あやかし探偵

@umitokokonut

第1話

綾樫あやかし探偵事務所』


 そんな古ぼけた看板が掛かっているのは、街から少し外れた小さな路地の奥だった。奥まった立地と地味な外観により、大体ここを利用する依頼者は口コミや噂で知ることが多いらしい。


 かく言う僕もその1人だ。


「ここか。探偵事務所のイメージとしては、ビルのテナントとして入ってるもんだと思ってたけど...一軒家なんだな。」


 そう独りごちながらガラス張りの扉を開く。


「わ、いらっしゃいませ!お暑い中起こしくださってありがとうございます!」


 開くや否や、玄関奥の応接間から1人の女の子がぱたぱたと慌ただしく出てくる。黒を基調にしたセーラー服に、白い運動用シューズ。目鼻はある程度整っていて、こんなにも暑いと言うのに汗ひとつかいていない。


「こんにちは。ここって怪奇現象やお化けの相談ならなんでも解決してくれるって噂の、綾樫探偵事務所...で合ってますよね?」


「そうですそうです!あいにく今は綾樫さんがいらっしゃらないのですが...もし良ければお話だけでも私が伺いますので、どうぞ奥に入ってください!」


 勧められるがまま、スリッパに履き替えて奥へ上がる。


「すみません、ちょうどエアコンが壊れちゃってて...今扇風機持ってきますね!」


 さっきの女の子がスタスタと奥に走っていく。僕は手際よく注がれた麦茶を勢いよく飲み干し、あまりの暑さにうなだれていた。


 少しして、またスタスタと扇風機を担いだ少女が戻って来た。古いものなのか、羽が少し黄ばんでいる。


「おまたせしました!お茶のおかわりも持ってきたので遠慮なく飲んでくださいね。あ、申し遅れました。私、綾樫響あやかしひびきの助手をやっている三雲みぐものばらと申します。よろしくお願いいたします!」


 彼女はそう言って深々とお辞儀する。つられて僕もぺこりとお辞儀を返す。


「ニックネームや仮名で構いませんので、あなたのお名前をお教え頂けますか?」


「えっと...それじゃあ僕のことはワタルと呼んでください。」


「ワタルさんですね、承知しました。では、今日ここにお越しいただいた理由を伺ってもよろしいですか?」


 俺は再び注がれた麦茶をぐいっと飲み、つらつらと話し始める。


「あれはちょうど1週間前のことでした。私の1番の親友―渡辺薫わたなべかおるが、ある儀式をしたっきり失踪しているのです」


「ある儀式?」


「はい。なんでも異世界に行くことの出来る儀式だとかで、代償として異世界に移った時には現世、こっちの世界からは『存在が消える』らしいのです。私もその時は面白半分で聞いていましたし、当の本人も本気で成功するなんて思っていなかったでしょうが...」


「結果として、失踪してしまったと。」


 ソファに浅く腰かけ、ふぅむと考え込む三雲さん。そんな彼女にお構いなく、僕は話を続ける。


「失踪だけならまだマシでした。人為的な何かの介入が考えられますから。問題は、事にあります。...いや、正確にはのです。」


「...詳しく、お聞かせ願います。」


「私の記憶の中にいる渡辺薫と、今この世に存在する渡辺薫は、まるで似ても似つかない人間なのです。2.3日消えたかと思ったら顔も性格も全然違う男が『渡辺薫』として現れたのです。私の知っている彼はたおやかな好青年だったのに対し、今の渡辺薫はチャラくて、もう見てられないくらいクラブで酔いつぶれたりしちゃって...本当に別人なんです。でも周りの人はを渡辺薫だとして接している。もう何が何だか分からない所に、風の噂でここの話を聞いたのですが...これは僕の頭がおかしくなっただけですかね?もう何も分かりません。...何とかなりそうでしょうか?」


 そこまでひと息に言い切って、風鈴の涼し気な音と扇風機の稼働音で現実に引き戻される。僕の拙い説明を聞いて相変わらず三雲さんは険しい顔で何やら考え込んでおり、僕も彼女の言葉を待つしか無かった。


「...儀式についての心当たりはあります。しかし、どこまで行っても私はあくまで『助手』ですので、綾樫さんの考えによって対応は決まります。今1度確認しますが、あなたは今の偽渡辺さんを元に戻したいとお考えですか?」


「もちろん、それができるのであれば1番だと思います。状況が状況ですし、警察も相手にしてくれないでしょうから...もうここしか頼みの綱は無いんです。お願いです、助けてください!」


 ソファーから腰を浮かせ、年下の女子高生に誠心誠意頭を下げている僕の姿はさぞ滑稽だったろう。


「顔をあげてください、ワタルさん。あなたのお気持ちは痛いほど分かりました。綾樫さんに改めて相談致しますので、またご都合の良い日時と、連絡の取れるメールアドレスか電話番号をお書きください。」


 彼女はそう言って紙とペンを差し出してくる。ありがとうございますと呟き、言われた通りにメモを取って返す。


「この事件、必ず私たちが解決致します。詳しいことはまた後日お話しましょう。今日は一旦帰って思考を整理してみてはいかがですか?もし何かまたわかったこと、かわったことがあれば、次回お話してください。日差しが厳しいのでくれぐれも熱中症にはお気をつけくださいね!」


 ニコッと笑い、快活に引き受けてくれた彼女を見て、いくらか僕の心も落ち着いたようだ、一安心しながら靴を履き替え、三雲さんの見送りを受けながら帰路に着く。


 そうだ。きっとあの人たちが何とかしてくれる。そう思うことでしか、心の平穏を保てなかった。


 ―――――――――――――――――――――


「らしいですよ、綾樫さん。何か分かりますか?」


 節電のために扇風機の風量を『弱』に設定し直し、奥の部屋に呼びかける。


「フン、十中八九入れ替わりの儀式だろうな。候補はいくつかあるが、手順がひとつも分からないんじゃあどうしようもない。次会った時に聞き出すしか無いだろう。無理なら渡辺薫本人に接触しないとならん。」


 書斎兼物置となっている奥の部屋から、背の高い女性が顔をのぞかせる。手入れのされていない茶髪に鋭い眼光、無地の白Tとスキニージーンズを身にまとった彼女は、そのまま部屋から8つのファイルを取り出して応接間に広げる。


「ま、候補はこの8つだな。いずれも『異世界の住民と入れ替わる』タイプの儀式だ。話を聞く限り、その渡辺とやらは異世界の輩と入れ替わったんだろうな。取り戻したけりゃあ自分も赴くしか無いだろう。そのうえで説得するなり力ずくなりで奪い返せばいい。」


 本人に戻る気があれば、だがな。


 そう言って響さんはどかっとソファに座り込む。私は無言で扇風機を首振りモードにする。


「じゃあワタルさんはどうすればいいんですか?自分も身を呈して連れ戻す以外無いと?」


「だからそう言っているだろう。1度向こうに渡った者が、そう易々とこちらに帰って来れるかは疑問だがな。そもそも帰りたいと思っているかどうか。そいつのために危険を犯せないようでは、親友を名乗れんよ。」


 ドライだ。自分の無力さに歯噛みしているような私とは違う。


「いいか、私達は『探偵』だ。探し出し、探り出すのが仕事なんだ。そこから先はクライアント次第なんだよ。わかったか?わかったならメシ食いに行くぞ。」


 パンと膝を叩いて立ち上がる響さん。彼女の助手として、はたして私はやっていけるのだろうか。


 一抹の不安を胸に、私はカチリと扇風機の電源を切った。


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