24.置き去りにしたもの

 春のデビュタントの日が来た。

 今回は第二王女のセリーナ様がデビュタントとなる。私の実の弟のダニエルも。


「あなたはインジャル語を話さないから」

 と、王妃殿下が理由をつけて、オティーリエ王女にはデビュタントの謁見の参加を許さなかった。

 授業にきちんと受けようとしない態度への罰のつもりらしい。

 本当はデビュタントの夜会への出席も止めようとしたが、バシュロ様の反対にあった。

 バシュロ様は早く三度の失敗をして欲しいとおっしゃる。一度目は新枕の儀の失敗だ。


 私はどうしていいかわからなかった。


 ただ、今夜は少しの間、久しぶりに弟のダニエルと話す時間を許された。


 デビュタントの先陣を切ったセリーナ様は愛らしかった。淡いオレンジ色のドレスと、金髪が溶け合うようだった。その髪に王妃殿下がピンクの薔薇を飾る。そして今日から王族の一員として、正式な行事に加わるのだ。国王陛下と王妃殿下を挟んで反対側に座るセリーナ様と、私は笑顔を交わし合った。


 ヘレン・アンダーソン達のことを聞き及んで、皆自分を律しているらしい。

 デビューの場で、あれほどの待遇を受けた三人は、未だに婚約すらしておらず、どこの家からも夜会やお茶会などの招待が来ていないという。そんな目に遭わないように、どの家も子女を律している。

 デビュタントの謁見は、平和に終わった。


 夜会ではいつものとおり、バシュロ様は私とオティーリエ王女をエスコートする。

 デビュタントのダンスが半ばに入り、ぽつぽつと既婚の方々がダンスに加わりだす。オティーリエ王女は見るからにそわそわしだす。

「バシュロ様、わたくしたちも踊りましょう」

 とうとうオティーリエ王女はバシュロ様に催促した。

「インジャル語で言えたらね」

 にべもなくインジャル語で答えるバシュロ様。


 オティーリエ王女は顔を赤くし、唇を噛んだ。

 やはりインジャル語を理解なさっている。なぜ頑なに話さないのだろう。

「言わないのなら、ベルと踊る」

 冷たく言うバシュロ様を蹴ろうとしたその時、オティーリエ王女が口を開いた。

「わたくしと踊ってください」

 インジャル語だ。

 発音もそれなりに様になっている。


 私はバシュロ様からすっと手を放し、一歩下がり、

「どうぞお楽しみくださいませ。わたくしは少し下がります」

 と礼をとった。


 私がホールの壁際に去ると、デビュタントの群れから一組の男女が近づいて来た。男性の方はダニエルだ。

 ダニエルは私の前に来ると礼をした。

「こんばんは。ダニエル・アシャール子爵令息。デビューおめでとう」

「側妃殿下。ありがとうございます。こちらは私の婚約者のフランチェスカ・エディス子爵令嬢です」

 隣の女性は同じく今年のデビュタントだ。栗色の髪に緑の瞳。可愛らしい方だ。

「フランチェスカ・エディス子爵令嬢、初めまして」

 私が挨拶すると膝を折って一礼した後、

「ありがとうございます、側妃殿下。では少々失礼致します」

 と離れて言った。前もって打ち合わせしていたのだろう。


 人波から外れて、私とダニエルは向かい合った。

「ダニエル、久しぶりね」

「側妃殿下」

「今は前のように"ねえさん"でいいわ」

「ねえさん、色々ありがとう」

 ダニエルは私に礼を言う。涙ぐんでいた。

「いやね。改まって」

「だって、ねえさんが色々してくれたんでしょう?」

 ダニエルは聡い子だ。

「王家の慰労金の半分を僕名義にしてくれたり、学費を払ってくれたり、仕送りをくれているのはねえさんでしょう?」

 私ははっきりとは答えなかった。

 養女になった時に、プライブ伯爵家から少なくない示談金がアシャール子爵家に払われた。オルセー義父が言うには、アシャールの母はそれをあっと言う間に浪費してしまったのだ。だから王家から私が側妃になった時に、アシャールへ慰労金が支払われることになったと聞き、半分をダニエル名義にして欲しいとお願いしたのだ。ダニエルが学院を卒業した時に受け取ることになっている。

 その上、アシャールから王家にダニエルの学費を払って欲しいと願い出てきた。

 それは私が支払っている形になっている。学院時代にプライブ家からいただいた仕送りと、学院で稼いだ報奨金で十分賄えるのだが、側妃としての予算がその分増額された。

「ごめんなさいね。王家がアシャール子爵家に援助している形にはできないの」

と王妃殿下が謝罪された。


「困っていることはない?」

「十分だよ」

「卒業後はどうするの?今は文官専科なのでしょう?文官として出仕するの?」

「しばらくは領地に行って、領地経営に力を入れるよ。だって…」

 ダニエルは少し言い淀んだ。

「文官になったら、給料を搾り取られるのは目に見えているからね」


 そうなのだ。

 もし私が文官として出仕しても、アシャールの両親は同じことをしただろう。

「だって全部支給されるのでしょう?制服があるし、寮があるし、食事も出るし。あなたはお金なんて必要ないでしょう?」

 などと笑ってお金を強請る母親の顔が容易に想像できる。


「そうね…表向きは全額がアシャール子爵家に支払われたことになっているから、十分気を付けるのよ」

 そのうち、そう、もう数年経ってダニエルが結婚したら、何かを理由に父を引退させなくてはならない。

 そうしなければ、ダニエルを置きざりにして私だけ両親と切れてしまったことに、罪の呵責を感じ続けるから。


 曲が終わり二曲目が始まった。

 オティーリエ王女に縋りつかれたままのバシュロ様が、こちらに向かってくるのが見える。

「もう時間だわ。元気でね」

 別れを告げると、ダニエルは頷いて一礼した後、フランチェスカ・エディス子爵令嬢の元へ向かった。


「ダニエルとは話せたみたいだね」

 優しくおっしゃるバシュロ様。

 その隣で興味津々の様子で聞き耳を立てているオティーリエ王女。


 やはりオティーリエ王女は、インジャル語がわかっていらっしゃる。きっとフェディリア語もそれなりにわかっているのは明白だ。


 二つの置き去りにしたもの。

 アシャール子爵家とオティーリエ王女を、私はいい方に導きたい。不遜であっても、自己満足であっても。

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