第一章 一幕

 平日の午後昼下がり。無事に週末の授業が終わり、私立平坂高校の校門には早く帰宅したくてたまらない学生達で溢れかえっていた。今か今かと校門を脱出し拘束から解き放たれた群衆の中、それらと同様に、しかし一際目立って背丈が百八十ほどある目つきが悪い男と猫背気味の、その目つきの悪い男よりも一回り程背丈が低い男が二人並んで歩く。目つきが悪い男の名は丹羽レオ、猫背気味の男の名は五代翼。二人はこの私立平坂高校の学生でありながら、親友である。

 ようやく校門を抜け出し、ミシミシと肩関節を鳴らしながら翼はあどけない足取りで帰路へと一歩を踏み出す側、それに応じるようにレオも翼に歩幅を合わせて歩く。

「ふぁあ。今週もやっと終わった~」

「あぁ」

気の抜けた翼の声に反し、レオはどこか少しけだるげな声を出す。

「そういえばラッキーなことに月曜日は創立記念日で学校が休みだよね。三連休、レオはどこか行くところある?」

「あぁ」

「あるんだ どこ行くの」

「あぁ」

「あぁって僕の話聞いてる?」

「あぁ」

「どっちなんだよもう」

聞き流すレオの前に立って翼は彼の顔の前で掌を振る。

「レオ?」

掌が顔面に近づいたところでようやくレオはうん?とあぁ以外の言葉を発する。

「生きてる?」

「死んでたら『うん』って言わねぇよ」

「僕の話聞いてた?」

「わりぃ。ぼーっとしてた。八割聞き流してた」

「二割は何を聞いてたんだよ」

コンシュウオワリ、サンレンキュウとロボットのようにレオは少しばかり耳に挟んだ翼の言葉を繰り返す。

「確かに二割くらいだね」

「だろ」

「で、三連休は何するの?」

「特に何も決まってねぇよ。強いていうなら筋トレとかか?」

「トレーニング、好きだよね。レオ」

「別に好きじゃねぇよ。ただ運動しねぇと体が訛るのが嫌ってだけだ」

「そんなんだったら帰宅部じゃなくて運動部入ればいいのに」

「人が組んだメニューやらされるのは嫌なんだよ。前にも言ったが俺は自分のペースでやりたいんだ」

「ふぅん。変にひねくれてるね」

「ひねくれてねぇだろ お前はどうなんだよ翼。人に予定聞くくらいなんだからなんかやることあるんだろ?」

「僕は土曜日は撮り貯めしていた特撮を見て日曜も朝早く起きて特撮を見るっていう大事な予定があるよ」

「そんなのお前にとったら毎週だろ。特別な用事はないのかよ」

「毎週末が特別なんだよ。物語には何一つとして同じ話はないからね」

「どっちがひねくれてんだか」

「あはは」

 二人並ぶと凹凸のような身長差だが二人の会話には山や谷はなく舗装された道を歩くように平坦なものが続く。平和な日常。戦争などテレビの中の御伽噺で戦いなど知らないのが当たり前な世界。そんな子供達の頭上を縫うように演習の一環だろうか。上空では軍用機が次々に飛び交っていた。

 

  同時刻、世界連邦南極本拠地 中央制御室。ここでは現在日本、東京都平坂市に上陸している不明生物についての対策会議が行われていた。

「現在の状況はどうなっている?」

年々疲れが皺に刻み込まれている、だが今年五十を迎えるにしてはその体躯が些か良すぎる男、世界連邦長官 ミコト・シキシマは資料を広げ対策を講じている局員達に声をかける。

「現在、不明生物熱源は平坂市一帯を取り囲んでいる模様です」

局員の一人が全員に聞こえるようにして声をあげた。

「どういうことだ?事前に耳にした話だとそれほど巨体ではないはずだ。対象の体長は二メートル前後だと聞き及んでいるが」

ミコト長官の表情に少しばかり影が宿る。しかし、それを気にすることなく対策を講じている局員の一人は淡々と説明をし始めた。

「長官の仰る通りです。実際には対象の不明生物は二メートル~三メートル程です」「ということは仕掛けていた熱源装置が何かで攪乱されている、ということか?」「恐らくは」

「長官、どういたしましょうか」

 また別の局員が周辺の地形が書き込まれた資料を覗き込むミコト長官へと声をかける。

「先程日本政府へ世界連邦命令措置として平坂市一帯に迎撃ミサイルの強制使用及び連邦軍アデリ―隊出撃の用を通達しました。日本政府はこれを受けて、ミサイルの使用を断固拒否すると共に平坂市から半径三十キロまでの住民の避難が完了するまで連邦軍の攻撃命令停止を求めています」

 戦後約数十年、これまで頑なに紛争を拒絶してきた彼らなら至極真っ当な判断であろう。だがしかし、これは世界の命運がかかっているのだ。了承してもらうしかない。ミコト長官は静かに瞳を二、三度瞬きしてから部下に命令を下すため口を開く。

「ミサイルの可否を決定するのは我らでありあくまで通達の用をしただけだ。ミサイルの使用は私が判断する。しかし、日本政府の言う通り住民の避難が最優先であることは間違いない。駐在する自衛隊、並びに連邦軍に住民の避難を優先させよ」「了解」

ミコト長官の指示を受け局員が直ちに作業を進める。そんな中、制御室中央に頓挫する大型スクリーンでは世界各国の国防長が集められ、論を展開していた。

「局長、ここは島国の住民の避難より我々の安全を確保するべきではないでしょうか?」

画面右端に映る小太りな中年男性、アメリカ国防長 ルドナルが声を発する。

「珍しく同意ですな。化け物が待ってくれるとは限らない。第一、これは貴殿達が過去に取り逃がした負の遺産だと聞いている。それを我々がわざわざ費用を捻出してまで回収させてあげているのですからここは我々の提案を受けるのが貴方の保身のためにも良いことではないかね?」

ルドナルの尻尾を追うようにしてルドナルとは対称的に病的なまでに痩せ細っている男、ロシア国防長 ルーシェンコが声を荒げる。大国の鶴の一声に反応し、そうだ、そうするべきだとスクリーンからは不安じみた声が飛び交う。しかし、ミコト長官はしっかりと首を横に振り声にする。

「国防長官殿、貴方方の言い分はもっともだが、ここは一つ。私に委ねることはできないでしょうか?ミサイルを一度飛ばせば東京は壊滅状態に陥ります。そうすると後々経済的打撃を受けるのは我々であることは自明の理です。どうか待ってはいただけないでしょうか」

「君の母の国だからそんな綺麗事が言えるのではないのかね?」

ルドナルがにらみを利かせてミコトを見つめる。

「いえ。恩国を思ってのことです。私の忠誠心はこの世界連邦にあります」

大きなため息がスクリーンから次々に聞こえる。一しきり息を吐く音が終わった後、堰を切らしてルーシェンコが声を上げる。

「成程。皆君の言い分はわかったよ。ミサイルはひとまず取りやめとしよう」

「ありがとうございます」

 深々とミコトは頭を下げた。

「その代わり」

ルーシェンコはミコト長官を一瞥し、毅然とした面持ちで会話を続ける。

「三十分以内だ。三十分以内に即刻避難を完了せよ。今から三十分後の日本時間にして十七時きっかりに連邦軍 アデリ―隊が大規模制圧作戦を始める」 

「なっ……」

そんな無茶なことを。深々と頭を下げた男の拳からは悔しさで血がにじみ出ていた。

 

「ひとまず、溜まった課題を消化しないといけないね」

高架橋の階段を降りながら翼は同じようにして階段を降りているレオに話しかける。「そうだな。今週も数学の量が尋常じゃないからな。めんどくせぇ」

一つ二つと右手で課題の数を数えながら一段飛ばしでレオは階段を降りる。

「めんどくさいのは仕方ないよ、レオ。僕らも来年は受験生だからね。来年楽ができるように今のうちにしっかりと溜を作っておかないと」

「翼、二年三学期のことを三年ゼロ学期って言う教師みたいな発言はよせ」

「あははは。いるよねそう言う人。言われてみればちょっと似せたのかも」

「言われてみればって」

階段を無事に下り終え二人は平端な道をまた歩き出す。


否、歩き出そうとしたのだった。


ウーッ。ウーッ。ウーッ


途端に響き渡る今までに聞いたことのないサイレン。

「何?」

「なんだろう?携帯も鳴ってるね。」

翼もレオもほぼ同じタイミングでポケットにしまい込んでいた携帯を取り出す。「何々っと……うわっ!なんかどっかでテロだってさ」

先に情報を確認した翼は並んで歩いているレオを見た。

「テロ?」

聞き返すレオにうんと翼は相槌を打つ。

「怖いね」

「怖いな。日本かそれ?」

「多分。えぇっと場所は東京都ひらさかし……」

「は?」

日常に安堵していたレオの表情が途端に険しいものへと変わる。

「え?平坂?ここ?」

レオと翼は互いの持っている情報を確認するかのように顔と携帯を交互に見回す。「じゃあそれじゃぁ……」

呆然と立ち、正面を眺め続ける翼に見かねレオが大声を出す。

「ぼーっとすんな翼!すぐ逃げるぞ!」

「逃げるってどこに?」

「なるべく平坂から離れれば問題ないはずだ!急ぐぞ!」

「足じゃ限界があるよ……」

「それでも進まないよりかはマシだ!行くぞ!」

もたつく翼の手を取りレオは走り出した。

 

  二人が逃げるのと同様、大勢の人々が平坂市で大規模に行われているというテロの情報に泳がされ四方八方を逃げ惑う。本来避難誘導をするべき警察や消防の手には負えない程パニックに陥った民衆は既に大規模な交通渋滞や事故を起こし始め、テロを直接目にせずとも辺りは騒然としていた。

「も、もう限界かも」

車が駄目なら徒歩でと歩道も大勢の人でごった返しになり、おしくらまんじゅう状態になっている中、翼とレオも人と人に挟まれながらなんとか歩を進めていく。

「確かに、これはきついな」

大粒の汗が額から流れる中、手でそれらを拭いながら翼を見失わないようにレオは何とか足を前に出す。

「レオ、大通りを止めて別の道で行くのはどうだい?」

「こんなに詰まってりゃ、流れに逆らって側道に出るのもドミノ倒しの元になってあぶねぇから反対だ」

「確かにそうだね。でもここから先ずっとこれだと体が煮え切りそうだよ」

「一応は進んでる。そのうちテロも軍隊だかが鎮圧してくれて直ぐに解消されるさ。一時も一時。数時間の辛抱だろ」

「だといいんだけど……」

「ニュースとか、ネット、翼はよく見るだろ。それで今出てる情報を確認したらいいんじゃねぇか?」

「それができたらこうして頭を抱えないで済むよ」

「なんかあるのか?」

首を傾げるレオに翼は自身のスマートフォンの画面を見せる。

「今、ネットを開こうと思っても回線が混み合ってるせいか開けなくて」

空白ばかりが目立つ画面を何度か翼はつつく。

「マジかよ。じゃあこのまま誰かが『終わりましたよ』っていうまで永遠にこれが続くって訳か」

「うん。そういうことになるね」

「しゃあねぇな」

「仕方ないね」

レオと翼はお互いに顔を見合わせて笑いあう。

「そんじゃ、今日の飯でも考えとくか。どっかで食って帰ろうぜ。流石に飯食うまでには帰れるだろ」

「いいねそれ。僕サイザーがいいな。ドリアとパスタ食べたい」

「安いしありだな。そうすっか」

翼が了解と意思表示で相槌を打つ。


ドォーン、ドォーン、ドォーン


「何だ?」

「何の音!?」

今まで聞いたことがない大きな地鳴りのような音が二人の耳に入る。

頭を巡らせているうちにまた二度、三度大きな間延びした建物が瓦解するような低音が周囲に響き渡り、誰かのテロだ!という声が聞こえる。

途端に悲鳴や焦燥が聞こえ始め、早く進めと怒号が聞こえる。無理矢理押し進められる人達と共に翼とレオも背を誰かに押されて強制的に足が動き始めた。

「翼!気をつけろよ!」

「分かってる!」


人並みに飲まれる中、数分。何か光明を見つけたのか、レオと叫ぶ声と共にふと翼が懸命に正面を指す。顔を上げ翼の差した方向をレオが見ると少し進んだ先に交差点があった。

「左に曲がれる!とりあえずそこからでよう!」

「わかった!」

 


「どうにか、抜け出せたね」

「あぁ……」

ドォーンという音がまた周囲に響き渡る。 

数分後。二人はなんとかして渋滞を抜け出し、落ち着いた場所で息を整えていた。さっきよりも大きな音だ。反射的にレオはさっきまで夕暮れで茜色に染まりかけていたはずの空を見上げる。しかし、そこは既に戦場になっていた。空港でしか聞いたことがないような飛行物体の残響と共に三台。大きな軍用機のようなものが空に停滞していた。

「なんなんだよ……これ」

初めて見る景色に少年の足はくすみ始める。

「この飛行機みたいなのって全部、テロリスト、のなの?」

見かねていると隣にいる翼がレオ同様に体を固めながらも口を開ける。またもう一度ドォーンと言う音が聞こえる。先程まで進もうとしていた大通りの方だ。二人は背後を振り返る。そこでは大きな黒煙がもくもくと立ち込め始めていた。

「逃げるぞ!」

何かが焼ける音と煙に急かされ、またレオは体を動かす。

「う、うん!」

声に反応し翼も足を前へと向ける。少し足を止めれば火傷をしてしまいそうな熱を背に受けながら二人は走り出す。あの飛行機から爆弾が落ちているのだろうか。懸命に走る最中、レオは先程背後で見た黒煙の上空にいた飛行機を思い出す。もしそうならあの飛行機はテロリストのもの。向けられた方角からするに目的もなく無差別に人を殺しているに違いない。なりふり構わず動かすレオの腕に自然と力が入り込んでしまう。何とかしてあの爆発の下にいた人たちを助けることはできないか。気づくとレオはそのことばかりを考えていた。

 

  翼とレオが出会ったのは高校一年生の秋頃だった。二人の友人としての関係は気の弱い翼が上級生に絡まれ、脅されていたところを偶然にもレオが発見したところから始まった。レオは弱い者をひたすらに食い物にする欺瞞の強者が嫌いだった。自分の助けれる範囲で人助けをするのが好きだった。だからこそ翼を助けた。それだけのことだった。翼でなくて誰であってもレオは見て見ぬふりはできなかった。しかし、翼からするとその時自分に声をかけてくれたレオはテレビの中でピンチの時に駆けつけてくれるヒーローだった。レオ自身もまた自分がそのような扱いをされることは存外悪い気持ちではなく、時が経つにつれ自然と翼が側にいることが当たり前になり、気づくとお互い罵りあい悪態をつく仲になっていった。 


ああ。どうしてこんな時にそんなことを思い出すのだろう。耳がつんざき、翼は見たくない現実に引き戻される。前を見ると、さっきまで自分の前を走っていた友人が振り返り、自分の側を通り過ぎていこうとしている。

「レオ!?」

上ずった声が喉を掠める。

「悪い!先に逃げといてくれ!一人でも助けてからそっちに行く!」

炎が立ち込める中、それ以上は振り返ることなくレオは走り出して行った。

 

  自分の気持ちに逆らわず飛び出したはいいものの、何から手を付けたらいいかまではわからなかった。崩れ去る建物の残骸や瓦礫、既に横たわって息途絶えている死体、逃げ惑う人々を交わしながらレオはひたすらに前へと進む。

「誰か!誰かいませんか!」

初めて見る惨状にレオはどうすることもできない感情を昇華することができずにいた。そのレオの掛け声に反応するようにキィ、キィ、キィと風が鉄骨を吹き抜ける音のようなものが聞こえる。叫び続けるレオに対し、徐々に大きくなるその音は無視できないほど大きなものへと変わる。誰かいるのか。立ち止り、レオは周囲を振り返る。そこで初めて、レオは自身が盲目的に動いていたことに気づく。音の正体。それはレオに助けを求める幾重もの掠れた叫び声。血だまりから助けを渇望する声だった。

「はっはっはっはっ」

息をするのが苦しくなり、無限だと感じていた体力の底値が途端に迫る。こなければ良かった。どう考えてもこんなの助けれっこない。何かがせりあがろうとする胸をレオは両手で強制的に押さえつける。自身の正義感が偶像であったことを実感し逃げ出したくなる。

「ヒュー、ヒュー」

「あっ、あっ、あっ」

一歩、また一歩と聞こえてくる声を背けるようにしてレオは後ろへと下がる。

「レオ!!!!!!!!!!!!!!!」

誰かが自分の体を揺らし始める。

「つばさ……」

なんでついてきたんだ。うつむき気味になっていた顔を上げ自身の体を揺らした者をレオは見上げる。そこにいたのは翼だった。

「レオばっかりにいい顔はさせられないよ。僕も一緒に手伝うよ」

翼が手を差し出す。

「あ、ああ」

差し伸べられた手にそっと手をかざして恐怖を悟られないよう眼を強く絞ってレオは答えた。

「さぁ、助けよう」

すぐさま手を離し翼は瓦礫の下敷きになった人を助けるためにコンクリートの塊を一つずつ持ち上げ始める。

「そう、だな」

翼の元へ行きレオもまたコンクリートをどけ始める。そうだ、怖気づいてる場合じゃない。誰か一人でも俺が助けないと。俺がやれることをやるんだ。ありがとう、翼。 もう俺は怯まない。差し伸べられた友の手にレオの心は勇み足を刻む。だが、その時再び轟音が二人の側で鳴り響いた。

 

「翼!無事か!?」

「うん……何とか……」

途端に息もできないような冷たい風を体に受け二人は瓦礫から跳ね飛ばされ地面に伏す。

「それよりもさっきの助け出そうとした人は?」

「わからねぇ」

風が止み二人は先ほどまでいた瓦礫の側へと立ち寄る。積み重なっていたコンクリートは運がよく吹き飛ばされていて倒れこんだ人が露になっていた。

「大丈夫ですか?しっかりしてください!」

すぐさま倒れている人の元へレオが駆け寄り、その体を抱える。

「ううっ……うぅっ」

「すぐに安全な場所に向かいます!安心してください!翼!」

抱き上げた人の体をレオは翼に託す。

「この人を安全な場所に」

「わかった。レオは?」

「俺はまだ他にも下敷きになってる人を探して助ける」

「…………わかった。僕も誰か協力してくれる人を探してここにまた戻ってくる」「ああ。助かる」

「ここもいつ爆弾を落とされるかわからない。レオ、それまで死なないでね」

「あぁ、お前もな」

レオに託された翼が立ち上がり、元来た道を戻ろうと足を向ける。 

しかし、

「レオ!?」

不安げな声と共にさっきまで前を向こうとしていた翼はレオを振り返る。レオもまた目を点にして眼前にいるなにかを見つめていた。

「なんだよ……あいつ」

開いた口が塞がらないまま呆然と二人はそれを見る。二人の目の前には見たことのない物体が立ち竦んでいる。それは体は人型。外殻は白い結晶体のようなもので覆われており目は刃物のように鋭く、口はない。極めつけは頭から角のようなものが二本、生えている。明らかにテレビや映画の中なら未確認生命体、エイリアンと呼ばれそうな見た目だった。

「だ、誰か……」

悲鳴を出さないようにしてか恐怖で硬直した翼が口を掌で覆う。

「なんなんだよ……次から次に訳の分からねぇことが……」

腰が再び引きつつもレオは周囲の助けを求める人を守るために、混乱の腹いせのために立ち上がろうとする。だが、

「こちらアデリー1、目下標的に接触。繰り返す、目下標的に接触」

直後、背後から大勢の人の気配をレオは感じ取る。

「へ……何?」

右往左往と翼が首を振る。

「助けが……来たのか」

ひとまず、とレオは胸を撫で下ろしそうになる。振り返って、出で立ちを見るとそれは軍隊のような防護服をきたそれも何十人もの人々であった。

「よかった。助かった!あのすみません!僕たち今ここで立ち往生していて。良ければこの人を病院まで連れて行ってくれませんか?」

声が上ずりながらも翼が側に来た軍人に話しかける。だが、軍人は翼の声が聞こえていないかのように翼を通り過ぎる。

「あの……助けて……help help」

必死に翼が叫ぶ者の次から次に軍人達は通り過ぎていく。

「おい!てめぇら話聞こえてんだろ!」

無視される翼のやるせなさを代弁するようにレオが怒号を上げる。しかし、それも聞かれることなく軍人たちは二人の側を通り過ぎていく。

「了解した。あぁ。それも了解した」

不意に何かを話す声がごうごうとレオの頭の中に響く。レオの視界端。その何か声を発したであろう人間が片腕を振り下ろす。一つの銃口がレオへと向けられ、ドンという鈍い音と共に鉛玉が放たれた。


 「う……ぐッ……」

思わず目を伏せた視界をレオは開ける。放たれたはずの銃弾はレオには当たっておらず、ひざ元には血を流した翼が倒れこんでいた。

「つ……ばさ……翼、翼!」

「れ……お……ど……ら……ってるの」

レオが傷口を抑えるも翼の腹あたりからは血が止まらない。

「庇ったか。構わん。どうせ全員殺す予定だ。打ち損じたそいつも始末しろ」

「了解」

誰かの声と共に再び銃口がレオへと向けられる。俺のせいだ。俺が自分勝手で……友達一人助けられないからこんなことに。俺が全部悪いんだ。俺のせいで……いくつもの自責と後悔がレオの胸の内を押し寄せる。

「撃て」

「了解」

ドンとレオの側でまた鈍い音が鳴る。しかし、今度もレオの体にその球は当たることはない。気が付くと、レオの体の前には白い壁のようなものが張られていた。

 

  今度は何が起こったんだ……閉じていた瞳を開け、レオは現状を把握しようとする。今自分の目の前にはさっきまでなかったはずの透明で大きな壁のようなものが現れている。次から次にテレビの中のような出来事が現実で起こっていきレオの頭の中は混乱する。

「動き出したか‼」

片腕を振り下ろし、レオ達へ狙撃命令を出したであろう男の声が壁越しに少しばかり籠って聞こえてくる。

直後、銃声のような音があたりから絶え間なく響き始め、標的がレオと翼から未確認生命体のようなものへと変わったことを知らせる。小刻みに震える翼を抱き寄せ、レオは今何が起きているかを把握するために壁に体を預ける。瞳から得られる情報は透けた壁越しであるため屈折し歪ではあるものの十分に現状を把握することができた。化け物を取り囲んで弾丸が放たれ続けている。しかし、化け物の外殻に着弾しては前後左右に弾ける。弾ける。弾ける。化け物は一歩も動くことなく弾丸を受け男たちは弾が切れたら補填し打ち続ける。その繰り返しであった。初めは勢いづいて撃っていた武装した男たちも次第に疲れが見え始め、話と違う!撤退命令を!構わん!続けろ!と根負けしている会話があふれ始める。そんな折、痺れを切らしてか遂に一人の男が命令を無視し化け物へと突っ込んでいった。

「このっくたばりやがれクソ野郎!」

「待て!」

あと数メートル程で化け物と男が接触するというところで突如、化け物は動き出す。「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおくたばれぇぇぇぇぇ」

ドン、という鈍い発砲音が鳴る。だが当然のごとく、化け物の表面は弾丸をはじき返す。

「ひっ」

力の差に歴然としてか決死の決断を後悔してか、男の顔が明らかに青ざめる。だが、化け物は容赦することなくその拳を奮い、男をコンクリートで覆われた地面めがけて叩きつけた。

 

「かっ、勝てるわけない」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

歓声にも聞こえる悲鳴が周りを埋め尽くす。指揮系統など当然崩壊した軍隊は呆気なく、レオの前でそれらは次々と為す術なく殺されていく。

「うっオぇッ」

残酷さに耐えきれずレオは嘔吐を繰り返す。これが現実?本当に?嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ。そんなのあるわけがない。夢か何かだ。そうだ夢、夢だ。頭の中で否定を繰り返すうち、気が付くと軍隊のような男は一人だけになっておりレオの正面には化け物が立っていた。

「かっ……こ、殺さないで……」

絶対的な恐怖に強いられ反射的にレオは声を上げる。だが、化け物は聞いた素振りを見せることなく目標を最後に残った一人の軍人へと定めていた。

「いやぁ、驚いたよ。まさか、こんなに素晴らしい力があったなんて」

パチパチパチ。軍人は大きな拍手をする。

「申し遅れた私の名はアデリー・ヤーズ。このアデリー隊で指揮を執る、いや執っていたが正しいのかね。君がハエのように叩き潰したゴミ達の指揮を執っていた者だ。そこの少年も聞き給えよ。この私が直々に表舞台に出てくることなんてそうそうないんだから。ま、なんにせよどちらも消すがなHAHAHAHAHA」

高らかな笑い声をあげアデリ―は化け物へと指をさす。

「さて、君も何かしゃべったらどうだい?遺言なら聞いてやろう。聞き届けるかはわか……」

「いらない」

「何?」

喋った?目の前立ち竦んでいる化け物をレオは思わず見上げる。

「いらない、と言ったんだ。聞こえなかったかマヌケ」

今度ははっきりとした口調で化け物は答える。

「ほう?喋れるのか……ふっ。研究所で産まれた割に悪口まで使えるみたいだな。ママにでも吹き込まれたか。あぁ?」

アデリ―の声色が喜々としたものから低い暴力的なものへと変わる。途端、数十メートルまであったはずのアデリ―と化け物の距離は瞬時にして縮まる。アデリ―は右足を。化け物は左腕を振るい戦いが始まった。

 

 同時刻 世界連邦南極本拠地。

「ど、どういうだ。長官。こんな話聞き及んでいない!」

映像越しに化け物が蹂躙する姿を見た国防長達が次々にミコト長官に問い詰める。

「皆さん、落ち着いてください。これも想定内です。流石にアデリ―隊の壊滅までは想定していませんでしたが。ですがアデリ―隊長と不明生物が接触することは確定事項でした。後はアデリ―隊長に任せればうまくいくでしょう」

ミコト長官の側で胸に数多の勲章をつけ立っている長官の秘書、オノがミコト長官の代わりに堂々と答える。

「あれだけの物理的法則を無視した化け物を倒す、ないし捕獲できるような隠し玉を君たちは持っているというのかね?費用を工面する反面、君達世界連邦の秘匿事項は我々にも公開する約束事を取り付けているはずだったが?まさか、我々の知らない何かを君たちは持っているのではなかろうな?答えたまえよ、ミコト君」

不安げな様子でルーシェンコが画面越しに問い詰める。

「ミコト長官」

歴然とした態度で眼鏡を直しながらオノはミコト長官に目を向けた。

「あぁ。ここまでの被害を出してしまった以上私も言い逃れはできまい。ええ、ルーシェンコ国防長官。誠に申し訳ございません。我々は今まで秘匿情報の一つをあなた方に公開していなかった」

危機的状況に緊張が走っていた室内に大きなざわめきがよどみ始める。それを制するようにどうどうとミコト長官は両手を前に出す。

「皆さん、落ち着いて。確かに愚かにも我々は情報漏洩を恐れ、ある研究を今まで皆さん方には公開していませんでした。ですが、たった今我々の研究成果を。この世界連邦の在る意味を皆様に御見せいたします。勿論、後ほど無償で研究資料も全て、各国の皆様にご提供させていただきます」

またざわざわと室内に色の違うざわめきが織りなす。

「よろしいですね。では、ご覧いただきましょう。人の理を超えしあらたな人間の可能性を」

ミコト長官は平坂市が映し出された映像を再びご覧ください、というかのように掌を画面端に映る映像へと差し向けた。

 

「おっらぁ!さっきまでの威勢はどうした?」

アデリ―の蹴り、一撃一撃に衝撃波が立つ。正体不明の生物はそれを受け流すことに意識を割かざるを得なかった。

「前が、見えねぇ」

舞い上がる粉塵に目を伏せながらレオは今自身が成すべきことを考える。あのアデリ―という男は最初から自分を狙っている、ということにレオは気づいていた。そうしてあの化け物がなぜか自分を守るために身を挺している、ということにも。人離れした力を持つ人間と化け物。どちらが自分の味方で、ここで助けを求めている人達の力になれるのか。レオは自身のいる立ち位置を考える。いや、俺がどちらに着くかなんて考える間もない。なぜならその異形の生物ではなくそこで血を流し、倒れている武装した人間達が何の罪のない翼や人々を殺したのは事実だからだ。このまま化け物が負けてしまうと翼もまだ生きている可能性がある瓦礫の中で助けを求めている人々ですらも死んでしまうのは明白。なら、今自分がやるべきことなんて目に見えている。

「翼、待ってろよ」

翼を地面に寝かせレオは立ち上がる。もう怖い物はない。十分に自分の使命を全うすることだけをレオは考える。

「野郎!こっちを見やがれ!!!」

氷の壁を迂回し、レオは前方にいるアデリーへと駆け出す。途端に自身へと向けられる強烈な風と足。そうしてよろめく自分の体。庇う化け物。横を掠め後方のビルへと激突する物体。すべてがスローモーションに見え、レオの視界は真っ暗になった。

 

「お配りした資料と今まさに映し出されている映像。これが、強化人間の実態です」どよめきだつ人々の中オノはまた眼鏡の位置を直す。

「詳細な研究資料については後々データとして各国機関にお配りする予定ですのでお待ちください」

オノが発し終わるのと同時に期待に満ちた欲望の声が室内を満たす。

「これほどまでに強力な兵器だとは……」「変わるぞ、戦争の概念が」「この技術をわが国で実用化するのにいくら積めばいい?」

次々に飛び交う声の中、次の段階に移れ、とミコト長官はオノに目配せをする。それに相槌を打ち、すぐさまオノは次へと進める。

「では、今回我々が運用した強化個体07アデリ―についてご説明させていただきます。資料にある通り、端的に言うとアデリ―は脚部の骨格と筋肉の発達が目覚しく、時速約百キロで数時間の移動が可能な強化個体となっています。これらは全てその血液循環の効率の良さから可能となっており、その脚力での対象の破壊が可能となっています」

「質問いいかね」

画面に映るターバンを巻いた中肉中背の男が手を上げる。

「サウジアラビア国防長官 アブドゥラ様、どうぞ」

「現在、映像に映っている個体以外にその強化個体、というのはいるのかね?」

オノがミコト長官へ視線で訴えかける。構わん、と言わんばかりにまたミコト長官は頷いた。

「はい。現在強化個体ナンバー01~07までの運用が可能となっております」

おぉという歓声じみた声が画面から聞こえる。

「個体の大量生産はできるのかね」

どこからか間を嫌うかのように間髪入れずに声が発される。

「残念ながら。ですが量産については目下臨床試験が行われております。皆様方が我々により支援をしていただける、というのであれば可能になる日もそう遠くはありません」

オノが言い放つとまた会議室はざわつき始める。

「一体どのくらい出せばいい?」「すぐにでも閣僚会議にて予算を纏めろ」「予算額の増額を即決せよ」「大統領には後で伝える。早急に用意しろ」

画面越しに怒鳴るように声を響かせる一国の防衛を担う者達に絶対的な強者としてありたい、という人間の欲が垣間見え始める。皆、世界を守ることよりも自らの立場と自身が大事なのだ。目線をスクリーンに戻し隅に映っているアデリ―と不明生物の戦いをミコト長官は静かに見つめ始める。うぉぉというスポーツ番組を熱中してみているかのような声が上がり、画面越しの忌むべき対象はビルへと激突した。

 

 オキロ。オきろ……おきろ。起きろ。全身を絶え間なく流れる血液が躍動し、心臓の音が次第に明確に耳へと届く。

「う……っ」

右手で頭を押さえながらレオはまだ真っ暗な視界の中起き上がろうとする。

「目覚めたか」

どこからか聞こえる声にレオはあたりを見回す素振りをする。

「アンシンシロ。まだオマエは現実では立ち上がれていない」

声の主は諭すようにゆっくりと話す。途切れそうになる意識の中枢をなんとか保たせながらレオは自身の状況をよく理解しようとする。俺はあいつに蹴られて死んだ?そんでここは今三途の川かなんかか?

「オマエはまだシンではイナイ」

レオの心の内を聞き取ったかのように声の主は言う。

「お、おい。ここはどこなんだよ。お前は誰なんだよ。今俺はどうなってるんだよ」こういうのは上空から話しかけられているのが相場だと思ったレオは自然と上を見上げる。

「ココはイシキのハザマ。オマエは今、キゼツしているだけでオレは今オマエをカバウのでセイイッパイの状況だ」

気絶、意識、俺を庇っている……?レオは頭の中で言われたことを反芻する。

「ってことはお前、あのエイリアンみたいな化け物か?」

「バケモノとはシンガイな。俺の名は……イヤ、今はよしておこう。俺はシロウサギ。そう、呼ばれている」

「ウサギ……」

「ウラギリモノの名」

レオが疑問に思う前にシロウサギが答える。シロウサギ……どこか聞き覚えのあるその名前にレオは頭を悩ます。しかし、疑問に思ったのはほんの一瞬のことであった。すぐさまレオは本来の目的をシロウサギへと投げかける。

「まぁ、名はどうだっていい。シロウサギ、どうしてお前は俺を助けるんだ?」「…………俺がお前をタスケたいと思ったからじゃ駄目か?」

「助けたい?」

「ソウダ、オマエは自分がカケタジュウジカに苦しんでいる」

「苦しむ……」

あぁとシロウサギは答える。

「ダカラ、オレガタスケテやる。マモリタイものをツラヌキたいなら、このジョウキョウをダカイするだけのチカラをくれてやる。それでナカマを連れてニゲロ」「力……」

「あぁ。そら、もう意識が目覚めてきている。俺が守れるのもここまでだ」

「お、おい!待てよ!力ってなんだ?」

レオがそういう前に暗闇から光が見え、辺りは戦火に包まれた。

 

「HAHAHAHA!よく吹っ飛んだなぁ!」

建物に激突したシロウサギに対し全身の筋肉を収縮、脱力させアデリ―は一気に距離を詰める。

「これでっ!終わりだぁぁぁ!」

脱力させた右足にアデリ―はもう一度力を籠める。シロウサギと目と鼻の距離になり、その蹴りは大きな音を立て直撃、したように思えた。

だが、

「うっぐぁぁぁ!!」

それはアデリ―が転び、地面と接触する音だった。何が起こった?どうなってやがる!?時速約三百キロ。人類の英知を施し受けた強化人間でさえも流石にF1カーの最高時速と相対するスピードで転がされば流血する。あいつか?あの化け物か?あれが?俺を?いや確実にさっきの蹴りはいいところに入ったはず!?ぼんやりとした頭で周囲を確認しながら頭から血を流し、アデリ―は立ち上がろうとする。

しかし、

「うぐっ」

産まれて初めて立ち上がろうとする赤子のようにゆっくりと上体を起こそうとしたアデリ―の右顎になにかがクリーンヒットする。

「ふぅっ!」

意識が少し遠のきアデリ―は背中から地面へと倒れようとする。されども、今度は左足、次は顔面、更にはみぞおちと執拗に衝撃を受け続ける。

「あがっ、うっ、うぐぅッ!」

一撃一撃に重みはないもののそのスピードにアデリ―は圧倒される。だが、奇襲を受け、初めの内は思考と身体が分離されて動きが鈍っていたもののの時間が経てばたつほどアデリ―は冷静になっていく。その刻僅か、数十秒。すぐさまアデリ―は標的と定めた獲物を掴み取る。

「いい加減にしやがれっ!」

アスファルトがめり込み地面へと叩きつけた獲物の姿が露になる。

「は?」

こいつーーーーー。その姿にアデリ―は筒を抜かされる。なぜなら、想像していた者とは程遠い出で立ちをしていたからだ。自身とはかけ離れすぎた線の細い体つきに目つきの悪い顔立ち。それは先程、自分が執拗に狙っていた少年だった。

 

「どういうことだこれは?」

「何がどうなっている?」

映像を見ていた男達の阿鼻叫喚が会議室中に響き渡る。今しがたみた自分達が目撃した男についてだ。

「どういうことなんだあれは!報告にないぞオノ!」

ミコト長官の激がオノへと飛ぶ。

「対象については現在、情報を整理中です」

「あれが呼んだ仲間だというのか……」

「恐らくは。私もそう推定します」

「仕方ない。二体で向かれてはいくら強化個体とはいえ、相手にできるかわからん!即刻アデリ―隊の帰還と専門家対策会議を開く。支給準備せよ!」

「了解しました」

足早にオノが会議室を出ていき、映像を見て呆気に取られていた局員達も動き始める。

「そういうことで、いいですな?」

ミコト長官はにらみを利かせ画面越しにいる卓上だけの指揮官に伝えた。

 

「ようやく、オマエと二人きりだなぁ?ウサギさんがよぉ」

地面にたたきつけられたレオの側を通り過ぎ、アデリ―はシロウサギへと向かう。まだシロウサギは建物に体をめり込ませたままだった。

「これで、オマエを甚振ってぇ」

またアデリ―の全身の筋肉が収縮する。

「殺せるぜぇ‼」

蓄えられた筋力は瞬時に脱力しシロウサギへと向けられる。「HAHAHAHAHAHAHA!!!……は?」

足に違和感が唸る。地面を蹴りあげ、問答無用で左足を対象へと蹴りつけようとしたところでアデリ―は気づく。力が入らないということに。

「野郎ゥ……」

鬼気迫る表情でアデリ―は自身の背後にいるいけ好かない攻撃をした男を見る。振り返るとさっき叩きつけた少年が物理的な距離で届かないアデリ―へとむけて正拳突きのような姿勢のまま立ち竦んでいた。

「何しやがった!このガキぃ‼」

まだ健在の右足の脚力を使ってアデリ―はレオの元へと一気に距離を詰める。アデリ―の左足は腱が切れており上手く動かすことが困難になっていた。

「ア……た……へ……す……そ……き……せよ。くり……え…」

「てめぇ!何しやがった……あぁ?」

流れ続ける無線を無視し、アデリ―はレオの胸倉を掴む。しかし、その眼は意識は、既に閉じられており、いくら揺さぶっても反応がない。

「AHAHAHAHAHA!いいぜぇ!その気がないなら甚振ってやるよ。地獄の果てまでなぁ!」

レオを片腕で天へと高く突き出しアデリ―は右足に力を籠める。

「あばよ!クソガキぃ!!!!」

その時。

「氷槍(ひょうそう)」

背後で誰かが何かを呟く声が聞こえる。

だがしかし、レオを潰すことに夢中になるアデリーの耳にはそれは入ってこない。「オラぁっ!」

足が脱力し超人的な脚力でレオを掴んだアデリ―は空へと向かおうとする。

だが、

「グレイシャ」

その行先を白兎の氷が仕留めた。

「は?」

気づくとアデリ―の腹から心臓あたりにかけて一つの鋭利な氷の刃が刺さっていた。ずしゃという水たまりを車がかけていくような音と共に大男が倒れこむ。

「何が……起こったんだ……」

地面へと横たわったレオの体は目の前にいる大量の血を流した男を見つめる。ぼんやりとした意識の中内臓が浮き上がるような感覚にレオは包み込まれレオの意識は再び途切れた。

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