薬売りの少女とお節介な猫

@e7764

短編


井戸から水を汲み上げネムネリアは顔を洗う。

冷たい水が染みる。

顔を拭いてそれから、んーと言いながら伸びをして目を覚ます。

木々の隙間から溢れる朝日を浴びながら朝の冷えた空気を肺いっぱいに吸い込む。

2本の尻尾を揺らし、どこからかミス・リリーがやってくる。

気づいたネムネリアは両手で彼女を抱き抱えようとする。

知ってか知らずかミス・リリーはネムネリアの手のひらに体を擦り付ける。

ミス・リリーは毛の白い猫のように思う。

他の猫と違うところを挙げるなら黒の尻尾と白の尻尾が一本ずつあることだ。

思う存分体を擦り付ける満足したのかミス・リリーがついて来い、という様子で玄関の方へ堂々と歩いて行く。

彼女について家の中に戻る。

食卓には鍋いっぱいのスープが用意されている。

作ったのは祖母のミラルだ。

ミラルは昨日夜通し薬を調合していた。

明け方朝食をついでに作ったのだろう。

ネムネリアはスープをよそって食卓に並べる。

仕度が終わった頃、ソファに座っていたミラルがゆっくりと立ち上がり、杖をつきながら食卓にやってくる。


「お薬は作り終わったの?」


ミラルはゆっくり頷く。


「20できた」


「わかったわ。今日村へ売りに行ってくるわね」


またミラルが頷く。

そしてミラルはゆっくりスープを口に運ぶ。

ネムネリアも食べようとミス・リリーがスカートの裾を噛んだ。


「ごめんね、忘れてたわ。すぐに用意するわ」


ネムネリアは冷ましていたスープの具材の汁気を切ってミス・リリーに差し出す。


ネムネリアはおっちょこちょいだ。


ミス・リリーは不満気に食べ始めた。

ネムネリアは彼女の背中を撫で、それから食事を始める。

素早く食べ終えたネムネリアはミラルの作業台の方へ向かう。

作業台の上にはミラルの作った薬が瓶に詰められ置いてある。

それを1回分に分けて紙で包むのがネムネリアの役目だ。

手際よく作業を進めて行く。

昼食時までに村につかなければならない。

食堂に皆が集まる時に売りに行くのだ。

日が高くなる前に30の薬を分け終えた。

それを二つの皮の袋に分けて入れ、村へ出発する。

ネムネリアの住む家は森の中にある。

そこから一本の道で村まで繋がっている。

家から村への方向を向いて道を通ると迷いようのない道なのだが村から家の方向を向くと脇道のように見えてしまう草木の分け目がいくつもある。

慣れてしまえばどうと言うことはないのだが慣れない人が森に入ると拒むように人を惑わせ、帰り道は魔法が解けたように真っ直ぐに帰れる。

それゆえに迷いの一本道なんて呼ばれている。

当然、ネムネリアも迷わない。

にもかかわらずミス・リリーはいつもネムネリアを先導する。

ちゃんとついてきているかを確認するように何度も振り返りながら進んでいく。

突然、ガサガサと音がして茂みからミス・リリーのお友達が現れた。


「こんにちは。今日も綺麗ね」


興味ないといった様子でネムネリアを一瞥したあとミス・リリーと頭を擦り合わせる。

しばらくして満足したのか森の奥へと帰っていく。

ミス・リリーは遅れを取り戻すために足を早める。

村が見えるところまで来るとミス・リリーはネムネリアの後ろに下がる。

村の入り口には2人の門番が立っている。


「こんにちは。薬を売りに来たの。入ってもいいかしら?」


門番の1人が答える。


「もちろんだ。入ってくれ」


「ありがとう。2人ともお薬は必要かしら?」


門番の2人は顔を見合わせる。


「今は金を持っていないんだ。中で売ってやってくれ」


それを聞いて残念に思いながら食堂へ向かう。


「こんにちは。お薬を売りに来ました」


ガヤガヤとしていた食堂は静まり返る。


「スクラルドを殺したヤツがか?」


誰かが馬鹿にするように言った。

途端に笑いが起きる。

人を傷つける卑怯者の笑いだ。

違う!ネムネリアはそう叫びたかった。

彼は自分の意思で森に入り、迷ってしまったのだ。

ネムネリアが彼を見つけた時はすでにミス・リリーのお友達に追い詰められた後だったのだ。

可哀想に思ったネムネリアは食べ終わった頃を見計らって彼の元へ向い、欠片を拾ってわざわざ村に返してやったのだ。


彼らはいつも不思議なことを言う。

自分達を動物だと自称し、自然の一部だと主張する。

そのくせ動物と同列に扱われると文句を言い、自然の輪の中に入れられる事を拒絶する。


「私は殺していないわ」


小声で主張するのがネムネリアにとっての精一杯だった。

確かにミス・リリーのお友達は人を食いものにする者ばかりだ。

しかし、大切な家族のお友達なのだ。

食事を邪魔するなんて酷い事をできるはずがない。


「はん!どうだか」


ヘンドリックかミミミナットかダートランのどれかの名前の男が言った。


「まあいい。薬を買ってやる。銀貨5枚だろ」


同じ男が言う。


「ううん。材料があんまり取れないの。だから7枚じゃないと売れないの」


「7枚?馬鹿にしてるのか?」


さっきの男とは違う、同じテーブルに座るヘンドリックかミミミナットかダートランのどれかの名前の男が言った。


「材料が取れないとかどうとか知ったことではないな。俺たちが余計な金を払う必要はない」


ヘンドリックかミミミナットかダートランのどれかの名前の最後の男が言った。

その通りだ、と彼らは言う。

口々にネムネリアを貶した後、別に買わなくてもいいと口を揃えた。


ばかなやつらだ。

売らないと言われて薬を買えなければ困るのは自分達なのに。


「わかったわ。5枚でいいわ…」


諦めたようにネムネリアが言った。


「いいや、4枚だ。それ以上なら買わない」


「そんな!」


ヘンドリックとミミミナットとダートランは揃って無理難題を突きつける。

ネムネリアは彼らに頭を下げる。


「銀貨4枚と銅貨5枚、お願い!これ以上は下げられないわ…」


3人はしてやったという意地汚い笑みを浮かべた。


「わかった。それで買ってやる。感謝しろよ?」


その言葉を皮切りに食堂に居た村人はネムネリアの薬に飛びついた。

結局、用意していた20個全てが銀貨4枚と銅貨5枚で買い叩かれてしまった。

ネムネリアは重い足取りで食堂を出て、軽い足取りで村の外へ向かう。


「レディ・ネムネリア。待って欲しい」


呼び止められて振り返る。


「私にも薬を売って欲しい」


困った、ネムネリアはそう思った。

半分の薬に拾った落ち葉をすり潰して混ぜたネムネリア特製の20個は全て売れてしまったのだ。


「銀貨7枚でよかっただろうか?」


「みんなには銀貨4枚と銅貨5枚で売ってしまったわ」


「いいや、キチンと払うよ。7枚で問題ないなら4つ売って欲しい」


「ええ、もちろんよ!本当ありがとうハルトバルトさん!」


ネムネリアは心から頭を下げた。


「頭を上げて欲しい。礼を言うのはこちらの方だ。ミラル様が居て、君が売りに来てくれるから安心して暮らせるのだ。いつも本当にありがとう」


ネムネリアはもう一度彼に感謝を伝え、ミラルの薬を4つ渡した。

去っていくハルトバルトを見送って再び帰路に着く。


「お疲れ様、魔女様によろしく」


村の出入り口で門番に声をかけられる。


「ええ、必ず伝えるわ」


「ご機嫌だね。何か良いことでも?」


「そうなの!私のお薬をみんなが買ってくれたの!」


それはよかったと微笑む門番の名前をネムネリアは覚えていない。

ありがとうと言って村を後にする。

迷いの一本道に丁度一歩踏み入れた時、ネムネリアは大声でまた呼び止められた。


「待って!ネム!」


息を切らせて走って来たのはフローサリアだ。


「連中から聞いたわ。ごめんね、力になれなくて」


フローサリアはネムネリアを抱きしめた。


「気にしないで。私は大丈夫よ」


「本当?魔女様に怒られたりしない?」


大丈夫、と答えてフローサリアを宥めた。


魔女、ねぇ。


次は必ず力になるとフローサリアは約束した。

ネムネリアは再び家へ歩みを進める。

先導はもちろん、ミス・リリーだ。

何事もなく家について出入り口の扉を開ける。


「おかえり。早かったね」


鈴の音のように美しい声で出迎えたのはミラルだった。


「まあ!身体はもういいの?」


ネムネリアは跳び上がって驚いた。


「ゆっくりと眠ったからねぇ」


そう言いながらミラルはネムネリアの頭を撫でた。


「さ、きびきび動きな。ここから引っ越すよ」


「ここを…離れるの…?」


「行き先は何百年か前に何代か前が住んでた場所ね」


「そんなの聞いてないよ…」


「さっき決めたことだからね」


「なら急いで準備しないと!明日にでも出発できるくらいに」


ネムネリアはパン、と一つ手を叩く。


「あ、その前に手紙を書かないと!いいかしら?」


ミラルは何も答えなかった。


「急いで書くわ!」


ネムネリアは自室へ走って行く。

後ろからミス・リリーもついて行く。


「駄目よ!手紙は秘密なの!」


ミス・リリーは閉め出されてしまった。



「聞いたか?魔女がいなくなったって」

「いなくなった?出かけてるんじゃないのか?」

「いいや、何でも引っ越したらしい。フローサリアが手紙を貰ったってさ」

「どうだっていいさ。薬を作れるのはあいつらだけじゃないんだ」

「薬を安く買いだめできたから。しばらくは大丈夫さ」

「ルサルカが風邪をひいたって」

「馬鹿のくせに風邪をひくんだな」

「そういえばイェンロンのやつも風邪らしい」

「流行ってんのかもな」

「ルッソのとこのガキが2人とも寝込んでるんだって」

「うちも気をつけねえと。下の子は身体が弱いんだ」

「おい!聞いたか?エナが高熱で起き上がれないらしい。何でも薬が効かないって」

「そうなのか?ハルトバルトのとこは薬で一発で治ったって言ってたぞ」

「風邪じゃないのかもな」

「どういうことだ?」

「流行り病ってやつだ。気をつけるしかない」

「聞いたか?今流行ってるのは風邪じゃない病気らしいぞ。しかも薬が効かないらしい」

「聞いたか?ローレライのやつ、高熱が下がって病気が治ったと思ったら片耳が聞こえなくなったらしい」

「聞いたか?ハルトバルトのとこ、一家全員で村を出て行くらしいぞ」

「何考えてんだこんなときに。今まで病気が流行ったことがなかったこの村でこんんなにも流行ってるんだ。出て行ったら死ぬんじゃないか」

「聞いたか?ミミミナットが高熱で昨日から意識がないらしい」

「他にも色んなやつが高熱で寝込んでる」

「聞いたか?ミミミナットが死んだって」

「一体どうなってんだ!」

「流行り病だ」

「流行り病か」

「流行り病、流行り病」

「流行り病だ!」

「流行り病か?」

「流行り病だ!」

「流行り病か?」

「流行り病…」

「流行り病…でないならなんだ?」

「なんだ?」

「なんだろう?」

「原因は?」

「わからない」

「いつからだ?」

「いつだった?」

「丁度、魔女が引っ越した頃だ」

「魔女は何故引っ越した」

「ミミミナット達が薬を買い叩いたからだ」

「だからあいつは死んだのか」

「呪いみたいに」

「そんなわけないだろ」

「呪い…でないならなんだ?」

「呪い…」

「呪いか?」

「呪いだ!」

「呪いか?」

「呪いだ!」

「呪いか」

「魔女の?」

「魔女の?」

「魔女の!」

「魔女の!」

「「これは魔女の呪いだ!!」


ばかなやつらだ。

だから困るのは自分達だと言っただろう。

おめでたいやつらだ。

魔女の呪いだなんて。

魔女は人間を呪わないのに。

人間を呪うのはいつも人間なのに。

それを知らないんだ。

それを知らないだなんて

『なんて幸せなやつらなんだろう』


村を一望できる、それなのに決して見つからない。

そんなところから村を観察していた。


「こんなところにいたのですかミス・リリー」


よくここがわかったな。


「貴方が見つからないせいで随分苦労しましたよ」


隠れてるんだ、当然だろう。


「ミラルのとこのお嬢さんについて行かなくてよかったんすか?」


すぐに戻る。


「もしかして、村の事が気になってるんすか?」


見ていただけだ。


「そうなんすね。わかりますよ。長年慣れ親しんだ土地を離れるのは寂しいことっすから」


寂しいなど言っていない。

不愉快な男だ。


「村の事は心配しなくても大丈夫すよ。僕が来ましたから。今回の薬はとっておき、グリフォンの血を混ぜた特効薬っす」


グリフォンとは赤いトサカの白い鳥か。


「そんな、お礼なんていいっすよ。僕と君の仲じゃないっすか」


そう言って男はミス・リリーを抱き上げる。


そうだな、私の友よ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

薬売りの少女とお節介な猫 @e7764

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ