29.三国協議の結果

 インジャル王国は北側に、カテーナ王国とフェディリア王国と国境を接した位置にある。

 南側はと東側は海で、西側は険しい山脈があるがその一部は陸路が整備されており、西方七都市連合国と繋がっている。


 インジャル王国は三国の中でも国土面積が大きく、人口も多く、そのため国力が一番強い。

 南方の海を挟んだディール諸島国と交易があり、特産の砂糖が安価で手に入る。

 国の中に山や森林があるので林業が盛んであり、海に面した土地では漁業も栄えている。塩田もある。北側の平原では牧畜も盛んだし、水が豊かなので第二次産業も盛んだ。豊かな国のだ。


 フェディリア王国は特に林業が盛んで、針葉樹からの紙が主な特産品だ。冬は厳しく、長く雪に閉ざされるが、テンサイからの砂糖や岩塩の交易が国力を支えている。東側は海、西から北にかけて深い森林と険しい山脈がある。


 カテーナ王国は南側がインジャル王国、北側と東側がフェディリア王国に抱き込まれるように接しており、西側は険しい山脈に閉ざされ、その山脈の一部はインジャル王国の国境線に食い込んでいる。

 主な産業は、交易と加工であり、第一次産業に乏しい。


 国の序列としては、インジャル王国、フェディリア王国、カテーナ王国となる。


 だがカテーナの土地が全部フェディリア王国のものになったら、力関係が逆転しかねない。だからこそ、インジャルはカテーナを庇護していた。カテーナ王国は自国の軍部の独断とは言え、フェディリア王国との国境線を攻めたことで、自らの首を絞めて危機に陥っていた。


そんな中で顧みられない立場のオティーリエ王女が、人質としてインジャル王国へ差し出されたのだ。


 今回の三国協議では、カテーナ王国が解体されることは決まっている。四公爵家のベレンゼ、ハーレン、レンネップ、ヨーセンが共同で国を治める四公国となるのだ。インジャルとフェディリアは自治を認め、共同で援助し監視する形になる。


 王族は伯爵位と西の地方の領地と年俸を与えられて、暮らすことになる。

 国王は王妃の他に五人の側室がおり、それぞれの子供がいる。側室と子供達は実家に下がらせることになっている。


 オティーリエ王女は、"王女"の地位を剥奪され、母親の実家のストラウケン男爵の孫という地位に下る。


 その知らせは、早馬で届いた。


 国王陛下の判断は早く、正式な知らせが届いた翌日には、オティーリエ王女、いや今ではその身分は使えないのだから、オティーリエ様は側妃に降格になった。

 オティーリエ様は静かにそれを受け止めた。


 バシュロ様はまだ帰らない。事後処理が残っているのだ。


 私達は静かに待った。


 晩秋が近くなったころ、バシュロ様がお帰りになった。


 様々な報告と打ち合わせがあり、私は新年祭の席で正妃、王太子妃になることが決まった。


 そしてオティーリエ様は、フェディリア王国の王弟クンラート殿下が第四妃に望まれていると知らされた。

 もし、オティーリエ様がそれを望むならば、という条件付きだ。

 春になったらフェディリア王国から正式な国賓として、王弟クンラート殿下がインジャル王国へ訪れる。

 それを機会に、進退を明らかにするようにとバシュロ様が言い渡した。


「君には二つの道がある」

 穏やかにバシュロ様がオティーリエ様おっしゃった。

「一つはこのままこの国に留まり、側妃として暮らす。そうなっても私はベル以外を妻として見る気はない」

 オティーリエ様は黙って頷く。

「もう一つは…わかっていると思うがフェディリア王国の王弟クンラート殿下の第四妃となる道だ。形式的には、私が側妃をクンラート殿下に下賜することになる」

 目を伏せるオティーリエ様。

「どちらを選ぶのも君の自由だ」

「よく考えます」

 顔を上げてはっきり言うオティーリエ様。

 私はその横で、オティーリエ様の手を握ることしかできない。


 その夜、寝室でバシュロ様がポツリと言った。

「ベルは私を冷酷だと思うよね」

 私は目を伏せた。言葉がみつからない。

「クンラート殿下は今年三十二歳。残酷な選択を迫ったと思っている」

 いつになく力がないバシュロ様。

「クンラート殿下は子供に恵まれていないんだ…」

「王弟殿下であれば、殊更子供の有無は重要ではないのでは…」

 私はようやく言葉を見つける。

「わたくしも男児に恵まれるかわかりません」

「男児?」

「はい。懐妊いたしました。今、三月になります」

バシュロ様は私を抱きしめた。

「君はいつも私を驚かせる」


 それからしばらく話し込んだ後、ふとおっしゃる。

「オティーリエは印象が変わった。君は魔法使いなの?」

 悪戯っぽく尋ねた。


「お美しいでしょう?側妃として置きたくなりました?」

 私が尋ねるとバシュロ様は首を振った。

「君が彼女をどんなに変えても、そんな気にならない」

 そして続けた。

「このままインジャルに留まれば、銀星宮は形だけ立派な冷宮となって、彼女は飼い殺しで終わる。フェディリア王国の王弟殿下の第四妃になった方が幸せだろう」


 うーんと唸って

「一体どんな魔法をかけたの?ベル」

 と聞かれた。私は曖昧に笑った。


「時には一片の理解と共感が、どんなものよりも効果が出ることがありますのよ」

 そしてバシュロ様に、オティーリエ様の境遇を語って聞かせた。


「それでも私は」

 バシュロ様はおっしゃった。

「不遇の中で自分を磨いたベルを、心から尊敬するし愛している」

 私を抱き寄せて続けた。

「君はいつも誰かのことを、より良い方へ導こうとする人なんだね」

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