第19話 俺VS不審者
下校中の生徒の見回りをしている俺と早川さんは○○駅に着いた。ほとんどが改札内に入って行くが、バス停に向かったり素通りする生徒も少しいるな。
今のところ、不審者らしき人は見かけていない…。
「颯君。これからどうする? また学校に戻る?」
隣にいる早川さんが訊いてきた。
今戻れば、さっきまで学校内でのんびりしてた生徒が多分下校するだろう。それを見守ったら、学校に残ってるのは部活などの限られた人になるはずだ。
「そうだな。早川さんはどうする? 十分手伝ってもらったから、帰っても構わないぞ?」
「最後まで付き合うよ。颯君を1人にしたら、短いスカートを見て鼻の下を伸ばすに決まってるから」
伸ばしてたつもりはなかったんだが…。
「手厳しいな。だが、そばにいてくれると心強い。もう1往復頑張ろう」
「うん」
俺と早川さんが再び学校に戻ったところ、下校する生徒の固まりがまたできていた。さっきより人数は少ないものの、無視できないな。
俺達はすぐさまUターンして、不審者がいないかを見回る。
「ねぇ颯君」
「どうした? 早川さん?」
よく考えたら、カバンを持ちながら歩き回るのって疲れるよな。俺が持ったほうが良いかも?
「男の人って、短いスカートの中に短パンとか穿いててもドキドキするの?」
「急に何を訊くんだ?」
想定外の変化球が来たぞ…。
「さっきめちゃガン見してたけど、下着が見えるのを期待してたんでしょ? 現実を早めに教えたほうが良いと思ってさ~」
そう言うって事は、ほぼ全員が短パンを穿いてると考えたほうが良いな。
「そんな訳ないだろ。校則より短くしてたから気になっただけだ」
「外で正直に言う訳ないか♪」
小声の会話であっても、外では言えない事がある。一理あるから反論しにくい…。
再度○○駅に戻ってきた俺と早川さん。今日はこれぐらいで良いだろう。特に気になる事はなかったし、明日もこの方向にするか。
「早川さんお疲れ。今日はこれで終わるよ」
「そっか。じゃああたしは帰るね」
「ちょっと待ってくれ。何か飲み物を奢らせてほしい」
昨日の夜に急に頼んだにもかかわらず、OKしてもらえたんだ。話し相手にもなってくれたし、感謝を行動で示したい。
「いいよそんなの」
「そういう訳にはいかないよ。何かしないと気が済まない」
「…そこまで言うなら、奢ってもらおうかな」
早川さんが応じてくれたので、すぐそばの自販機で買うか。コンビニに一緒に入る様子を誰かに見られると厄介だ。俺はスーツ姿で、彼女は制服だからな。
考えをまとめ終えて自販機に目をやった時、近くのベンチに怪しい人が1人で座っているのを目撃した。
上下共に黒っぽい服装で、帽子を被っているから顔は見えないが、体格で男だとわかる。あの男気になるな…。
「? どうしたの? 颯君?」
俺が固まってるせいか、早川さんは不思議そうに尋ねる。
「あれ…」
小声で伝えつつ指差す。
「…なんかあの人変じゃない? 今日雨降らない予報なのに長傘持ってるし」
彼女はそこが気になるのか。俺は気にしなかったぞ。
「それもだが、前を通る女の人だけを目で追っている。男は無視してるのに…」
「あの人が朝言ってた不審者?」
「可能性はある。飲み物は後で良いか? 早川さん?」
「この状況で奢ってもらう気はないって」
それからも不審者らしき男を遠目で観察する俺と早川さん。その男の前をミニスカートの女性が通り過ぎた時、彼は急に立ち上がった。
「俺達もこっそり後を追おう」
「うん」
男は女性の後ろを歩きながら、傘の先端をスカート付近の場所に留めている。周りから怪しまれないように、時には止めているな。女性は携帯に夢中で気付いていなさそうだ…。
間違いない。あの先端には“小型カメラ”が内蔵されている。それで盗撮するとは卑劣な!
「早川さん…」
気になったので声をかけたところ、彼女は携帯を男に向けている。
「証拠のために録画してるの」
俺が指示を出さなくても、そこまでやってくれるのか。優秀で助かる。証拠があるなら男は言い逃れできないな。
「今からアイツに声をかけるから、後は頼む」
「わかった。気を付けてね」
俺は深呼吸を数回する。うまくいってくれよ!
「前にいるお兄さん、ちょっと良い?」
……振り向きもしないか。次の手だ。
「お前の事だ!」
男の肩を掴んで引き留める。
「ちっ! 何だよ!?」
男はイライラした様子で振り向く。盗撮の邪魔したんだから当然か。
「アンタ、前の女性を盗撮してたろ? 証拠はあるんだぜ?」
さぁ、どう出る? 逃げるか抵抗するか…。
男は顔色を悪くしてから逃げようとする。その行動は予想済みだったので腕をつかむ。
「邪魔するんじゃねーよ!」
男が傘を剣のように振り回してきたので距離を置く。
早川さんが気になったので後ろを見たが、彼女の姿がない。上手くやってくれる事を祈ろう。
俺と男の膠着状態がどれだけ続いただろうか。
「颯君。駅員さんに来てもらったよ」
後ろから早川さんの声がした。
「先程、この子に盗撮らしき様子を見せてもらいました。…傘を持ってる方、お話を聴かせてもらえますか?」
「来るな!」
男は再度傘を振り回し、駅員の接近を阻止する。
アイツ、だいぶ頭に血が上ってるな。これ以上刺激したら刃物とか取り出すかも…。このまま警察が来るのを待つしかないのか?
なんて考えた時、男のポケットからスマホが落ちそうになってるのに気づいた。一か八か、ハッタリをかましてみるか。
「おい。お前が傘を振り回したせいで、携帯があんな遠くまで吹っ飛んだぞ」
「何だと!? どこだ!?」
男は俺が適当に指差した場所を見つめている。間抜けな奴め!
隙を見て男に飛び込んで抑え込んだところ、駅員も手伝ってくれた。2対1とはいえ、油断してはダメだ。“窮鼠猫を噛む”っていうし。
「早川さん。警察呼んで!」
「うん…」
さすがの彼女も不安そうだな。大人の俺すら躊躇するんだから、女子高生なら当然の話だろう。後でたくさん褒めてあげよう。
俺と駅員に抑えられた男は、観念したのかずっと大人しくしていた。警察が来た後は、署で事情聴取された形だ。かなり疲れたぞ…。
あの男は、昨日校長から聴いた不審者で間違いないそうだ。ショッピングモールで不審者と間違われた俺が、本物の不審者を捕まえる…。奇妙な縁だよな。
事情聴取が終わった後、俺と早川さんは学校に戻った。戻ってすぐ校長と教頭によって職員室まで移動させられ、「さすが磯部先生とその生徒ですな!」などと褒められまくる。
それで終わるかと思いきや、後日臨時の朝礼で俺達を表彰するらしい。そういうのはガラじゃないから止めて欲しいんだが…。なんて言える訳もなく、笑顔でその場を乗り切る俺と早川さんだった。
俺と早川さんが学校を出た時、外は真っ暗になっていた。他の先生はまだ残っているが、校長のご厚意で早めに帰る事ができたのだ。
「早川さん。良かったら、家まで送るよ?」
暗い夜道を女子高生1人は不安だ。
「良いの? お願い♪」
意外とあっさりOKしたな。てっきりからかってくるかと…。
俺は帰宅前に、早川さんの家に寄る事にした。
「今日の颯君、カッコ良かったよ~」
道中、早川さんが意外な事を言ってきた。
「そうか? 当たり前の事をしただけだが?」
場合によっては、録画した早川さんに襲うケースも考えられた。俺が抑え込まなかったら誰が抑えるんだ?
「それでも凄いよ。初めて“頼もしい”って思った」
「初めてなのかよ?」
「そりゃそうでしょ。ここ最近の颯君は、あたしにシコシコされてニヤニヤしたり、尾行したり、散々だったじゃん」
「…確かにそうだな。少しは汚名返上できたかな?」
早川さんだけじゃなくて、A組のみんなも当然含んでいる。
「あたしはできたと思う。尾行のおしおきを帳消しにするどころか、ご褒美を考えるから。そうなるぐらい、今日は頑張ったって事だよ」
「ご褒美?」
「そう。颯君のお願い、何でも聴くつもりだから♪」
どこまで真意かわからないが、機嫌が良いのは伝わってくる。今は彼女の笑顔だけで十分だ。
早川さんの家の前に着いた。無事送り届けたと思った時、不意に彼女の家の扉が開く。
「紬。さっき学校から連絡があったんだけど、今日は大変だったらしいわね」
早川さんのお母さんが顔を出す。今まで会ったのは3者面談の時ぐらいか? なので数回になるだろう。
「そうなんだよ。色々あってさ~」
「磯部先生もお疲れ様です」
俺に向かって頭を下げる、早川さんのお母さん。
「ありがとうございます…」
疲れてるから、長話は勘弁してほしいところだ。
「あの、磯部先生は夕食の予定は決まってますか?」
「夕食? 特に決まってませんが…」
何でそんな事訊くんだ?
「でしたら、ご一緒に夕食はいかがですか? 旦那が出張中なのを忘れて、いつも通り3人分作ってしまいまして…」
「それ良いじゃん! 颯君、一緒に食べよ!」
「紬。あんた、磯部先生を何て呼んでるの!? 失礼でしょ!」
俺の家に押しかける前は“先生”って呼んでたっけ…。
「気にしないで下さい。彼女だけでなく、他の生徒にも色々呼ばれてますから」
「磯部先生がそれでよろしいならば、何も言いませんが…」
よろしいかは微妙だけどな。舐められすぎは良くないし。
「そういう訳だからさ、遠慮なく上がって。颯君」
「紬の言う通りです。ゆっくりくつろいで下さいね」
「ありがとうございます。では、お邪魔します」
俺は夕食を楽しみにしながら、早川さんの家に入るのだった。
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