第14話 フェリス・シルベストリ

それから二日後、大量の生活物資を牽引して、四人は再び上陸した。

前回の轍が残っているので、それをたどって進む。集落に着くと、すぐに変化に気づいた。前回はぼろを纏っていたイヌビトたちが、派手な模様の服を着ていたのだ。初回のプレゼントは一度イヌビトのオサに渡ったのち、集落全体に行き届いたようだった。イヌビトたちの様子を見て、町が発展しているようでうれしかった。


戦闘車を見かけたイヌビトたちは、ぞろぞろと後を付いてきた。ひとまずオサの家の前の広場に停車して、全員降車すると、中からオサも出てきた。前回とは違い、イヌビトたちはルルアとスー、さらにマーザに対しては、やけに丁重に対応している。逆にサクロは、客人としての待遇ではあるものの他の三人に比べれば軽んじられているらしいことが態度で分かった。酒の飲み比べの結果かと思ったけれど、初対面のはずのマーザの方が自分よりも上の扱いを受けているのは理不尽だと思う。


オサに先日は渡していなかったアルコール飲料やライターなどを贈ると、返礼として干し魚や果物などをくれた。マーザは生肉と脳みその和え物が気になっていたが、言葉が通じない以上、どうすることもできず、サクロを睨んでいた。

なぜオレを睨むのか、理不尽すぎると思う。


交換を終えて、戦闘車を往来の邪魔にならない集落の端の方に移し、そこをキャンプ地に定めた。

「キャンプなんて子どもの時以来かも」

「こういう休暇の過ごし方も悪くないかもね」

マーザとスーの二人は、椅子やテーブルを設営して、炉の準備まで始めた。その間、ルルアはロボットのフェリスの起動準備をしていた。


ちょうどタイミング良く、キャンプにイヌビトの子どもたちが遊びに来た。初日にルルアがラムネ菓子をやった子どもたちのようだ。身振り手振りで、菓子をねだるので、ルルアはまた菓子を渡した。子どもたちが菓子に夢中になっている間に、フェリスを子どもらの輪の中に入れてみると、子どもたちは最初こそ少し戸惑ったものの、すぐに慣れて一緒に遊び始めた。リアルな人間よりもこっちの方がいいというルルアの考えは当たりかもしれない。


ロボットのフェリスは遊びながら言葉を学習していった。早速、「これの名前は何?」に相当する表現を覚えたようだ。フェリスのスピーカーからイヌビト語が流れ始めると、フェリスがイヌビト語を話すことができると知り、子どもたちは驚いている。


どうやらフェリスが言葉を覚えようとしていると察した子どもたちは遊びを中断して、尋ねられるままに物の名前を答えていた。フェリスはロボットなので一度覚えたことは忘れないし、疲れを知らない完璧な生徒といえる。子どもたちは妹や弟に言葉を教えるような感覚が楽しいのか、ずっと話しかけていた。中には、わざわざ家に帰り、いろいろなものを持ってきて、道具の名前を教えている子もいた。


サクロとルルアはそれをつかず離れず観察していた。イヌビトの性別はあまり気にしていなかったけれども、性別はどうやら二種類あって、女性と思われるイヌビトの方がよく相手をしているように思えた。


その夜、キャンプ地に大人のイヌビトたちがやって来た。立ち退かせにきたのかと思ったが、食料を届けにきてくれたようだ。お礼として酒を渡す。女三人は、あぶった干し魚を肴に酒を飲んで寝た。


そうやって思い思いに過ごし、三日も過ぎた頃、フェリスは不自由なく子どもたちと会話できるようになっていた。大人のイヌビトと会話させたところ、わずか三日ほどで言葉をマスターしたフェリスに驚いていた。フェリスがイヌビト語を学習した結果、どうやらイヌビト語は人間には聞こえない周波数成分を多く含んでいて、聴覚強化や機械での補助をしない限り、人間にはマスターできないらしいことが分かった。

フェリスの仕上がりは上々とみたサクロたちは、フェリスに通訳をさせてオサたちと情報交換をすることにした。


サクロはルルアとフェリスを連れて、オサの船家まで歩いて行った。中にはオサの他に四、五人のイヌビトが集まり、何か相談をしていたようだ。


サクロが挨拶と名前を述べ、それをフェリスが即座に通訳する。オサはキュワワーンというような鳴き声を上げ、フェリスがそれを銀河標準語に変換してサクロたちに伝えた。

それによれば「言葉が話せたのですか」とオサは少し驚いたようだ。

「はい。あなた方の子どもたちが教えてくれて、覚えたのです」

「そうでしたか。では改めて自己紹介をしましょう。ワシの名前はKOHA。ここのオサです」

イヌビトはKOHAと名乗ったが、固有名詞の部分は翻訳不能なので、フェリスもそのまま発音していた。KOGOともGOROとも聞こえるので正確には分からない。ひとまずオサをコハと呼ぶことにした。


「あなたがたはどこから来られた?」

コハの質問に対し、「ギンガレンゴウケイザイキョウリョクキコウからです」と答えると、「それは何ですか」と返ってきた。それで、相手の語彙にない言葉は翻訳できないので通じないことが分かった。

「星の向こうの世界にある国々のことです」

「ほう、そんな遠くから。どうりで見たことのない姿をしていると思いました。ワシも初めは、あの幽霊船の水主たちかと思いました」


「幽霊船?」

「見たことのないおかしな形の船です。数年前に突然現れて、さまよい続けています。近づけば雷のような音と共に弾を飛ばしてくるのです。人影も煙も見えず誰も乗っていないようなのに、船だけが走っているのです」

「なるほど」

方舟メルビレイのことだと直感した。

「ですが、近頃では若い者の中には面白がって、幽霊船を真似て船を作るものもいるのですよ。意外に出来がよく、それで島を渡るものも多いので、助かってはいますが奇妙なことです」

「そうですか」とだけ言って、幽霊船を沈めたことはいわなかった。


「ところで、コハさん、このワクセイの名は何というのですか?」

「ワクセイ?」

「はい。この大地も海も、一つの大きな球をなして、宇宙に浮いているのです。その名を知りたいのです」

「なるほど。宇宙に浮いているというのは、にわかには信じられないが、確かに船がある程度沖にでると見えなくなるのが不思議でした。世界が丸いと考えれば、なるほど、その通りかもしれません。しかし、特に名はありません。大地は大地、海は海ですから」

サクロたちはこの惑星をマックスcと呼んでいたけれど、あくまでもそれは仮称のつもりだった。原住民の使っている呼称に変更する予定だったけれど、どうやらそれはないらしいので引き続きマックスcと呼ぼうと思った。それに、原住民の言葉は人間にはあまり聞き取れないし、発音することもできなかったので、名称があったとしてもマックスcで決定することになりそうだ。


「では次は私がサクロさんに質問する番ですね」

先日の飲み比べといい、互いに順番にやり合うのが彼らのルールのようだ。おとなしく従う。

「あなた方の目的は? 贈り物だけが目的ではないでしょう」

そう言って先日送ったばかりのライターで、タバコのようなものに火を付けて吸い始めた。


「はい。私たちは交易を望んでいます。そしてその拠点とする港を新しく作りたいと考えています」

最終目的は、リゾート開発を行い、イヌビトたちを雇用することだけれども、それを直接的にいうと誤解を生みそうだったので、曖昧な表現にとどめた。

「それなら南の海を目指しなさい。南の海にはホボフという島がある。そこはホーゲルも少ない。あなたがたに干渉するものはいないでしょう」

「ホーゲル?」

「我々のことです」

イヌビトたちは自分たちのことをホーゲルと呼んでいるようだ。

「分かりました。ありがとう」


その後、イヌビトのコハは壁に掛けてある海棲動物の牙の説明をして、たくさん話して疲れたからもう休むと言って他のイヌビトにこの場を任せて奥の部屋に入っていった。

場を任されたイヌビトは、「酒席を用意したので、ゆっくりしていくといい」と言って、酒を勧めた。そういうことなら、とサクロはキャンプ地にいるマーザとスーに、「例の生肉料理が食えるぞ」と連絡をして呼び寄せた。

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