32.もうひとつの解決
私の方も、元家族への根回しが済んでいる。
面会はすぐに実現した。
面会は花星宮の一室で行われた。部屋の周りに衛兵が配備され、隣室にはバシュロ様が聞き耳を立てている。ここぞと言う時に踏み込む段取りだ。
母とコリンヌは派手派手しく装って王宮へやってきた。父はその後ろに隠れるようにしていた。
時候の挨拶も懐妊の祝いも、「元気か」の一言もなく、母は要求だけを連ねた。
彼らの要求は、飽くことを知らない。
コリンヌの学費も負担して欲しい。その上、コリンヌの持参金も用意して欲しい。結婚費用も援助して欲しい。
どうやらアシャールの母は、気が大きくなってコリンヌの持参金も使ってしまったらしい。
そしてコリンヌの婚約がなかなか決まらない元家族は、図々しくも王家に世話をしろと言ってきた。
非常識も甚だしい。
プライブ伯爵家から示談金が支払われ、王家から慰労金を支払われ、それを受け取った時点で私との縁は切れたのだ。今やっていることは、一子爵家が王家に無礼な要求をしている状態だ。
「わたくしへの恩を忘れてはいないでしょう?あなたを産んだのはわたくしですよ」
私は心が冷え冷えとした。
「アシャール子爵夫人」
私は静かに言い聞かせた。
「確かにわたくしは、あなたから産まれましたが、書類上わたくし達は他人です」
「なんですって!?」
「アシャール子爵、あなたはその書類に署名をしましたよね?」
父は口ごもった。
「書類がなんですか!わたくしはあなたの母ですよ。娘たるもの、母に尽くすべきではありませんか!」
母が食い下がる。
「お姉様!ひどいわ!わたくしを見捨てる気なのね!」
コリンヌも噛みつく。
父はおろおろとするばかりだ。
「コリンヌ嬢、わたくしを『お姉様』と呼ぶのは不敬です。あなたとは他人なのです。わたくしが王太子妃であることをお忘れですか?」
コリンヌは激高した。
コリンヌは昔から気性が荒く、気に入らないことがあると手を上げるのだ。それを母も父も諫めはしなかった。
「ベルナデットもダニエルも年上でしょう。妹に叩かれたからと言って、騒ぐのではありません」
などと言って。
今の私は氷の花に守られている。
「プライブ伯爵家からの示談金と、王家からの慰労委金を受け取った時点で終わったのです。わたくし達の関係は切れました。よって、あなたがたへの支援は今後一切ありません」
「本当に役立たずの恩知らずね!」
母もかっとなったようだ。
立ち上がってティーカップを掴んだ。コリンヌも同じくティーカップを持ち上げたが、二人共その姿で固まった。
氷の花が発動したのだ。
蒼白な顔色の二人が持ち上げたティーカップから、お茶が零れ落ちる。
その時、控えの間からバシュロ様が出てきた。
「衛兵!ここの三名を拘束しろ!王太子妃に危害を加えようとした!」
母とコリンヌ、そして父は衛兵に拘束され部屋を出て行った。そうしながら、母と妹は私を罵倒し続けた。
「大丈夫か、ベル?体はなんともない?大変な思いをさせた」
バシュロ様は私を抱き寄せて、椅子に座らせた。
私は少しだけ泣いた。少しだけ。
それでもうお終いだ。
オティーリエ様がおっしゃったように、私を大切にしない家族など未練はない。後の処分は国王陛下と王妃殿下にお任せする。
処分は以下の通りになった。
コリンヌの日頃の学習不良と素行不良を理由に、花嫁修業として女子の教育を専門にするアマンド修道院へ送られた。ここで数年すごして、改善しなければ別の修道院で修道女として封じられる。
アマンド修道院は、規律が厳しい。ここでだめならば、もう打つ手がないと言われている。
アシャールの母は、不敬罪としてアシャール子爵家の領内の修道院に幽閉となった。外部との連絡は禁じられ、生涯そこで暮らすことになった。幽閉を解く道は一つだけ。修道女となって修行する道だ。
アシャールの父は監督不行き届きで、隠居と今後は領地の別館で静かに暮らすよう申し付けられた。外出は固く禁じられた。
アシャール子爵家は代替わりして、まだ学院の学生であるダニエルが当主となった。
ダニエルが二十一歳になるまでプライブ伯爵家が後見する。
非公式だが、ダニエルからお礼を綴った手紙が届いた。
私もダニエルも、長年の枷から解き放たれたのだ。
やはりダニエルは、卒業後はしばらく領地で過ごすと言う。父が荒らした領地経営を立て直すためだ。
全てが終わって、私の身の振り方の問題が取り上げられた。
花星宮から銀星宮へ移らなくていいのかと言うのだ。
私は花星宮が気に入っているので、出来れば移りたくなかった。
銀星宮はオティーリエ様のために調えた場所なので、今更取り上げるのも嫌だった。
そこで銀星宮はオティーリエ様の居住部分を除いて、大切な来賓を受け入れる宮に改装することになった。
実を言うと、王太子の金星宮は今では執務のためにしか使われていない。バシュロ様は花星宮に住んでいるようなものになってしまっていた。金星宮の使用人の多くが花星宮に移って仕事をしている。
花星宮は生まれてくる子供の部屋が調えられているからだ。
「まったくバシュロは我儘な息子だこと」
王妃殿下はそう言って笑うのだ。
春になり、フェディリア王国の王弟殿下の訪問が近づいてきた。
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