深く、深く、落ちる、落ちる。

初瀬みちる

第1話 始まり始まり

 どこから語ろうか。

 彼女との出会いから語りたいという気持ちがないわけじゃない。でも、ことの本質はそこじゃない。僕が今こうやって、言葉を持って、センテンスを作り上げ、ここに記している、この事実が大事なのだ。彼女との出会いは僕の物語のスパイスであって、このセンテンスの作成に寄与しているわけじゃない。いや、これも正しい表現ではないかもしれない。これを書く動機であることには変わりないし、このセンテンスの選び方は全て彼女に影響を受けている。

 いつしか彼女は言っていた。「言葉が思考を定義する」と。言葉によって思考は形作られる。だから、言葉を待つだけ、使うだけ世界は広がる。世界はそんなものだという。言葉の最果てにようやく世界の様相が描くことができるし、重曹的に世界は構築されていることを知る。

 その点で、本というのは世界そのものに他ならない。両サイドを分厚い紙で綴じられ、その間にいく枚もの薄い紙が折り重なる。表紙から表紙にかけて広がる薄い紙はまさしく、世界であり、その中で登場人物たちは生活を広げる。描かれている以上に登場人物には世界が広がっており、僕らはそれを知ることはない。それでも、歩いた場面を切り取って、それを言葉と言葉でくっつけることができるのなら、それは物語と呼ばれるし、世界とも言える。つまり、世界とは物語であり、誰かが語ることでのみ世界は形作られる。

 なら、僕らは一体どんな物語のどんな登場人物なのだろうか。その語り手は? 誰のための物語? 言葉の最果てにあるのは表紙なのだろうか。僕らは物語なしでは生きていけない。誰かが語るから存在し続ける。それが許される。

 だから、僕は僕の物語を描く。そこに彼女というスパイスを加えてセンテンスを作り上げる。これ僕のための物語。言葉の最果てを探して、世界を作り上げる。でも、これはある一部分を切り取った事実でしかない。ここに真実はなく、その解釈であるから、僕だけの世界でしかない。彼女には彼女の世界があって、人には人の世界がある。だからこそ、僕は僕の物語を描く。僕だけの事実を描く。僕だけの彼女を描く。

 この物語は全体としてはバッドエンドなのかもしれない。世界は変わらないし、僕は失うだけ。でも、僕はこの物語をハッピーエンド伝えよう。彼女と過ごしたあの日々を僕は永遠と言葉の中で繰り返す。幸福に満ちたあの日々を僕は永遠と繰り返す。思考を制限されよともどんな言葉を植え付けられようともあの日々を僕はくり返す。永遠の中で僕は幸福に生きる。これはそんな物語。哀れな男の永遠の一幕。

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深く、深く、落ちる、落ちる。 初瀬みちる @Shokun

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