第11話 イヌビト

嵐に遭遇したものの、平穏で退屈な航海が一週間ほど続き、ようやくクマ大陸が見えた。その海岸沿いに船を走らせる。数日で目的の港を見つけて、沖に停泊した。視覚欺瞞迷彩のため、船は空に溶け込み、陸から船の姿はまったく見えないので、原住民に気づかれる怖れはない。


「錨、レッコ用意」

「錨、レッコ用意完了」

「レッコー」

「レッコー」

「レッコー!」

「上陸する前に偵察を行います。スー、ドローンの発進を」

「アイサー!」


マルジャーニ中尉は、港にドローンを飛ばして偵察を行う。ドローンのカメラからの映像が戦闘指揮所内のモニタに大きく映される。

港には大小様々な板張りの船が泊まっていた。洗練された帆船も多く、木をくり抜いただけの原始的な刳船はぜんぜん見当たらない。大型の帆船には、撃沈したガレオン船に似た雰囲気を感じる。どうやらそれなりの造船技術を持っているようだ。


ドローンをさらに陸地に進ませて観察を続ける。マックスcには、大陸とまでは呼べないほどの大きさの島が五つあり、どこも降水量が多く、密林に覆われていた。

そのため樹冠よりも下でドローンを飛ばさないと、木々しか見えない。ふと、樹冠の切れ目に、大型の木造船のようなものが点在しているのが見えた。どの船も壁に板を張り、屋根は木の皮で拭いてあるようだ。そして日なたには、大型の犬のような動物が何頭も寝そべっていた。


群生している木が邪魔で、あまり地上の様子が見えないので、原住民の姿を探すためにドローンの高度を下げる。ドローンの存在に気づいた大型犬たちが一斉に立ち上がった。よく見ると、木の繊維で作ったような服を着ている。

「そうか。彼らが原住民なんだ」とルルアが楽しそうに言った。

「他に人間みたいな生き物は見当たらないね」


マルジャーニ中尉はカメラを様々な方向に向けてコピー人間らしきものを探した。

「もっと原住民に近づいてみて」

ルルアの指示でドローンの高度をさらに下げた。

カメラでズームにした原住民は、皮膚が灰色の薄い毛に覆われて、尖った耳と付きだした鼻を持ち、猿から進化した人類とは似ても似つかない様子だ。方舟・メルビレイの人間再生装置で再生されたコピー人間ではないことは明らかだった。敵対的な方舟が生成したコピー人間だった場合、その殲滅命令が下されるだろう。だから、コピー人間が見当たらないことに、みな安堵した。

「コピー人間はいないみたい」


「ここは文明の発展レベルが低すぎるから、そういう意味でもコピー人間はいないだろう」とサクロが言った。事前の説明では、方舟には『彼ら』から譲渡されたエネルギー生成装置が搭載されている。そのため、再生されたコピー人間たちは誕生と同時に、無尽蔵の電気エネルギーを使用できるため、文明は一気に成長する。原住民たちの生活レベルはまるで青銅器時代のようであり、電気とはまったく無縁だ。

「あ、やばっ」

弓に矢をつがえる原住民を見て、スーは慌ててドローンを退かせた。


ドローンでの偵察結果を基にして犬のような原住民たちをひとまずイヌビトと呼ぶことにして、イヌビトと接触する準備を始めた。

かみそり、布、爪切り、ペットボトル容器など、誰もが欲しがるものを製造するように工廠衛星に指令を送る。イヌビトが言葉を持っているかどうかは知らないけれど、言葉が通じなくても、プレゼントをすれば信用を得られるというのはマニュアルに書かれた定石手段だ。


アルコールやインスタント食品も用意したかったけれど、イヌビトの嗜好や、タブー視されるものが分からないので、見送ることにした。イヌビトからすれば得体の知れない相手からもらった食べ物など、口にしたくないだろうし、アルコールに至っては致命的な毒になるかもしれない。それらは、イヌビトをもっと知ってからでも遅くはないと判断した。


話し合いの結果、イヌビトの集落に行くのは、サクロとルルアの二人と、それに護衛としてナウラス大尉と、車両を運転するスー・ラ・マルジャーニ中尉の二人の合計四人に決まった。ファルハ艦長とマーザ・バカラ中尉は艦に残って、衛星からの監視を続けることにした。


一両日のうちに、工廠衛星の無人工場でプレゼントの製造が始まる。

上陸に備えてサクロたちは自衛のための拳銃を貸与されたものの、使ったことがないというので、工廠衛星で物資が製造されている間に、射撃訓練をすることになった。サクロたちはシミュレーションルームで基本的な教育を受けたあと、甲板で実弾射撃の訓練を行い、習熟度を高めた。


一方で、スーたちは、水陸両用の装輪装甲戦闘車の整備を行っていた。

プレゼントの製造開始から丸一日が経過し、プレゼントの入った筒が宇宙空間から投下される。筒は逆噴射を行いながら、ピンポイントで甲板の上に着艦した。プレゼントを戦闘車に積めるだけ積み込む。それが終わると、四人は戦闘車に乗り込み、格納甲板からスロープで進水した。そのまま上陸可能な砂浜を目指してスクリュー推進していく。


砂浜が近づき、タイヤが底に着くようになった。窓の外は、恒星マックスの陽が降り注ぐ透明な海と島が広がり、青い空に木々が揺れ、本当に楽園のような場所だった。そのせいか、戦闘車がひどく不釣り合いに思えた。


スーは地上走行に切り替えて、木々の間を縫って集落を目指す。地面は砂か土で、凹凸も激しいが装輪戦闘車は問題なく走行していく。すぐにイヌビトに遭遇したので、スーは停車させた。


子犬のような顔つきの小さなイヌビトが五人集まって遊んでいたようだ。装輪戦闘車に気づいて驚き、転びながら逃げ、茂みや木の後に隠れた。

「私、ちょっと外に出てみます」

ルルアが後部ハッチのノブに手を掛けていった。

「危なくないか?」とサクロ。

「相手は子どもですよ。武器も持っていないみたいだし」

「でも爪とか牙があるかもしれないよ」

「スーちゃんは心配性だなあ。これがあるから大丈夫だよ」

手にはルルアのおやつのラムネ菓子が握られている。そしてルルアは後部ハッチから降車した。

「おいおい、菓子をやるつもりか? 中毒になったらどうする? 犬にキシリトールは毒だぞ」

「これにキシリトールは入ってないし、犬じゃないんで」


イヌビトの子どもはルルアの姿を見て少し距離を取ったけれど、好奇心に勝てなかったらしく、恐る恐るルルアに近づいてくる。

ルルアは子どもたちにラムネ菓子を一粒ずつ渡し、自分の口に入れて食べ物だということを示した。それを見て子どもたちもラムネを舌で少しずつなめ始めた。味を気に入ったようで、もっとくれとせがむ。ちょうど五個あったので、さらに一つずつあげて、もうないよとジェスチャーで示すと、子どもたちは走ってどこかへ行ってしまった。


ルルアは戦闘車に戻り、子どもたちが去った方向に進む。すぐに大人たちが現れた。狩りでもしていたのか、彼らは手に棒や弓を持っていた。しかし、構えていないので敵意はなさそうだ。


サクロはプレゼントの入った大きな箱を抱え、意を決して降車することにした。ナウラス大尉は車体上部に据え付けられている一二ミリ機関銃をスタンバイする。何かあったときに制圧するためだ。

「みなさん。こんにちは。私の名前はサクロ・ラウスフル。銀河連合経済協力機構から来ました」

イヌビトたちは困惑して互いに顔を見合わせている。ガウガウとかハフハフとか、言葉なのかも分からない声が聞こえてくる。ヘルメットに内蔵された翻訳機では言語を特定することができなかったので、連合にとってまったく未知の言語であるようだ。


「今日はみなさんと親睦を深めたいと思い、ちょっとした贈り物をご用意しました。気に入っていただけるとうれしいのですが」

そう言って、抱えた箱を地面に置き、蓋を開けると、大柄なイヌビトが前に進み出た。サクロよりも身長がある。イヌビトは箱の中をのぞいた。サクロは箱の中からロールした布を取り出し、派手な柄のプリントされた布生地を広げて見せた。原色がそのまま使われた抽象画のような模様だ。花柄のもっと可愛いものの方が良かったかと思ったけれど、その模様はかなり興味を引いたようで、遠巻きに見ていた他のイヌビトたちも集まり、あっという間に人だかりになった。


港町であれば、それなりに外との交流があり、異人との交流や新しいものに慣れていると予想していたけれど、どうやら目論見は当たっていたようだ。


はさみやカミソリといった便利な刃物や、透明なペットボトル容器に興味を示していた。手に取り、ためつすがめつ調べている。彼らの爪は円筒状で大きかったので、人間用の爪切りはまったく用を為さなかった。


やがてそれらを全て箱に戻して、最初に前に出たイヌビトが担ぎ上げ、身振り手振りでついてこいと示しているようだったので、歩いて付いていった。他の三人は戦闘車でその後を進んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る