十分に準備をしましょう
前回先祖返りの力が体を支配した時、家接の記憶は何も残っていないほどに主導権が相手側に委ねられていた。自分の魔力を制御することのできない家接がそうなったのは当然と言えば当然の結果だった。
が、今回はどうもそういうわけにはいかなかった。
何かのはずみで目覚めてしまった先祖返りの力だけれども、それは彼の体にめぐる魔術の回路を作動させてしまったということでもある。例えるなら一度抜いたら作動してしまうあの電池に挟まっているシートのように、抜かなければ作動することのないものを抜いてしまった。故意にしろ故意じゃないにしろそれを止める方法はもうない。
家接はこれからその力を扱わなければならないのだ。
「………んっ」
目をつぶってイメージに浮かぶ妖精に僕は投げやりともいえる感情を投げた。
家接のその行動は自分が戦闘に参戦しないということを前提とした試合放棄の構え。
だが妖精はそれを良しとしなかった。
「どうして、まだ僕は意識があるの」
結論から言えば彼が意識を失うことはなかった。だが、それと同時に彼には今まで感じたことのない力の根源が己が内にあることを感じる。それは全身に巡り巡って回転している。
目の前の酒花はそんなことに気づかない。ただただ力のあふれだしてしまった先祖返りを相手にしていると思っている。
「そろそろ、いいかな」
酒花はトントンとその場に何度か跳ねるとその勢いのまま家接に急接近する。
「ちょ、まっ!」
ってください!と言い終わるよりも先に防衛本能が働いたかのように家接の周囲に霧が現れる。魔力で生成されたその霧は家接の魔力を帯びていて彼の位置をくらませる。酒花は勢いそのままに霧に突っ込んだためもろに霧の魔力に飲まれて家接の魔力を辿って位置を割り出すことはできなくなる。
そうして彼がその場にとどまっている間にも霧は収まることはなくあっという間に空間内をすべて埋め尽くしてしまう。
「酒花さん、ちょっと待ってください」
「ん?それは”どっち”だ?」
「僕です、家接です。さっきまで会話してた方です!」
「なんだ、意識は乗っ取られてないのか」
さっきまでやる気だった酒花の気合いは肩透かしをくらう。
互いに姿が見えない状態で位置も把握することはできない。霧を晴らそうと心の中で願うと、それに体が反応して霧は徐々に薄まっていく。
どうやら間一髪で彼の攻撃を避けていたようで、家接が咄嗟に避けたそのすぐ隣には酒花が突き抜けたとみられる跡が地面についている。
「この通り、なんでかは分からないですけど先祖返りの力が制御できるようになったんですよ」
「それは良かったじゃないか」
彼は家接の成長を喜ばしく褒める。家接もやっと彼が止まってくれるのだと安心しきっていたが、彼の頭の角が引っ込むことはない。
「でもさぁ、せっかくその力が使いこなせるようになったんならもう少しだけ続けない?まだ、魔術のほうは使えないんでしょ?」
「それは確かにそうですけど……」
さっきの霧を晴らす感覚と同じ要領ならできるかもしれない。
言いくるめられた形ではあるけれど、酒花のいうことには一理あった。
家接はそれを了承して再び酒花は攻撃を開始する。
「そうだね、最初だから五分にしよう。僕から五分間倒れずにいられたら合格ってことで」
「分かりました」
彼が両手を頭の上にあげる。その掌から音が出た瞬間が皮切りとなって家接の訓練は再開された。
家接は頭の中に浮かんだイメージをそのまま言葉に発する。
誰に教わったわけでもないが、先祖返りの力も魔術も手順の踏み方はそう違いはない。つまり魔術における決まった行動、詠唱などの行為によって安定性があがるというメカニズムはそのまま先祖返りの力にも通ずるのだ。
「満たして隠せ、フォッグ」
単純な霧を意味する単語。自分を霧の中に誘う法。
酒花が攻撃を再開する前に再び部屋は霧で満ちた。しかし酒花は一歩としてその場を動かなかい。
「これは厄介だなやっぱり」
彼は自分の指を一度鳴らす。その行為は自身の居場所を知らせる一見不利になる行動のように思える。だが、それには意味はある。指を鳴らした手を開くとそこには杖が現れ、彼はそれを握った。
「さて、こういう時は誰にしようかな」
杖をクルクルと回しながら独り言をつぶやく。その間に家接はとにかく彼から離れようと壁際の方に音を立てないように進む。
杖を回す音が止んだ。
「そうだね、君だ。おいで、鎌鼬」
杖を地面に突き立てると地面に五芒星が浮かび上がる。そこから一つの巻物が出現しそれがひとりでに開かれていく。ある場所で急に巻物が止まると絵に浮かんだ鎌鼬は現実になって現れた。
風穴のようなその姿が宙に舞う。思考が存在するそれは酒花にしか理解することのできない音声を発した。
「ごめんごめん。最近はあんまり出番なかったからね。でも今回は少し派手にやってもいいよ。手始めにこの厄介な霧を払ってくれないかな」
鎌鼬はそれを理解したのか部屋の上の方に浮かんでいくと風の刃を縦横微塵に放った。容赦のないその衝撃波は満たしていた霧を歪めて空気を切り裂き動かす。すぐ後に斬撃の行きついた先である部屋の壁が削れる音がしたが、酒花は気にしない。一度歪んだ空気は引っ張られて、満たしていた霧を疑似的に晴らす。
「おっと、そんなに逃げることもないのに」
部屋の端のほうに逃げ込んでいる家接を見て酒花は笑う。
ゆっくりと近づく酒花に家接は口元を引きつらせた。
「すごく怖いんですけど」
「そんなことないと思うよ。でも早く逃げるか魔術を使わないとゲームオーバーになっちゃうんじゃないかな」
魔術を使ったことのない家接にそれをいきなりさせようとするなんてスパルタがすぎる。
霧を再び出してもあの隣にいる鎌鼬がきっと同じことをするだけ。それなら……。
一か八かの賭けに出るほど家接は肝が据わっているわけではない。それでもやらなければならない時があるとするなら、彼はきっと惜しむことはないだろう。そも、自分の持っている魔術が何かすら家接は知らない。
繋がれたコードに電気を流すだけ。
「どうにでもなれ!」
魔術回路に全力を注ぎこむ。幸い、彼の魔術処理の性能は高かった。
注ぎ込んだ分の力をすべて綺麗に外に吐き出す。
「それが君の魔術か」
迫りくる業火を前に、彼はただ笑うしかなかった。
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