やられたら、全力でやり返しましょう
自分が損をする分には自制できるのに人に迷惑をかけたときの、この罪悪感はいったい何なんだろう。
昨日のことはなんのその。僕はまたいつものように過ごす。
それが、二人に言われたことだったから。
「言うなら、あなたは釣り餌。あれだけ手痛い思いをしたのならきっとあいつはよりあなたに執着するはず。それを私が釣り上げるっていう戦法。分かった?」
分かっても分からなくても僕はやらなくてはいけない。家から大学に通うこの進路も二年目にもなると日常に溶け込んでいる。幸いなことに、学校にいるあいだはそういった事件に巻き込まれることもなく平穏に過ごせた。
「じゃあ、今からぼくはバイトがあるので学校でますね」
雪広さんにそのことを言って電話を切った。バイトの前には電源が鳴らないように機内モードにする。いつものようにバイト先に向かう最中にはそれを済ませて、鞄に入っているポーチからiPodを出した。やっぱり音楽を聴くのはこれが一番落ち着く。慣れた手つきで音楽を再生してバスに乗った。
「待ってよ、バスに乗るの?あんな閉鎖空間に入ったら外からじゃ干渉しにくいじゃない。もしあなたを練る人がすでにのっていたらどうするつもり?って、電話につながらないし!」
遠目で観察をしていた雪広は慌てて高所から飛び降りた。ここからではとてもじゃないけどおびき出された獲物を捕まえることなんてできない。幸い、今は運び屋と感知するほどじゃないけどいつそうなるか分からない。そのため気を緩めることはできなかった。
「四方印、北」
彼女の姿は空中で分解されたように消える。地面には、着地音すら残さない。
「行ったぞ」
「了解」
ニヤリとした笑みが無線を通さなくても聞こえてくる気がする。彼は報告を済ませると消えた彼女を追うためにバイクのエンジンをかけた。
無線を通して会話をしていたもう一人。笑みを隠せない男は雪広が危惧していた通り、すでにバスの中に潜んでいた。一番後ろの席で余裕の見物をする男。
彼は魔術の応用で自身の姿かたちを他人に誤認させる、いわゆる幻覚を魅せることができた。光を屈折した彼の魔術はあまり万能というわけではないが、普通に生活していればかなりの効果を発揮する。
そして今現在誰にもばれることなく彼は男子高校生として席に着いていた。
「あいつが昨日の……」
邪魔が入った昨日のことを見越して、今回は限りなく魔狩師が介入しづらい状況を作り出した。これもあれも彼の『明鏡止水』のおかげだ。今回こそは慎重に慎重を極めた。ここで狩れなくては魔狩師の名が廃る。あの女に劣っているのは認めたくないが、今は自分の尊厳の方が大事だ。
開いた掌を袖に隠す。降りるボタンを押してバスが路肩に寄った。
タイミングは一度きり。加えて、彼を殺すことだけで他に支障はきたさない。
彼は立ち上がってゆっくりと階段を降りる。カラカラの優先席に座る彼が一瞬こちらを向く。だがそんなものは気にしない。彼に”自分”は見えていないのだから。掌を閉じて袖からゆっくりと出すと、すれ違うと同時に光を放った。
それは確かに心臓を穿った。その感触を覚えた。
「ありがとうございます」
バスの運転手がお礼を言って扉が閉じた瞬間、中で女性の叫ぶ音が響いた。そのままバスは急停止をし、その間に彼はその場から去る。
「ははっ、勝った。勝ったぞ女!」
勝利に浸りながら走っていると、見覚えのある女と出くわす。
だが今の彼にとってそれは些事であってむしろ幸運とさえ言える。
「また会ったな」
「そうね。………まさかあなた!」
「一足遅かったみたいだ。魔狩師が運び屋を守る道理は知らないが、自分の仕事にもう少し責任を持った方がいいと思うぞ」
「あんたに言われなくても私は仕事を全うしているわよ。『正しく狩る』。それが私の信条だからね」
「笑わせる。何が正しく狩るだ」
鼻で笑った彼だが、雪広はすでに彼を見ていなかった。会話が終わったと思った彼女は、そんな優越感に浸っている彼の隣を過ぎ去ろうとして袖を掴まれる。
「何?まだ何か用があるの」
「お前、何も思わないのか」
「思わないことはない。けど、本当に彼をあなたは殺せたの?」
「当たり前だ。確かに心臓を貫いて」
「じゃあこの魔力は何」
見るとバスの方で確かに感じられるほどの魔力が溢れている。自身の確信に一抹の不安がよぎる。
「すみません。撒かれました。そっちから運び屋の魔力を感じますけど、大丈夫ですか?」
無線から声がかけられるが、それを無視して彼はバスに向かって走っていった。
「私を差し置いて先に行かせるわけ無いでしょ」
指でシャッターを作って瞬きで斬る。
「四方印、東西」
その瞬間、その視界に入っていた彼は空間に切り抜かれたようにその場から離れられなくなる。
「これが私の能力だから。以後よろしくね」
「な、お前出せ!」
どんどんと何度叩こうが、それは空間を断絶しているのだから何をしても意味がない。しばらくそこにいてもらうだけ。なんにも悪いことはしないから。
「さて、一体キミはどんな先祖返りをしたのかな?」
バスは霧につつまれて中を窺うことはできなくなる。
警戒度を高めて片時も視線を逸らさない。
「なるほど」
雪広は納得したと同時に距離を置かなくてはいけないと判断を下した。
左右の手を反転させてもう一度シャッターを斬ると今度は空間の断裂がなくなる。
さっきまで敵対関係を築いていた彼女がいきなりそんなことをしたのに不信感を抱きながら尋ねた。
「どうした。お前じゃ手に負えないって分かったのか、『四季』」
「また古い呼び名を。でもまぁ、そういうこと。カラ爺には悪いけど、これは私でも手に負えるか分かんないからさ。キミのせいで目覚めたと言っても過言じゃないんだから少しは手伝ってよね」
「落とし前はつけてやるよ」
きりが晴れたそこに現れた、バスを降りた者。
先祖返りをして意識すら飲み込まれた家接孝也が変わり果てた姿でそこに立っていた。
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