やるときは、徹底的にやりましょう

「そうです」


「そっか。じゃあ君が先祖返りを持った魔狩師候補の子だね」


 結局、カラ爺は僕に気を遣ってくれていたわけではなかったんだなと少しだけ残念な気持ちを持ったが、それ以上に目の前の彼は僕と同じ境遇なのだと出会ってみれば会話もしていないのに謎の親近感が湧く。


「あなたが、酒花さんですか?」


「そうだよ。ほら、ここ見てて」


 そう言って彼が帽子を取ると彼の頭から赤く燃え上がる色の角が生えてきた。


 それは細長くそして、鋭利に伸びる。


「ね、僕は見ての通り鬼の先祖返りさ。力を抑えても少しだけこぶみたいに膨らんじゃってるからふだんは帽子をしてるんだけどね。どうだい、少しは警戒を解いてもらえるかな?」


 そう彼に言われて、自分が今まで目の前の彼に対して警戒してしまっていたのかと反省する。


 彼は再び帽子を被りなおすと、まだ警戒を解き切れていない家接にどうでもいいような昔の話を始めた。


「知らないと思うけれど、カラ爺はもともと魔狩師学校で講師を長い間務めていたんだ。だから彼の教え子はたくさんここにいる。見渡せばどこかには必ず彼の教え子が見つかるっていうぐらいにはね」


 彼が指さした先にいた女性、彼女は酒花と目が合うと小さく手を振って仕事に戻っていく。


 ほらいた、というようにほんとにたくさんの教え子が彼にはいる。


「だけどね、彼はその講師という仕事をある日ぱったりと辞めた。今は気にすることじゃないか、とにかく彼は君が思っているずっと先を見据えているんだ。だから、そんな疑いの目をカラ爺に向けてはいけないよ」


 どうでもいいことを話すはずが、ただ後輩を諭しただけになってしまった。


 反省しなくては。と頭掻いて家接を見た。どうやら僕が言ったことは案外彼の心の内を射ていたようで「分かりました」と返事がある。


「それは良かった。だけどまぁ、それはおいておいて。君は僕に何か聞いてみたいこととかあるんじゃないのかい?」


 現在、先祖返りと魔狩師の両方の性質を持つのは酒花ただ一人だけだという。それほどに先祖返りが珍しいものだということと、魔狩師になれなければそれはただの運び屋と変わらないという事実がそこには隠れている。


「酒花さんは、どうやってその先祖返りの力をコントロールできるようになったんですか?」


 彼はそれが聞きたかった。もちろん、カラ爺たちが言うように魔狩師として自身の能力を覚醒させることも重要かもしれない。だけどそれ以上に家接は他人を自分の問題に巻き込みたくなかった。


「先祖返りの力か……。君はまだ魔術は使えないんだよね」


「そう、です」


 言いづらそうな顔をしている少年を察して彼は考えを変えた。


「なら僕が魔術を教えるよ」


 きっと初めての経験でカラ爺も勝手がわからなかったはずだ。なにせ僕は魔術を使える状態で彼の教えを受けていたから。


 単純な魔術、それだけで先祖返りの力を持っている人は優秀な魔狩師と同等かそれ以上の力を有することになる。もちろん魔術の練度が上がれば上がるほどそれは卓越した存在になっていくということの裏返しでもある。


 事実、酒花は魔狩師として活動する際に先祖返りの力を使うことはないに等しい。先祖返りというだけで魔力量は常人を越えている。それさえあれば力を使わずとも運び屋を狩るのは容易だ。


「ここでは、一般的に魔術師の考え方を参考にするよ。別に呼び方が違うだけみたいなものだし。さて、問題です。自転車を動かすとき、きみはどうする?」


「えっ?それは、、漕いで進める、だと思いますけど」


「正解!そうだよ。僕たちは普段自転車を漕いで目的地まで進んでいる。では、魔術とは何か。君ならこの状況で何に例える?」


 彼は一度悩んだのちに、


「自転車本体、ですか?」


「確かにそれはおもしろいな。そういう考え方もある。だけど正解はあるからさ、それも一応教えておくと答えは電動アシストだ」


「電動アシスト?」


「今聞いてたら君の自転車本体のほうが正解だとは思うけど、一般に言われているのはそっちなんだ。僕たちの日々の運動に補助の役割を与える。それこそが魔術の役割。決して表立って現れないが明確に用途を定める。初期の頃はさ、強化魔術とか、造形魔術をするからこの考えは決して間違いってわけじゃないんだよ」


 やっぱり説明下手くそだなぁと我ながら反省しつつも、彼が何かを掴んでくれていないかと隣を見た。


「なるほど、そういう考え方なのか」


 ひとりでに考えながら頭の中でイメージする。自分が持つものを。


 魔術は自分を補助するもの。その考えが頭に染みついて離れなくなるようゆっくりと進んでいく。


 答えに到達しそうになった時、突然何かが横切った感じがした。


「、、はっ!はっ、はっ」


 気づけば全身が汗にまみれていた。


「大丈夫かい。さっきから周りの声が聞こえていないみたいだったけど」


 息も絶え絶えになった家接はなんとかといった様子で酒花からもらった水を一気に喉に流す。


「僕の、先祖返りはシルフだと聞きました。魔力が身体に流れているのを感じました。血液と同じように人を動かす第二の網が体に巡っていて、だけどそれを使おうとすると妖精が目の前を横切って感覚が薄れていくんです」


「それって、妖精の力が魔術を使おうとするのをせき止めているってこと?」


「分からないですけど、たぶんそうです」


 こんなのは僕にはなかったことだ。知らない状況に酒花も戸惑う。


 彼も決して最初から魔術を使うことができたわけじゃないが、さっき彼が言った感覚で徐々にその力を掴んでいった。そして魔術を使えるようになっていくうちに先祖返りの力も制御できるようになっていったのだ。


「ならいっそ、妖精の力のほうを出してみてよ」


「でもそんなことしたらまた」


「安心してよ。ここにはそういうことのための部屋がある」


 地下一階。鋼鉄の扉を押して向かった先は大きな何もない空間だった。


 そこに入るや否や酒花は準備運動をして体を慣らす。


「心配することはないよ家接君」


「本当にいいんですか。僕じゃこの力、本当にどうにもならないんですから」


「大丈夫大丈夫、言っとくけど僕が君とこうやって会ったのはなにも僕が先祖返りの魔狩師だからじゃない。安心して僕に任せるといい」


 帽子を取って彼はその二本の角を生やして、ショルダーバッグを肩から外す。


 一方の家接はどうにでもなれと、頭に浮かぶ妖精にすべてを委ねた。

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