きゃっ!」


 葉月はびっくりして目をぎゅっとつぶって縮こまってしまった。梨乃は空を見ていたままだったが、雷光の中にあるシルエットに気づいた。


「葉月ちゃん! 光の中に何かいた!」


「何がいても雷は怖いよ。それより梨乃ちゃんママの言う通り、コンビニで傘を買って帰ろう。梨乃ちゃんママにはありがとうと伝えておいて」


 すっかり葉月ちゃんは雷で怖くなって梨乃の言うことをほとんど聞くつもりない。

 梨乃としては童話に出てくる竜みたいだったとかもっといろいろ話したかったが、雨が強くなってきたので雨宿りしていたコンビニの店内に入り、二人分の傘を買って帰った。


 家に帰って身体を拭き、着替えて落ち着いたら改めて空を見る。見間違いでなければあれは龍だ。でも飛行機よりも早く飛んでいたらもう見えないかもしれない。


「龍だから嵐で減速、なんてことはないよね」


 諦めきれずに観察するとまた雷鳴が轟いた。そして梨乃は見つけた。


 昔話に出てくるような龍が空を飛んでいる。今度は見逃さないようにしているとまるで台風の動きに合わせて旋回しているようにも見える。


「龍神様だ」


 梨乃は思わず呟いた。民話の世界だけと思っていた龍神が空を飛んでいる。梨乃はうまく言えなかったが神々しいと感じていた。

 でも誰も騒がない。タブレットにも家族や友達のライム、SNSにも誰も龍神のことは書いていない。


(もしかして私しか見えていないの?)


 なぜ見えるのかわからない、そしてこの手の話は言っても誰にも信じてもらえないのが定番だ。


 梨乃はとりあえず自分の秘密にしようと決めた。飛行機と同じくらいの高さを飛び続けるあの龍神といつかお話できたらいいなと思いつつ、それからは嵐や荒天の度にずっと龍神を眺めるのが梨乃の楽しみとなった。


「頑張ってー! 『嵐』さーん!」


 梨乃は龍と呼ぶとおかしいと思われるから表向きは嵐を観察することが好きな女の子として、「嵐」と名付けてまるで推しに対するような声かけや手を振ることもしていた。


 だが、まあ、それでも充分に奇妙に見える訳であり、梨乃の母親も「なんでアイドルではなく天気の嵐にはまるのかしらね」と嘆くのであった。

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