第12話 飲み比べ

すぐに集落に着いた。事前に確認したとおり、船のような家が点在している。杭をV字に打ち、古い船をそれに挟むように乗せてはしごを付けたものもあれば、船底を地面に埋めたような船の家もある。


やがてひときわ大きな船家に案内された。家の周りもよく手入れされていて広場のようになっており、オサの家か、宗教的な神殿だろうと思った。広場では多くのイヌビトが集まり、地面からは煙が上っていた。匂いから料理をしているようで、どうやら地中に炉があるようだ。


船家の中に入るよう促されたので、いったんヘルメットのインカムでルルアたちと連絡を取って相談する。相談の結果、ナウラス大尉は戦闘車に残り、ルルアとスーの二人が降車し、サクロと合わせて三人で船家に入る。


中は薄暗く、テーブルや椅子などの家具の類はない。何人ものイヌビトが板ばりの床の上に車座になって座っていて、独特の香ばしい臭気が充満していた。魚の脂から作った灯りのせいだろう。


奥に座っていた小柄なイヌビトの前に座るよう促されたので、それに従う。そのイヌビトに、サクロたちからの贈り物の箱が渡された。小柄なイヌビトは箱の中をチラリとのぞいたあと、サクロたちに向かって何か喋っていた。あいかわらず翻訳機は沈黙したままなので何を言っているのかは分からないけれど、おそらく礼を述べているのだと思った。


イヌビトは今度は壁に掛かったなにかの角か牙かを指さして、説明を始めた。それが終わると、次はその隣に掛けられた仮面や、置かれた置物を指さして、また何事かを説明し始める。三人は聞いている振りをしていた。


そうこうするうちに、直径五〇センチはある木の大皿に盛り付けられた料理が次々と運び込まれた。サクロたち三人は、壁際に移動するように促されて壁際に移った。

皿がイヌビトたちの輪の中心に並べられる。料理のいくつかには、魚釣りで見たことのある魚も混ざっていた。白濁した液体で満たされた杯が渡された。匂いからアルコールらしい。やはりこの星にも酵母がいて、イヌビトも酒を嗜むようだ。


雰囲気から察するに、どうやら祭の最中だったようだ。おそらく贈り物の礼として、客人待遇で急遽招かれたのだろう。

イヌビトのオサがなにやら挨拶をして酒を飲むと、みなそれに続いたので、サクロたちもおそるおそる飲んでみる。かなり素朴で甘口の酒だった。そうして宴会が始まり、イヌビトたちは目の前の料理を手づかみで食べ始めたので、サクロたちもそれに倣って食べ始めた。


海で獲れた魚や、果物、木の実、豚肉のようなものなどが並んでいるが、味付けはどれも塩味で、よく言えば素材の味を生かした味と言えるし、悪く言えば単調な味だった。サクロは食中毒などが起きたときに原因を特定するため、少しずつ容器に入れて持ち帰ることした。


「これ、おいしい!」とスー・ラ・マルジャーニ中尉が皿を引き寄せてルルアたちに勧める。動物の赤身の上に白いなにかが乗せられている。

「本当だ、おいしい!」

ルルアは早速ひとつまみして口に入れた。

「動物の生肉に、上に乗ってる白いのは何だろう?」

「味と舌触りからすると、茹でた脳みそかな。サクロさんもなにかの生肉と脳みそ和えどうぞ」

「ありがとう。でもおなかいっぱいだから」

スーが笑顔で勧めてくれたけれど、気持ち悪くて手が伸びなかった。そんな得体の知れないものをよく食えるなと思う。


そのうちイヌビトの一人がサクロの前に座った。酒の入った甕を無言で二人の間に置く。互いに言葉が通じないことは分かっているから、一献やりながら語り合おうということではあるまい。どちらが多く飲めるかの勝負を挑まれているに違いない。

サクロは酒が呑めないわけではないけれど、嗜む習慣もなかったし、好きでもなかった。なので、付き合うつもりはなかった。それは相手に伝わったようで、イヌビトはつまらなさそうな顔になる。


とはいえ、祭の席でそれも野暮かと思い、隣のルルアに助けを求めた。

「ルルア、酒は好きか?」

「え? まあ、嗜む程度には」

「それはよかった。こちらの方に付き合って差し上げろ」

「え? はあ」

ルルアは事情が分からず、生返事をしている。サクロは身振り手振りで、隣のヤツが相手をすると伝えた。イヌビトは理解したようで、空の杯で酒を掬い、まず自分で飲んでみせた。

「おお~、いいのみっぷりですね」とルルア。イヌビトは空にした杯で再度酒を掬い、今度はそれをルルアに突き出す。ルルアはそれを受け取り、ぐいっと飲み干した。イヌビトは愉快そうに笑い、ルルアから杯を受け取る。酒を掬って、再び自分で飲んだ。

そんなやりとりが十数回繰り返されたところで、イヌビトに限界が訪れ、突っ伏した。いつのまにか二人の周りには大勢が集まっていて、大歓声が起こった。


甕にはまだたっぷり酒が残っていて、別のイヌビトがルルアの前に座る。

「え? まだやるの? もうおなかたぷたぷだよ」

「じゃあ、代わってあげようか」とスーがルルアから杯を受け取る。すると再び歓声が起こった。スーは酒を掬い、飲み干して、ルルアたちと同じように交互に飲み合っている。やがてイヌビトの方が倒れると、歓声というよりも信じられないというどよめきが起こる。


イヌビトが信じられないのは無理もない。ルルアやスーは、遺伝子操作により肝臓の解毒機能が強化されて、アルコールや毒物をたちまち二酸化炭素や水などに分解して無毒化することができる。酔うことができない体だった。もちろんサクロもそうであり、彼が酒を飲まないのは単に味が好きではないからだ。


ルルアとスーは、たびたび飲み比べを挑まれ、そのたびに返り討ちにしていったので、やがて誰も挑まなくなったところで朝になり、宴会はお開きとなった。

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