アリサ




 部屋に入ったケイはランプの灯りをつけて二つあるベッドのシーツの上へと腰をかけた。


 僕は覚悟を決めて話すことにする。



 ミィロから聞いた、アリサの命が狙われているという話。




「驚かないで、聞いてほしいんだーー」

 誰だってそんな話を聞かされれば驚いてしまうだろう。


 しかし彼は「ミィロ」という名前と何か他にも思い当たるふしがあるらしい。


 座ったまま何やら考え込んだ後、

「何かあってからでは遅い。部屋を変えよう」と提案をし、彼はそのまま隣のアリサの部屋へと向かっていった。


 しばらく時間が経って、やがて代わりに白いローブへと着替えたアリサが僕のいる部屋へとやってくる。



 カチャリと扉のドアノブを開けてゆっくりと入ってきた彼女は深刻そうな顔つきをしていた。

 それはそうだ。

 今から狙われます。と聞いて機嫌のよくなる者はいない。


 ゆったりとしたパジャマのようなローブの裾をゆらしながら、僕の目の前のベッドへと腰をかけるその顔は俯き、枕の側のランプがゆらゆらとその顔を照らしていた。





 僕は困った。

 何を話したらいいか、分からない。

 

 そっと、まるでその明かりが消えないように彼女は顔を上げて、話し出した。



「ケイから話は聞きました。残念なことに、私の命を狙う者がいるということは事実です」


 丁寧な口調で聞かされるそれは悲しい事実だった。

 自覚しなければならないなんて、辛い立場にいるんだな、と思う。



 深く息を吸い、彼女の声のトーンがさらに低くなる。



「ですが、私はあなたを信用しきっているわけではありません。もしあなたが怪しい動きをしたら……その時はわかりますね?」



 暗くてよく見えなかった。

 彼女の手にはナイフが握られていた。

 息を飲む。


 表情は真剣そのもので、覚悟が伝わってくる。

 息をふーっと深く吐き、その手が微かに震えているのがわかった。


 その緊張が伝わってきて、

「僕を信じてください」

 とだけ声をかけた。

 彼女には、そう言うしかなかったんだ。





ーーどれくらいの時間が経ったのだろう。

 時々、廊下を歩く足音が聞こえて僕らの緊張を煽った。

 ドアの側で聞き耳を立て続けてはいたけど、それも疲れてきた。


 しかし、

 どうやら来たらしい。

 眠っていたら気がつかないはずの微かな足音と、床の軋む音が耳に入る。

 忍び寄る何者かがいた。


 僕はアリサをチラリと見る。

 彼女も頷きを見せ、気がついているようだ。

 足音はゆっくりと僕らのいる部屋を通り過ぎてそこで止まった。


「来ましたか」


 アリサが僕の耳元でささやく。

 距離が近いな、と一瞬思うが緊張でそんなことはどうでもよくなる。



 そっと音が立たないよう部屋の扉を開けた。

 廊下のランプは既に消されてしまい、暗くてよく見えない。

 隙間から入る僅かな月の光だけが唯一の明かりだ。


 目を凝らすと、一人の男が立っていた。



 あっ、と声が漏れそうになるが、慌てて口を閉じた。その様子を見たアリサが、小声で僕に話しかけてくる。


「様子を見ましょう」


 ケイへの信頼を感じる。僕も彼に賭けてみることにした。


 やがて、男が懐から何か取り出した。

 合鍵のようだ。

 それを鍵穴に差し込んだ。


 慎重に男はかぎを回してドアを開けて、中へと入っていった。


 僕はそれを追う。

 自分たちの部屋からそっと出て聞き耳を立てて様子を窺った。

 ガタガタと音が聞こえてくる。



 中の様子を見る。

 ケイは大丈夫なのか。

 暗くてよく見えない。

 争っているのか、うめき声のようなものが聞こえてくる。

 床にカタン、と何かが落ちる。

 ランプを持ったアリサが後ろからやってきて部屋の様子がわかった。


 知らない、無精髭の男がケイに捕らえられ、両腕を背後から押さえつけられていた。

 宿の受付ではなく、初めて見る顔だ。

 傍には、長めのナイフが落ちている。


「本当だったな、」


 そう言うケイの額からは汗が流れており、彼も緊張していたことが伝わってくる。




 部屋のランプに明かりを灯してアリサが警戒しながら、うずくまる男に尋ね始めた。




「話してもらいましょう。あなたは何者ですか?」


「なぁ、離してくれねぇか?

 !」





 胸の雫が再び青く光った。

 僕は一瞬目が眩みそうになるけど二人に気がついている様子はない。

 どうやら見えていないのか、

 ケイが気にも止めず、男の腕を締め上げる。


「た、頼まれたんだ。あんた達のことはし、知らない!」


 雫はこの言葉には反応を見せなかった。

 ということは、本当なのだろうか。

 アリサが尋問を続けていく。


「誰に頼まれたんですか。話してください」

「フードを被ったやつに頼まれたんだ!知らない奴だ。もういいだろ! なぁ!」


 その男の口調に、彼女の目が段々冷たくなって、怒りの色が浮かんでいく


「このまま拘束し、連れ帰って尋問しましょう。新しい情報が出るかもしれません」

「わかりました」


 彼女の提案を聞いたケイがベッドのシーツでひとまず男の体を拘束してさらに口の中へと詰めていく。


「私と彼で見張ります。ケイは宿の男を」


 アリサが指示を出した。

 ベッドの柱へと腕を縛るシーツを繋ぎ、完全に男を拘束したことを確認したケイは部屋から立ち去った。


 命を狙われることもそうだけど彼女は何者なんだ、と思うも、ひとまずの安心にどっと緊張が解ける。

 彼女も床にへたっと座り込んでしまった。まだ少し緊張しているのか、深呼吸を繰り返している。



 僕の視線にアリサが気がつき、こう言った。


「私だけでは見張りができませんから、あなたがいてくれて助かりました。ミィロ様の使いとしては、少々頼りないですが」


 その言葉を聞いて、僕は救われるような気がした。

 実際僕は何もしていない。男の身柄を拘束したのは二人で、それをただ見ていただけだった。


 彼女が、床に落ちているナイフに刺される未来もあったのだろうか、と悪い想像が頭の中に押し寄せ、吐き気に襲われた。


 僕にできることがあるならーー。




 しばらくしてケイが縄を持って戻ってきた。

 シーツの上から男を縛り上げる。


 彼の報告では受付の男はフードを被った見知らぬ人物に指示されて今捕らえている男に鍵を渡した、とのことだった。

 宿の支配人が男の身柄を地下に拘束してくれて、後日連行された後尋問が行われるらしい。


「俺が見張りを変わるから、少し眠ったらどうだ」

 彼にそう言われ、今まで経験したことのない出来事からくる疲労が一気に押し寄せた僕は、その場で横になり眠ってしまった。

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