34.再出発

 オティーリエ様がフェディリア王国の王弟殿下の、第四妃になる決心をなさった。


 私はもしかして、犠牲心から申し出られたのではないかと、不安だった。


 私はオティーリエ様に真意をお伺いしたかった。オティーリエ様の様子を見たいし、気持ちを知りたいのだ。

 本当にフェディリア王国の王弟殿下の第四妃になりたいと思っているのだろうか。


 銀星宮のオティーリエ王女の居間に通される。

 オティーリエ様の部屋は今は、煌びやかな贈り物で埋まっていた。


「ご機嫌いかがでございますか?オティーリエ様」

「素敵な気分ですわ。本当よ」

 オティーリエ様は本当に上機嫌だ。


「見て。この贈り物の山を。贈り物などなくとも、今までと比べ物にならないくらい幸せなのです」


 フェディリア王国の王弟殿下は、オティーリエ様に豪華な贈り物を数多く贈っている。


「わたくし、知っているのです」

 オティーリエ様が少し悲し気に言う。

「ドレスも花束も、なにもかもあなたが選んで用意したことを。バシュロ様からは何一つ贈られていないことを。ああ、違ったわ」

 小さく笑って文机の上を見る。

「この役に立たないペーパーナイフだけは、バシュロ様が作らせたのよね。侍女から聞きました」

 オティーリエ様の瞳が暗くなる。

「この国では、"切るもの"を贈ることは『関係を切りたい』って意味なんですってね。それがバシュロ様の本意だったのを気づかなかった、愚かなわたくし」

 オティーリエ様は声を出して笑う。

「ばかよね。わたくしは本当にばかな小娘だったわ」

「オティーリエ様…」


 オティーリエ様は変わった。

 世間知らずの少女の姿から抜け出して、大人の女性の姿から聡明さが見える。


「わたくしは知りたかったのです。あなたが心から、フェディリア王国の王弟殿下の第四妃になることを了承したのかと」

「心から望んでいるわ」

 そし慌てるように付け加えた。

「ああ、待って。可哀想だと思わないで」

 その笑顔は明るかった。

「わたくしを求めるフェディリア王国の王弟殿下を好ましいと思うのです。あちらにはすでに三人の妃がいるけれど…」

 ツンと顎をあげる。

「わたくし、誰よりも時めいて、第一の人になって見せますわ」

 そして真顔になる。

「今ではあなたに感謝しています。あなたのおかげでそばかすは消えたし、インジャル語だけではなくフェディリア語も話せるようになりました」

 いたずらっぽく笑って言う。

「絶対に寵愛を独り占めしてみせますわ。三人の妃なんて、最愛の側妃がすでにいたことより容易いですもの」


 その目にも声にも、悲壮感はない。

「最後にひとつだけお願いがあるの」

「はい、なんでございましょう?」

「わたくしが出立する時…」

「はい」

「ここでいただいたものを全部持って行きたいのです。図々しいお願いとは承知していますが、馬車を連ねて、派手派手しくフェディリア王国に行きたいのです」


 私はインジャルにやってきた時の、オティーリエ様の様子を思い出した。

 たった三台の馬車、自国の警備はいなかった。

「もちろんでございます。インジャル王国の誇りにかけて、ご用意させていただきます」

「ありがとう」


「どうかお幸せになってください。心より願っております」

 オティーリエ様は笑った。


「ありがとう。わたくし、きっと第一の寵妃になってみせますわ」


 私は涙ぐんだ。

「寂しくなります」

「ああ、わたくしもです。ベルナデット様と離れることが寂しい」

 私達は抱き合って、慰め合った。

「もし何かあったら、帰っていらしてね。あなたはこの国の女伯爵でもあるのですから」

「ありがとう。でもきっと帰るようなことにはならないわ。わたくし、幸せになってみせます」


 私はそれに加えて、さらに様々な新しい支度品を調えた。


「インジャル王国の面子がかかっているのです。ここでフェディリア王国に差を見せつけるためにも必要な物です」

 私は渋るバシュロ様を説き伏せた。


 クンラート王弟殿下は、フェディリア王国に早馬を送り、オティーリエ様が輿入れする旨を伝え、婚儀の準備をするように指示なさった。


「私はあなたをお迎えするために、もう準備をしていたのです。あなたに不自由な思いはさせません」

 クンラート王弟殿下はオティーリエ様に約束した。


 クンラート王弟殿下は私達に心からの礼をおっしゃった。


「カテーナ王国があった頃は、叶わない夢でしたが、ようやく迎えることができました。なんと感謝を述べて言いかわかりません」

 私はクンラート王弟殿下にお願いした。

「どうかオティーリエ様を…」

 お願いは言葉にならず、涙が溢れた。


「ご心配にはおよびません。幸せにすることをお約束致します」

 私はその言葉を信じた。


 たった三台の馬車で、自国の護衛もなく嫁いで来たオティーリエ様は、三十台の馬車を連ね一個中隊総勢三百人にに守られてフェディリア王国入りして行った。

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